一番望んだ箱
さい
一番望んだ箱
目の前に差し出された箱に、私の視線は釘付けになっていた。
中途半端な季節、まだテラス席には早いこの時期に人通りを少し避けたテーブル。日差しは温かいが通り過ぎる風は冷たい。遠くから風に乗って届いた花びらが舞っている。
私は彷徨わせた視線を、また箱に戻した。
少しだけベルベッドを思わせる布貼りの箱は、まごう事なき指輪のケースだ。私が一番望んだ箱。
「開けてみないの?」
彼は少しだけ笑みを含んだ声で言った。
それは私が一番望んだ箱。彼と別れないために、一番欲しかった約束。
何かの間違いでは? 私は今日、別れ話をされるはずだったのだ。
気まぐれに行った飲み会で、友達に誘われて来たというその人とは二度と会わないはずだった。だから酔いも手伝って関係を持ったんだ。まさか彼の知り合いだったなんて思うはずがない。あんなに簡単にバレちゃうなんて思うはずがない。
全部終わったと思ったのに。ここまで築いてきたポジションも、お金持ちの彼も、安泰な結婚生活も。
「お箱様って呼ばれる神社があって、」
給湯室で群れたがるタイプの同僚。正直、こういう子たちと付き合っているとハイクラスな人たちからは倦厭される。
「お箱様」
「うん。箱持ってお参りに行くと、願いが届けられるんだって」
「届けられるって、通販じゃないんだから」
笑って自分のマグカップを洗うと、彼女は真剣な顔で首を振った。
「それが結構バカにならないらしくて。私の友達とかもホント効いたって言ってた」
「その子は何を願ったの?」
「えーと、資格試験の合格だったかな。普通なら封書で来る合格通知が、彼女だけ箱で来たんだって」
ふーんと流したけど、本当はかなり気になっていた。自分もそれだけ必死だったのだ。
「それ、どこにあるの?」
私は目の前の箱に釘付けになっていた。この箱の中には……
「でも気をつけてね」
同僚の声が蘇る。
「願いの箱は受け取り拒否できないって。お箱様は願った人と釣り合う箱を届けるから」
一番望んだ箱 さい @saimoon
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