クマバコ

東八花

第クマ話

その箱にはクマが入っていた。黒い毛皮のつぶらな瞳のクマが。


「あなたは、クマですか?」

『わたしはクマです。おっしゃるとおり。』


疎遠になっていた友人から突然に連絡があった。大分遅れたが誕生日プレゼントを送った。というのだ。誕生日おめでとう。君の好きそうな舶来品の腕時計を送った。と。


「私届くのは腕時計だった筈。なのに君が梱包された箱が届いた。何故だろう」

『わたしにはわかりません…しかし……。』


私の腕に抱かれた身長約40センチ

のクマが淡々と自己の置かれた状況を分析する。この異様な状況。私とクマ、クマと私。どちらも妙に落ち着き払っている。どちらか片方、あるいは両方とも機械ロボットなのかもしれない。と錯覚すら覚える。


『……しかし。……そこには何がしかの理由、意味があるのかもしれない』


クマは茶色のつぶらな瞳を輝かせ、エンプティな返答を寄越した。


すでに三月も半ばだというのに、雪が降って季節が冬に逆戻りしたようなある日の朝、小包が届いた。

小包というにはいささか嵩張る厚紙箱ダンボールであったが小包は小包である事に変わりはない。郵便法でそう決まっているのだ。


「……わけがわからない」

『人生とは、わけがわからないものです。明日、急に大地震が来てあなたは突然に命を落とすかもしれない』


……。愛らしい素朴な外見と裏腹に、この黒い獣は哲学的で少し癖があるようだ。用心、しよう。


「死は突然に訪れる。ってこと?それは否定しないけど。」

『そうではありません。あなたの未来はあなた次第で如何様にも変わっていく……という意味です』

「ふうん。そりゃあそうだけど……。」


哲学的な物言いをするクマだ。適当に相槌を打っておくか。どうせすぐに送り返すのだ。箱につめ直して


『……ところで』

「うん?」

『あなたは、箱に目がないようだ。』

「……なんですって?」

『自ら進んで箱の中で暮らし、 自ら進んで箱の中に納まっている。』


この愛らしい黒い獣は何を言っている?


「なんで私のところに来た?理由が知りたい」

『あの人に頼まれたからです。あなたは今、箱の中にいる。』

「箱の中にいたのはあなたであって、私は箱の中に入った事は無い。」


埒があかない。このクマは堂々巡りが好きなのか?


「……本当に言っている意味がよくわからないけれど。

この家の事を言っているのなら、日本の住宅は四角四面な部屋ばかりで、確かに箱、と言えなくもないわね。でもこの程度で私が箱に入っているとは言い切れない」

『……箱とは。』


クマはトンチンカンな返答いを返してくる。


『それ自体には何の意味もないのです。所詮入れ物にすぎません。重要なのはあなたにとって、その箱が何を意味するのかという事です』


---本当に意味がわからない。コイツはヤバい---


私がクマを箱に詰め直して封をしようと決心した。その時だった。


……ぐうぅう~~~。


突然に間の抜けた音が響いた。どうやらクマの腹の虫が鳴いたらしい。


「そういえば、まだ朝食を食べていなかった。」

『奇遇ですね。わたしもです。こ一緒に、食べませんか?

食卓を一緒に囲めば楽しい。はず。』


私たちは席を立ち食事の支度に取りかかった。

あの人は、もうこの世にうない。


第クマ話 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クマバコ 東八花 @taka29

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画