サンドボックス

人生

 チートスキル:シュレディンガーのトイボックス




 わたし、高梨たかなしモモカ――職業・女子高生、兼「ヒーラー」やってます。


 パーティー募集中!


「え? いや、そういう癒しヒールではなく、変なパーティーでもないですよ? ……ちっ、これだから男は気色悪い。すぐエロに直結する。あぁもういいです、ヒールしちゃいますぅ、超回復に肉体が耐えられなくなって爆発四散してくださいー!」


 はい、ばーん。



 名も無き同級生男子 を 倒した!


 わたしは 「男はキショい」 という社会経験値 を 獲得した!


 わたしは 「醜い男社会」 を 学習した!



「いらんわ! そんなこと知りたくもなかったわ! ……ああもう、イヤな世の中。死ね、男子死ね」


 飛んできた血液を防いだ日傘を折り畳み、ぶんぶん振って血を払う。


 わたしがそうした告白セクハラの後始末をしているあいだに、募集していたパーティーメンバーが集結していた。


 騎士(タンク)の真鍋まなべさん、クールなイケメン系女子。溶接作業に用いるようなハンドシールドと、殺傷力高そうな先端の鋭い傘の両手持ち。


 戦士(近距離DPS)の広瀬ひろせさん、やんちゃそうなギャル系女子。木製バットに大量の釘を打ち込んだ物騒なもので武装している。


 魔法使い(遠距離DPS)の黒田くろださん、大人しそうな眼鏡女子。魔法使いっぽいローブに、肩から下げたショルダーバッグ。動くたびに何やらかちゃかちゃ音がする。片手には金属製の杖っぽいものを握っている。


 これからわたしたちは、放棄された元男子校……いまやゾンビの徘徊するダンジョンと化した校舎に挑戦する。

 学校というのは意外と穴場だ。病院やショッピングモールほど潤沢したアイテムがある訳ではないけど、それらと違ってゾンビの出現量が低いのだ。病院は安全だった当時の入院患者が漏れなく感染していてゾンビ数が多いし、モールの方はといえば店内BGMなどの影響で後からゾンビが増えていく。狩り場にはちょうど良いかもしれないけど、ドロップアイテムがある訳でもなし、それにそういうところの換金アイテムはほとんど取りつくされている可能性が高い。

 なので、学校だ。保健室や理科室などに薬品類が残されている可能性もあるし、そこに巣食うゾンビは元学生、モールと異なり個体にバラつきもなく、スマホなど換金できるアイテムをドロップが期待できる。


 真鍋さんを先頭に、右後ろに広瀬さん、その左に黒田さん、最後尾にわたしという陣形で、校舎へ向かって歩を進める。


 今日は晴天だ。門から校舎までのあいだに広がる前庭に敵影はない。ゾンビは日中は校舎などの物陰に隠れる傾向があるのだ。人の声など物音を聞きつけると現れる。


「校舎に入るよ」


 と、真鍋さん。言われなくてもわかってるけど、声だし確認は大事だ。


 ようし、昇天ゴートゥヘブンさせてやるぜ!


「奥から一体……! 大きいよ!」


 早速こちらの気配に気づいたゾンビが突進してきた。……え? 突進? ゾンビってノロいからやりやすいと思ったのに!

 しかも、現れたのは学生ゾンビではなかった。明らかにマッチョな成人男性。これは教師だ! きっと生前はパワハラ暴力野郎だったに違いない!


 悪質タックルで真鍋さんを吹っ飛ばす。女子に突っ込んでくるなんてやっぱりロクなヤツじゃない。興奮したように鼻息を荒くして、気を失っている真鍋さんに覆いかぶさろうとする。その後頭部に、広瀬さんが釘バットを叩きつけた。暴力教師ゾンビのヘイトを買い、真鍋さんから離れさせる。


 その騒ぎを聞きつけたのか、別方向から学生ゾンビの群れが迫ってくる。学生服かと思いきや、みんな変な格好をしている。ほんとに学生か? ともあれ、こちらは動きがノロい。すぐに対処する必要はないが、無視も出来ない。


「高梨さんは真鍋さんをお願い!」


 と、魔法使いの黒田さんがゾンビの群れに向き直りながら、わたしに指示。大人しそうに見えたのに、一番冷静だった。わたしは素直に従い、真鍋さんの状態をチェックする。


 ……あれ? もしかしてこのタンク、一撃で死んでる?


 むう……。どうしてくれようか。そもそも、相手ゾンビだし、知能ないし、タンクの煽りとか通用するんだろうか。つまり、回復する必要、ある?


 でもまあ、こうなったのは不運な事故クリティカルヒットか。あのゾンビが突っ込んできたのも、真鍋さんの見た目に釣られたのかもしれないし。


 助けてやるかぁ――わたしも働かないとね!


「ん……」


「真鍋さんは……!?」


 こちらを振り返る黒田さん。直後、ゾンビの群れの方で爆発音。何をしたんだ、魔法使い。とりあえずわたしはブイサイン。


「大丈夫、生き返った」


「生き返ったって……、」


 黒田さんは眼を白黒させる。意識を取り戻した真鍋さんは少しぼんやりしていたようだが、すぐ我に返った。しかしその時には広瀬さんが暴力ゾンビを片付けていた。とりあえず、第一ウェーブはクリアだ。


「生き返ったって、真鍋さん死んでたの!? というか、高梨さん蘇生魔法が使えるの!?」


「え? わたし今何かやっちゃった?」


 当たり前のことですが? 傷や状態異常の回復、蘇生が行えないヒーラーの存在意義とは?


「すごい……。もしかして、ゾンビ化した人間も治すことが出来たり、しない?」


「ゾンビを……?」


 思ってもみない問いかけだった。どうして?


「私のお兄ちゃんが、この学校に……ゾンビになって、まださまよってるかもしれないの――」


 思ってもみなかった展開である。ゾンビになったお兄ちゃんをどうこうするために、今回このダンジョンこうりゃに参加してくれたのか。ともすれば魔法使い(科学者)になったのも、ゾンビになったお兄ちゃんを助けるため?


 出来れば期待に応えてあげたいところだけど――


 ここがゾンビダンジョンになってから、数年くらい経っている。だいぶ腐敗も進んでいるだろうし、仮に蘇生が成功したとして、そこに知能は残っているのだろうか?


 知能というか、魂の有無?


 生き返ったとして、それは生前のお兄ちゃんそのものなんだろうか?


 やってみなければ分からないし、そもそもやれるかどうかも分からないけど――


 というか、仮にゾンビをヒトに戻せると分かったら、これからの行軍に支障が出ない? いや……それを言うなら、その可能性が出た時点でアウトか。ここは白黒はっきり、出来ないなら出来ないことを示さないと。


「保証は出来ないけど、やってみるよ」


 そうなったら、まずはそのお兄ちゃんを見つけないとだ。それから、回復魔法をかけられるよう、取り押さえるなりして時間を稼いてもらわないと――




「いた……! お兄ちゃん――」


「ようし、じゃあ真鍋さん広瀬さん、お兄さんを確保して……!」


 ダンジョン二階、わたしたちは目的のゾンビを発見した。


 どうせ治すから手足くらい折っちゃってもいいよ!


 ――とまあ、わたしはやる気に満ちていたのだけど、生憎というかやっぱりというか、ゾンビ白魔法系の回復魔法をかけると、


「そんな……」


 崩れ落ちる妹の前で、お兄ちゃんゾンビは儚く消え去っていった。


 ……やっちゃったわ。


「ごめんね、黒田さん……」


「……ううん、いいの……。これで、お兄ちゃんも成仏できたはず――」


 ……うーん。蘇生できなかったっていうことは、たぶんその魂はとうに肉体という容れ物からは解放されてたは思うのだけど。まあ、言わぬが花ですかね。


「それより、見て……。宝箱がある。まるでゲームみたい」


 黒田さんが空気を換えようとするように指さす先、確かにいかにもな宝箱が置かれている。だいぶ場違いだけど、学園祭でもやってたのかな? そういえば道中のゾンビたちもコスプレしていた。


 よし、開けてみよう。わたしがゾンビお前たちの学園祭を終わらせてやろう――


 わ、ミミックだ!




   ×




 ――パンドラの箱、という言葉がある。


 開けてはいけないもの、触れてはいけない禁忌を表す、ギリシャ神話由来の言葉だ。その箱を開くと、中からは数多くの災禍わざわいが溢れ出る。


 近代文明で禁忌とされるもの、現代の七つの大罪とも呼ぶべきものは多々あるが――「箱」と形容されるからには、それはいつでも開けることの出来る、かたちのあるものだということだ。


 たとえば、ゲノム編集。これを「禁忌」と呼べるようになったのはつまり、それが出来るだけの技術、そしてそれを禁忌と認識できるまでの知識が生まれたということ――


 それが、神の領域、ヒトの根源にかかわるものであると、人々が認めているということ――


 少なくとも、こと肉体に関していえば、ゲノム編集を行うことで「才能」を植え付ける、身体能力を上げる、病気への抗体を身につける等といった「加工」が出来る以上、それは神の領域、ヒトの根源にかかわる問題なのだろう。


 であるならば、ヒトの魂、精神、心といったものに関してはどうか。


 それはともすれば、昨今急速に技術向上したAI等の存在があてはまるのではないか。個人の技術を模倣し、時に故人の人格を再現する。ヒトの尊厳を踏みにじりかねない、禁忌の技術だ。


 そうした二つの禁忌を破る、罪深い者がいる。


 それはゲノム編集により、天才として生まれた少女。

 高度な知能を持ち、AIにも匹敵する能力を持つ。


 人類がその生存圏を縮小し、一部の人々が電子世界にその居住を移して早数十年。都市の中に人の姿はなく、無数のサーバーのみが稼働している光景も珍しくないという。


 そうした電子の世界に、外部から介入し――さながら神のごとく、世界を蹂躙する――それが、高梨モモカという天才の所業だ。


 政府はついに彼女の所在を突き止め、特殊部隊がその確保のため派遣された。


 いくら神のように万能とはいえ、それは電子の世界に限った話。現実ではただの少女、それも知能に特化した編集をされているため、身体能力はさほど高くない、ごく普通の女子高生のそれだという。特に、電子世界をゲームのように遊んでいる時であれば、彼女は無防備――


「全員、配置につきました」


「行くぞ」


 たかが女子高生一人――それに対し、武装した大の大人が複数。笑えてくる、と部隊長は思った。


 しかし、それだけ政府が危険視している、ということ――


(これは使える)


 部隊長は思った。この少女を手に入れれば――


 少女のいる部屋への突入と同時、部隊長は不意を突き、仲間の隊員を殺害した。


 そしてさも寝起きといった様子の少女に近付いた。


「お前の身体ちから、これからは俺が楽しませてもらうぜ」


「……はあ? 急に現れるなり、何? このおっさん? こっちはランダム生成されたミミックに不意打ち喰らってすごい気分最悪なんですけど」


 何を言っているのかは分からないが、余裕ぶっこいてられるのも今のうちだ。


 銃を突きつけると、少女は馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「ところでおじさん、不思議に思わないの? これまで軍に忠実に生きてきて、部隊長になるまで昇進したっていうのに、ここにきて突然さ、我欲に走った自分にさ。変だなぁって思わない? 思わないかぁ、おじさんが自分の意思だと思ってるのは、ぜんぶわたしに仕組まれてるとか、考えもしないかぁ」


「あ……?」


 部隊長が戸惑ったのは、少女の言葉にではない。

 ふと気が付くと、足元に毒々しい見た目をしたトカゲのような爬虫類が現れたからだ。しかも、そのサイズは人間の子ども大。それから、部屋の外から悲鳴と銃声が聞こえてきた。


「そういうさ、毒々しい見た目をしてるやつってさ、自分は毒を持ってます、危険ですっていう威嚇のためのビジュアルらしいんだよね。派手な見た目してるから、人類にんげんはそれに近付かない。危険視する。でもさ、そういうのって、人類に都合が良いって思わない? 毒々しいって感じるのは、人類の主観。そんな毒々しい見た目をした生物が存在するっていうのが、なんだかもう人類に都合が良い設定だよね」


「……何が言いたい……?」


「この世のあらゆる物事は数式で表せるらしいんだけど、それもなんだか都合の良い話だよね。この宇宙は人類に都合が良いように出来ている――そういう風に、疑問に思ったことはないかな?」


 可憐で華奢な少女は、その見た目からは想像もできないような邪悪な笑みを浮かべていた。


「いつから、?」


「!?」


「はい、ざぁこ」


 ばん!



 高梨たかなし百禍ももか――種族・神類。



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