ピエロの仮面

@Rui570

ピエロの仮面

 日本のとある商店街。

 スタスタスタスタ。

 一人の女性が歩いていて、その背後を一人の男性が走って追いかけてくる。

 女性は立ち止まったかと思うと、振り向く。

「しつこいわよ!」

「頼む……俺と付き合えないなんて、考えなおしてくれよ……」

黒ずくめの服の青年が女性に向かって頭を下げる。

「何度も言っているでしょ?私はもうあなたと付き合えないの。」

「なんでだよ?そんなこと言うなよ。」

「私は結婚相手が決まっているの。あなたとは仲が良かったけど、私には私の交際相手がいるの。」

どうやらこの女性は今目の前にいる男性とはまた別で、恋人がいたらしい。

「そんな……。俺だって君のことが好きだったのに……」

「そう。悪いけど、もう近づかないで。」

 黒ずくめの男は涙を流しながら、女性を見届けることしかできなかった。

 なんで俺がこうなるんだよ……。

 俺は彼女のことが好きになったそれだけなのに……。

 その時、近くに貼られたポスターが視界に入り込んだ。来週開かれるサーカスでピエロが客としてきたカップルに幸運をもたらすと書かれている。

 ちょうどいい……。

 俺の優しさを侮辱したあの女なんか……。

 そもそもカップルそのものが気に食わないんだよ……。

 男の感情が悲しみではなくなっていき、殺意が芽生えてくる……。




次の日の夜。男性との交際を拒否した女性は、婚約者である男性と商店街の中央にある広場のベンチで座っていた。

「ねえ、あれ見て。」

女性に指をさした先にはサーカスのポスターが貼られているのが見えた。

「ああ。サーカスが開くのもうすぐだな。」

「うん。凄く楽しみだなぁ……」

 このままサーカスいけば、ピエロが幸運を運んでくれる……。

 幸せになりたいなぁ……。

 二人がお互い見つめ合うその背後で一人の男がずっと見ていた。

 ピエロの仮面と黒ずくめの服……。

「幸せな恋とか、壊してやる……!」

 ピエロの仮面を被った男はゆっくりと近づいていった。

 暗闇が広がる商店街で二人の甲高い悲鳴が響き渡った。




 とある新聞会社。この会社の社員として働いている若い女性が席についている社員たちの前で話している。

「今回私と和人が追おうと考えているのはここ最近、幸町の商店街の通りで現れるピエロによる連続殺人事件です。」

「それって最近噂になっているやつだな。そうだろ、真理愛?」

社員として働く青年・晴崎和人が口を開く。

「その通りよ、和人。」

真理愛と言われた女性社員は話を続ける。

「共通点は一つ。それは被害者が皆カップルであることとその事件が起きているのは夜中であることです。」

「そんなのただの噂に決まっている。夜中にピエロが人を襲うだなんて……ホラー映画の見過ぎ、或いはホラーゲームのやりすぎに決まっているだろ。」

荷物をまとめていた一人の男性社員が席を立ちあがる。

「そんじゃあ、俺はこの後彼女とデートに行く予定があるんでね。そんなホラー映画みたいな噂、あるんだったら頑張ってスクープしてく~ださいと!」

 あの人、滅茶苦茶舐めてかかっているじゃん。

 ああいう人ってとんでもない目にあいそうだよな。

 和人と真理愛は嫌味な男性社員の後ろ姿を見届けると、話に戻った。




 その日の夜。和人と真理愛が言っていたピエロによる連続殺人事件を侮辱した男性社員は恋人と連続殺人事件が起きた商店街を歩いていた。

「本当に大丈夫?やめようよ。最近、ここら辺ピエロが人を襲うって噂じゃん。」

「いいじゃんいいじゃん。ここで飯とか買い物とかちょうどいいだろ?」

男性社員はピエロの存在を信じようとしない。

「もしピエロが現れたとしてもどうせ偽物に決まっているさ。ピエロの仮面で顔を隠した悪戯みたいなもんだろ?」

誰もいない幸町の商店街を歩いているのを、二人が歩いているのを数メートル離れたところからずっと見ている者がいたが、二人は全く気づかない。

「もう帰ろうよ。人もいないし、店は開いているけど、今日から夜7時には閉めちゃうみたいだし。」

「あんなのくだらないジョークに決まっているだろ?心配するなよ。大体ホラー映画とか小説とかじゃあるまいし……」

その時、背後から何かが二人を追い抜くように飛んでいったかと思うと、近くの既に閉店している店の出入り口を封鎖しているシャッターに突き刺さった。

 これは……ダーツだ!

 つまり、二人の背後から誰かが投げつけてきたということだ。

 突然すぎて二人の表情が恐怖に歪む。

「な、何⁉」

「ま、まさか、ピエロが来たんじゃ……」

「そ、そんなはずは……あ、ある訳ないだろ……」

男性は強がるが、震えている。怯えているのだ。その時だった。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁあ!」

悲鳴を上げて女性は仰向けに倒れ、気を失ってしまった。

「おい!どうしたんだよ⁉」

恋人の悲鳴に気づき、恋人の方を向いたそこには不気味なピエロの仮面を被った男が立っていた。ピエロの仮面のせいで素顔は分からないが、男は今どんな表情をしているのか分からない。

「ば、化け物だァァァァ!」

ピエロの仮面を被った男による連続殺人事件は嘘だの、ホラー映画みたいなことだのと言って散々侮辱してきた新聞会社の男性社員は大声を上げながらその場から逃げ出した。

「待てぇ……!」

ピエロの仮面を被った男も男性を追いかけ始める。

「来るな来るな来るな!あの女ならくれてやるから、追ってくるなよぉ!」

男性社員は自己中な言動でピエロの仮面を被った男に訴える。

「黙れぇ……。あの女も殺す……。先にお前だぁぁ!」

ピエロの仮面の男は持っていた包丁を投げつけた。

「うわぁっ!」

包丁が足に当たり、自己中な男性社員は転んでしまう。

「もう逃げられないぞぉ……!」

ピエロの仮面を被った男の両手に握られているチェーンソーがウィィィンと音を立てながら、男性社員の目の前まで迫ってくる。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼」




 翌日。男性社員がデート中に殺害されたという報告があり、新聞社はざわついていた。

「一応、彼女さんは無事逃げ切ることはできたみたいだけど……」

「この人って、たしかピエロの噂のことを舐めていた人だよね?」

「うん、あんな噂なんか嘘に決まっているとかホラー映画の見過ぎだとか言っていたらしいな。」

 社員たちがざわついている中、真理愛は隣の席に座っている和人と目が合った。

 こうなってしまったら、行くしかない。

 行って事件の真相を確かめ、後は警察に任せるとしよう。




 その日の夜。和人と真理愛の二人は夜の商店街の入り口の前に来ていた。商店街は黄色いテープなどが貼られていて、一般人は入れないように閉鎖されている。

「ここら辺はもう立ち入り禁止の状態になっているな、真理愛。こうなったら、もうやつも現れない可能性があるんじゃないのかな?」

しかし、真理愛はそれに答えることもなく、テープを潜り抜けて商店街へと入っていってしまう。

「おい、ちょっと待てよ。」

和人も真理愛を追いかける。

「冷静になれ。この状況だと、入ったら危険だ。自分の身に何が起こるのか分からないんだぞ。」

「和人、あなたまさかビビっているの?情けないわね。ここで見つけたら超スクープなのよ。」

「たしかにそうかもしれないけど……」

和人の顔に迷いの表情が浮かぶ。

「あなた、それでも記者なの?たくさんの人たちに何かを知らせるために奮闘しているのが、私達記者なんでしょ?」

 たしかに……俺は……冷静な対応をしていたけど、本当はピエロの仮面を被った男に怯えているだけだったかもしれない……。

「分かった。けど、奴を探すとしたら、別々に別れるのはなるべく避けよう。」

「そうね、何かあったらヤバいし。」

しかし、二人が商店街を歩き回ってもピエロの仮面を被った男の姿は見当たらない。

「おかしいな……もうそろそろ見つかってもいい頃なんだけど……」

「そうね……やっぱり出直す?」

真理愛が隣で歩いている和人に尋ねる。

「そうだな。それに、警察とかに見つかるとヤバいし。」

和人と真理愛が商店街の出入り口へと向かっている背後で、一人の男が目を輝かせていた。ピエロの仮面を被った連続殺人鬼だ。

「フフフ……あいつらもカップルみたいだな……」

どうやら、ピエロの仮面を被った殺人鬼は和人と真理愛のことをカップルと勘違いしているようだ。

 ピエロの仮面を被った男は刃物を手に、二人にそろりそろりと背後から近づいていく。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ‼」

 二人の悲鳴が闇夜に響き渡った。

 その日の夜、血まみれで倒れている二人の遺体が商店街の出入り口付近で発見された。犯人は現在逃走中とのこと。

 もしかしたら、あなたのすぐ近くに逃げてきているかもしれない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ピエロの仮面 @Rui570

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ