第4話
「よし、完璧! じゃあ行こっか!」
「……」
言葉が出ない。
出るのは呻きにも似た声だ。
魂が抜けてしまった俺を見て、
「おいおい、やつれすぎじゃないか? これじゃあ、先が思いやられるぞ」
「……人に着替えろと言っておいて、自分は着替えないんだな」
「運動に関しては、からっきしでね。何事も適材適所と言うだろう?」
「俺も運動は苦手なんだけど?」
「おいおい、元バスケ部が何を言うんだか」
なんで知ってるんだ? と思ったが、
そこで、俺と
「へぇ、バスケやってたんだ」
「まぁな」
「私の親友も中学時代やってたんだ~。いまはもう辞めちゃったけど、
「……ふぅん」
興味がない……とは言い切れなかった。
*****
向かった先は、第二十一号室。
そこで俺たちを待っていたのは、壁じゅうに設置された電子機器と、部屋の中央に設置された数個のカプセルだった。カプセルは卵型で、成人が入って両手両足を広げてもまだ余裕がありそうな大きさ。各カプセルの前には、ゴーグルとヘルメットが一体となった被り物が設置してある。
天井も高い空間で、見上げるとホログラム投影された地球を模した球体が浮かんでいる。そして、その周囲を人工衛星のアイコンが回っているが、恐らく〈アストラル・クレスト〉が所有する人工衛星のリアルタイムの位置を示したものなのだろう。さらにその隣には、人型を模した機体の三次元映像と、そのステータスを示すような文字列も投影されている。
「……すごいな」
そう思わず口にしていた。眼前に広がる光景に、生気を失っていた俺も流石に目が覚める。圧倒されるような広さ。そして、一気に近未来に足を踏み入れたような感覚に、胸が高鳴り始める。
「人型の機体の3Dモデルが映し出されているだろう? あれが、〈リモートウォーカー〉。――宇宙空間での君の身体だ」
「置いてあるカプセルが操縦席ってことか?」
「席ではないけれどね。カプセル内では無重力が再現される」
「……じゃあ、実際に浮かびながら操作するってことか?」
「おっと、急に乗り気だな。やっぱ好きなんじゃないか。君も男の子なんだな」
「……るせぇよ」
とはいえ、目の前で実際に装置を見せられると、俄然興味が湧いて来るというものだ。自然と足はカプセルの方へと進む。
そこでカプセルの異様さに気が付く。なんだか目の前の乳白色の塊が、対流しているようにも思えたからだ。不思議に思い、試しに触れてみれば、手がカプセルに沈み込む。驚いた俺は、慌てて手を引っ込めるが、なんとなれば目の前にあるのは固体ではない。いわば形状記憶された流体の塊だった。
「おっと。
「……!」
「その先は、君の宇宙だからな」
はい、これ。と、
そのまま
「じゃ、先に行って待ってるねー!」
手を振る
先ほどまで騒がしかった
何か事故があったら? 声は聞こえるのか? 息ができなくなったら? そもそも入ったら戻って来ることはできるのか?
「なあ、これって安全なんだろうな?」
「せっかく乗り気になったと思ったのに、今度はなんだ? 忙しい奴だな」
「いや、そうじゃなくて……」
「何かあった時のための私だ。安全装置は二重三重にしてある。私も人殺しにはなりたくないからね」
「……」
不安は残るが、自信たっぷりの表情に、俺はマスクとゴーグルをつける。すると、視界の端に満タンになっているゲージが出現した。おそらく、酸素の残量なのだろう。
改めて、カプセルに触れる。はじめはゼリー状のものに触れているようなドロっとした感触を覚えるが、突っ込んだ手の先から空気に触れているのとほとんど変わらない感覚になっていく。それこそ、液体なのは境界面だけで、なかは空っぽなのではないかと。
恐る恐るなかへと足を踏み入れる。やはり、はじめは液体のなかに入るような感覚。そして、カプセルに入り切ると、俺の身体はふわりと宙を浮いた。
目の前に広がっているのは、どこまでも続く白い世界。
確かここは、直径三メートル程度のカプセルだったはず。ところが、知覚器官は白一色の光景に誤認識を起こし始めた。ここは三メートルどころではない。一キロ、二キロ……いや、無限に続いているのかもしれない。そんなふうに、瞬時に認識が書き換えられた。
『――ようこそ』
耳元に電子音によるアナウンスが響いた。かと思えば、無機質な数列が現れ、凄まじい速さで駆け抜けて行く。
『――システムの正常な作動を確認しました』
『――生体認証、
『――機体番号RW-AC-004との接続を開始します』
ふと、宙を浮く感覚そのままに、両腕、両肩、両足が背後から固定される。動かそうと思っても身動きできない。いったいなにが起こっているのかと、思考を巡らせていると、目の前が徐々に溶暗して、やがて暗黒の世界に変わった。
『――触覚同期確認、正常』
『――動作同期確認、正常』
『――視覚同期確認、正常』
いいや、全くの闇ではない。天は身も悶えるほどの黒だが、眼下に目をやれば冴え渡るほど鮮やかな色彩が広がっている。
空だ。
海だ。
雲だ。
『――システム、オール・グリーン』
そして、水平線は青く燃え上がっていた。
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