学園の裏庭で見つけた魔王を咄嗟に弁当箱へ封印して早三年、卒業なので仕方なく掘り返しに行ってみます

たかぱし かげる

卒業式のララバイ

 久しぶりに訪れた裏庭は、相も変わらず日陰でじめじめしていて陰鬱な場所だった。

 春めく陽気に包まれた表の式場とはえらい違いだ。あちらでは、いまだ多くの卒業生が笑ったり泣いたりしながら別れのアレコレをしているだろう。

 その喧騒をひとり離れてこんなところへ来たのには理由がある。

 いや、別に僕が落ちこぼれでいたたまれなかったからとかではない。周りの進路がやれ騎士だのやれ宮廷魔術師だのやれ勇者だのと盛り上がるなか、ひとりだけ明日から素浪人すろうにんなのが恥ずかしかったんでも別にない。

 そんなことは、どうでもいいことだ。

 あまりに成績が悪くて必要な単位が絶望的に足りていないのに、こいつこれ以上ここに居させてもどにもならんからはよ卒業させとけみたいな、そんな大いなる意志が働いた結果の卒業だって卒業は卒業なのだ。

 そもそも来たくて来た学園じゃないし。むしろ僕はよくやったよ。えらい。

 明日からはなにも気にせず、気ままに生きることができる。これなんて素晴らしい……!

 生活? 心配しなくても僕の実家は何代も勇者を輩出した太いも太い、極太だ。いまさら一代ぐらいニートを輩出したって傾きようもない。

  親のプレッシャー? 大丈夫。祖父も父も勇者がどれほどクソ職業か身をもって知っているから止めとけとしか言わない。

 突然国家の命運託されたり竜の迎撃に駆り出されたり魔王城へ突撃させられたり、ほんとロクでもない職業なのだ。王とかはいったい勇者をなんだと思っているのだろう。

 まあ、そんなことをさせられてなお生きてる祖父と父もなんなんだと思わないでもないが。

 とにかく、僕はご免だ。

 特に思い入れも思い出もなにもなく、ただ半ば義務として課せられて通っただけの学園などさっさか辞去したいところだが、ただひとつだけ出る前に片付けなければならない“思い出”がこの裏庭にはあった。

 そう、あれは入学間もない一年の頃。ボッチ飯を終えた裏庭でばったり遭遇した魔王を咄嗟に持っていた弁当箱に封印したのだが。馬鹿正直に顛末を申告したら絶対面倒なことになるなとピンときて、とりあえずそこらに埋めてなかったことにしたのである。

 あれから早三年。もう二度とここへ来る気はないし、さすがに埋めたまま卒業しちゃうのはアレだろう。

 封印に使った弁当箱も、もとは祖父が持ち帰った魔法の箱マジックボックスとからしく、見た目がとても気に入っていたから回収したいし。

 問題は中身(魔王)をどうするか、だ。

 三年前は封印するぐらいしか対処法がなかったとはいえ、この封印の維持というのが非常に厄介で面倒で、魔力から気力から体力からごっそり持っていかれるのである。明日からのまったり素浪人スローびとライフのためにも余計な枷は外したい。

 家へ持って帰れば祖父なり祖母なり父なり母なりが適当に中身の処置をしてくれるだろう。……うちの尊族人外すぎるよ。

 ため息ついて、頭をかいて、まあ突っ立ってるわけにはいかない。のっさりとかつて箱を埋めた倉庫の陰を覗くと、なんとも間の悪いことに不良どもが酒とたばこで卒業パーティーをおっぴろげていた。

 どこでなにしようがこいつらの勝手だが、よりによって魔王を封印した箱を埋めた上に居座るとは。邪魔。

「ああん。誰かと思やぁ、カロくんじゃん」

 覗いた僕に目を向け、不良どもが嘲笑をあげる。ちなみにカロは僕の名前ではない。夏炉カロ、夏炉冬扇の夏炉だ。とーへんぼく的な蔑称らしい。

 面倒なことになったなと思っているうちに腕を掴まれ輪の中へ引きずり込まれる。

「なになに、どしたの? カロくん、お礼参りに来たの?」

 にやにや馬鹿にした口調で頭を撫でられる。在学中はずいぶんこいつらに辛酸を舐めさせられた。

 不良とは言え、この王立の学園にいるだけあって実力も家柄も悪くはなく、ただ精根が腐って悪い奴らなのである。陰では暴力だの恫喝だの違犯だのやりたい放題してるくせに外面だけはよくて、おおよそ明日からは騎士とか勇者とかになるのだろう。実に終わっている。

 今までは後が面倒になるのが嫌で、逆らわない関わらない一択だったわけだが、でももう心配するべき“後”はない。

「忘れ物を取りに来ただけだよ。邪魔だからどいてくれる?」

 不良のリーダー格であるオズドワル(って名前だった気がする。いやオズワルドかな……)に頼んでみる。オズドワルは目を細めた。

「ああ? 邪魔? どけ? 何様だカスがッ」

 うわ、キレた。そんな気に障ること言った? と思ってるうちに胸ぐら掴まれて、振りかぶった右手のグーを顔面に食らう。

 来ると分かっていても避けられないのが、残念ながら僕の現スペックである。痛い。

 続けて地面に投げ捨てられてあっちこっちから蹴られて、所謂これが袋叩き、いや袋蹴りかな……。

 最後までなにしてるんだろうか僕は。つくづくよく分からない。

 ただそう思ったのは不良たちも同じだったようだ。殴る蹴るもそこそこ体力を使うわけで、悲鳴を上げるでも抵抗するでもない僕を蹴るのは、石ころ蹴るのとさほど違わない。となれば、なにが楽しくて蹴ってるのか分からなくなる。

 ほどなく相変わらずつまんねえヤツだなとか言いながら羽交い締めに引きずり起こされた。

「で? 忘れ物だっけ? なんだよ、忘れ物って」

 ただでさえ体がだるいのに、あっちこっちが痛くて堪らない。もう弁当箱とか放って帰りたい気分だ。こいつらが逃がしてくれればだが。

「別に。つまんねえヤツのつまんねえモノだよ」

 などと答えて興味が失せるわけがない。もともと僕の忘れ物になど興味ないのだろうし。つまんないから憂さ晴らししたいだけだろう。

「弱っちい癖になんか生意気だよなぁ、お前って」

 オズドワル(オズワルド? 知らん)が呆れたように言う。しかし、こいつに呆れられるとか、こっちも心外だ。

 さて、どうしようか。考えるのも面倒な僕はふいに思いつく。

 このオズドワル(またはオズワルド)、個人戦闘力はそこそこ高いから、明日からはご立派な勇者様身分とかだろう。きっと。

 それならば、だ。弁当箱の中の魔王とかもサクッと片付けてくれるのでは? むしろ、明日からはそれが本業なのだから、サクッと片付けるべきだろう。片付けるべきだ。

 なんだなんだ。こんな簡単な話だったのか。うむうむ。

 一人納得した僕はオズドワル(本当は全然違う名前かも笑)に話した。

「ちょうど足下のあたりに埋めた箱を回収しに来ただけなんだけれど」

「埋めた箱? なんだそりゃ」

 やや訝しがりつつ、オズドワル(もういいよね?)が隣の雑魚不良A(仮名)に掘ってみろと指示する。いや、自分で掘れよ。

 羽交い締めにしてきてるやつが耳元で「デタラメだったら無事じゃ済まねぇよ?」とか言ってくるが、もし弁当箱が無くなっていたら、それはそれで別のヤバい事件っぽいから勘弁してほしい。

「あ、マジでなんかある」

 雑魚Aくんは無事に弁当箱を掘り当てたらしい。ほどなく土からつるりとした箱を取り出した。

 三年間、実に適当に土に埋められていたにも関わらず、少しも痛んでいないところはさすが魔法の箱マジックボックスだ。魔法の効果とかは知らないけど、弁当箱としては保温効果とか優秀だった。それで十分。

「……なんだ、この箱?」

 受け取ったオズドワル()が首をかしげる。振ったりしてるが、音などはしない。たぶん魔王がぱんぱんに詰まってる(でも実質重量0。魔法万歳)から。あんまりシェイクするのは可哀想だからやめてあげて。

「で。なにこれ、カロくん?」

 意地の悪い顔がこちらを向き、目の前に弁当箱をぶら下げてくる。……さて、なんて説明すればいいだろう。あまり魔王封印したとか言いたくないんだよな。厨二くさいし。

「だから大したものじゃなくて」

 ちょっと魔王を封印しただけの弁当箱ですね。

 僕の反応を伺いながら、オズルドワは箱の蓋に手を掛ける。僕、無反応。躊躇わず開けるオズワドル。しかし開かない弁当箱。力を込めるオズドワド。開かない箱。ムキになるオズドドド。やっぱり開かない。

 そりゃまあ、封印してる箱だから。そんなうっかり開きはしない。

「……なんなんだこれ」

 機嫌悪そうに僕をにらむオドスドズ。あれ、名前なんだっけ。まあいいや。がんばって開けようとする様子がちょっと面白くて、つい遊んでしまった。中身の魔王は勇者様オズドルド?にあげるのだから、もう封印を解いて開けさせればいいのだ。できれば僕からもうちょっと下がったところで開けてほしいが。

「軽く捻るようにすれば開くはずだよ」

 封印解除。ふう、長かった。肩の荷がおりた僕はほくほくである。ついでに蹴られた打撲もさくっと自然治癒してくれてありがたい。

「……」

 オズオズオズは胡散臭そうに、捻りながら箱を開けた。

 途端に周りを吹き飛ばす勢いで、とんでもない量の力が吹き出してくる。覗き込むように囲んでいた不良がみんなぶっ飛んだ。僕を羽交い締めにしてたやつもぶっ飛んだので、僕も一緒にぶっ飛ばされた。

 飛び出し揺蕩う力は真っ黒な靄のようで、うねうねと形を取り戻して、すぐに魔王の姿が顕現する。その高さ見上げる4メートル。頭からは鋭く突き出た2本の角。背の黒い翼をうねらせ舞い上がり、高いところからぶっ飛ばされた僕らを睥睨する。

「……愚かな……愚かな人間どもが……!」

 魔王の魔力が紫電のように辺りを飛び交う。

「我を人間ごときが封じられると思うてか!」

 ……あれから三年ですよって教えてあげた方がいいかな。あなた、結構封印されてましたよ。弁当箱に。まあ、僕の全力を注いでですけどね。

「己が無力を思い知れ!」

 だだーん!と魔王の力が吹き荒れて、裏庭は阿鼻叫喚の地獄絵図となった。不良たちが叫び声をあげながら弾け飛んでいく。それはオズドワルも例外ではなく、情けなく命乞いを叫びながら地べたに這いつくばって全身から血を流していた。

 ……あれ。思ってたのと違うな。もっとこう、勇者が魔王をサクッと倒すと、思ってたのに。

 乱舞する力は避けつつ、とりあえず大事な弁当箱を拾って回収して(あわよくばこの隙に帰ろうかなと思って)いた僕は、しかしまあ世の中そんなに甘くはないということを思い知らねばならないらしかった。目の前に魔王が降り立つ。

「……お前ッ! お前こそが忌まわしき……不意打ちの姑息な小僧……ッ!」

 いや、突然魔王が現れたら誰だって迷わず叩くというものだろう。それを不意打ちとか。そもそも、未来の勇者を根絶してやるとか言いながら学園を不意打ちしようとしていた魔王が不意打ちを姑息とか言うのはどうだろうか。器がちっさくない?

「あのような海苔臭い箱へ封じようとは……笑止千万……我が怒り……思い知れ!」

 魔王が周囲爆裂の呪文を唱えだす。とんでもない魔力と構成スピードだ。ここでそんなものを放たれたら、学園壊滅必死である。

「ほら! 勇者! 出番だよ! 活躍して!」

 力強くオズワドワドを激励してみるが、駄目だ。明日の勇者は絶賛茫然自失中。失禁しながらカクカク壊れた人形みたいに震えている。…………オズドワド、思ってた以上に情けない。たかが魔王(新入生に弁当箱へ封印されるレベル)一匹が相手なのに。

 はあ、とため息をついた。仕方ないね。でも別に諦観したわけじゃない。ただ、すっかり忘れていた『体が軽い』という感覚を取り戻すのに必要な一息だった。

 怠くないって素晴らしい。魔力食われないってすごくラク。息苦しくなくてまじ嬉しい。体が目一杯思うとおりに動くって最高の気分だ。

 あと数秒も経ず魔王の呪文は完成する。勇者が役立たずでは仕方ない。僕は足下の不良が佩いていた剣を抜いた。さすがお家はいいとこのお坊ちゃん。なかなかの業物である。すいっと刃を立て垂直に構える。おお、腕をあげても痛くないとか、ほんと三年ぶりだ。

 魔王の呪文が成立する刹那、その一瞬を狙って剣を振り下ろす。魔力を纏った斬撃が魔力陣を真っ二つに切り裂き、呪文はきれいさっぱり雲散霧消した。

「な、なんだ!? なにが……ッ?」

 炸裂したと思った魔術が消え失せ、魔王が驚いている。これはほぼ成立しかけた呪文を綺麗に切ることでどたキャンするという、うちの祖母が得意とした技である。成立直前以外に魔力陣を無理矢理切ると暴発するので、タイミングが非常に難しい。祖母以外に使ってる人間を見たことはない。やられた側からすると魔術が唐突に消えたように見えるらしいので、魔王の動揺もむべなるかなと同情するが、いちいち教えてやる必要もないだろう。

「……妙だが……小癪な……ッ」

 なんか、あんまり論理的な台詞を吐けないタイプの魔王みたいだな。長口舌振るわれても困るけど。

「ならば……圧倒的力を前にひれ伏すがいい……ッ!」

 ばっと両手を広げた魔王は自慢の“圧倒的力”を揮おうとしたのだと思う。が、分かっていてそんなものを食らうのは、バカか封印維持に力食われてるときの僕ぐらいである。

 つまり、今の僕には食らう道理がない。

 つつっと間合いを詰める。驚愕に染まる魔王の顔。まあそうだよね。加速呪文ヘイスト乗っけて全速力で懐へ飛び込む父得意の技である。初動から停止までを等速にコントロールするので、端から見たら瞬間移動に見えるのだ。初めて見た時は僕もびっくりしたし。

 父によると、初見殺しではあるものの戦闘ではロクに役に立たないシロモノ、とのことである。父はこれを「目の前に立つヤツ絶対殺すマン」だった母にプロポーズするために会得したらしい。なにしてるんだか。

 それはともかく、おそらく初見であろう魔王を驚かせ、瞬きする間の隙を作る程度には役立つスキルだった。

 フリーズする魔王の、心臓に狙いを定めて袈裟懸けに斬りおろす。勢いを生かして刃先で円を描いて逆袈裟懸け。8の字に斬る祖父お得意の八双斬は綺麗に決まった。

 もちろん相手は腐っても魔の王(魔法の箱マジックボックスの中にいたのだから腐ったりはしてないだろうけど)、ただ斬っただけで倒せるわけがないだろう。そう思ったので、ちゃんと剣に消滅の魔術を纏わせておいた。うちの母が独身時代に気にくわない相手を消すのに使ってたっていうやつだ。さすがにこれは僕も生で食らったことはないけど、使い方だけはちゃんと伝授されていた。

「どうわがががが!」

 心臓ごと胸を消滅させられた魔王が苦悶の叫びをあげる。

「ううううう……この恨みはらさでお……」

 魔王は、負け惜しみの途中で崩壊して灰になった。頭から被りそうになった僕は剣風の一払いで難を免れる。

 ふう、なんとかなったみたいでよかった。と胸を撫で下ろすにはまだちょっと早かった。

 裏庭に散らばった不良たちが、いろいろねじ曲がっていたり全身から血を流していたり裂けていたり虫の息だったり、比較的無事そうなやつも目を見開いて「あばばばばば」と壊れかけてしまっている。とてもレイティング的によろしくない状況だ。

「えーと。癒しの慈雨フィールドヒーリング

 とりあえず広域回復魔法をかけておくことにした。最悪命は助かるだろう。明日から騎士ができる体に戻るかは分からないが。魔王との激しい戦いだったのだから僕に過失はないと思う。うん。

 改めて弁当箱を拾い直し、壊れていないか確認する。よし、大丈夫そうだ。

「というわけで、みんな魔王退治お疲れさま。気をつけて帰ってね。それじゃあ」

 手を振って別れを告げ、背を向ける。体の調子は在学史上最高にいいが、さっさと家へ帰ってごろごろしたいと思う程度には疲れていないでもない。

「お、おい! ちょ、待てよ……!」

 震える声に呼び止められ、無視するかどうか悩んで結局足を止めた。彼らは事の目撃者である。いろいろチクられたら面倒くさいわけで、たぶんこいつらはこの恥ずかしい惨状を口外したりしないだろうと思うが、ここはひとつ穏便に黙っていてもらうためにも愛想よくしておいたほうがいい。そう判断して振り返る。

 ガクガク震える腕で上体を起こしたオズドワル(だっけ?)が顔面を蒼白にしてこっちを見ていた。

「……お前、カロ……お前はなんなんだ……?」

 意味の分からない問いに首をかしげる。卒業際に同級生へお前はなにかとか、逆に今までなんだと思っていたのかこっちが聞きたい。

 いやまあいやまあ、愛想よくだ。愛想よく。

「なにって。ただの猛夏の溶融炉カロだけど」

 オズドワルも不良たちもぽかんとするだけでもう誰もなにも言わなかった。僕は最後に愛想のいい笑みを残して学園を後にした――。


 後日、さすがに騒ぎが派手すぎたのか、死者はなくとも負傷者多数だったのがいけなかったのか、裏庭の魔王戦はばっちり学園側の知るところとなり、出頭させられるは説明は求められるは尋問されるは、果ては勇者にされかけてのどたばた劇が繰り広げられるのだが、それはまた別のお話。ここではただ、僕は決して一度得た卒業資格と卒業評価と卒業進路を手放さなかった、とだけ言っておこう。


 そう、僕の素浪人スローびとライフはまだ始まったばかり……!!



【学園の裏庭で見つけた魔王を咄嗟に弁当箱へ封印して早三年、卒業なので仕方なく掘り返しに行ってみます 完】

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学園の裏庭で見つけた魔王を咄嗟に弁当箱へ封印して早三年、卒業なので仕方なく掘り返しに行ってみます たかぱし かげる @takapashied

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