第6話
オドの獣の体液が体内に入ると汚染される。
一度の汚染でまずは「保菌者」となる。
保菌者は一見すると変化はないが、摂取した部位から肌が黒く染まる。
更に二度目の汚染で「感染者」となる。
感染者は汚染前の意識を失い、ただ食事を求める獣となる。感染者は食ったものの一部を体から生やし、食らえば食らうほど元の姿を失い異形となっていく。一番の問題は感染者が特に保菌者を執拗に狙うことだ。
保菌者になった時点で獣に狙われ続け、いつかは感染者になる運命を辿る。
汚染された者を殺すことはできるが、当然自身が汚染されるリスクを伴う。また、オドの獣をただ殺しても、土に還ればまた他の生き物がそれを摂取して汚染されることが提唱されている。殺すことは付け焼刃の対処に過ぎず、根本的な解決にはならないらしい。
そんなオドの汚染に対抗できる唯一の力がマナ様の浄化だ。
ウッド・ユールに根付いた神の木はマナ様の化身と言われている。その力を授かり行使できるのが巫女様だ。
力の一つは、一定範囲の地域を浄化し汚染された獣を寄せ付けなくすることだ。ウッド・ユールが都として機能しているのはこの力があってこそだ。
ウッド・ユールを起点とした広域で、巫女様が都に来てから獣の出没は無くなったという。
そしてもう一つは汚染された者からオドを払い、元の状態に戻すことができるらしい。ただ巫女様の体力を余程消耗するらしく普通行われるものではない。少なくともアシヤは後者の事例を聞いたことがない。
最後にもう一つ、巫女様は契約によって人に浄化の力を託すことができる。
そして現時点でそれを授かり行使できる人間はただ一人、アシヤだけだった。
アシヤは巫女様からマナ様の力を授かり、その恩恵を受けた剣を振ることで獣を駆除している。
目の前に感染者が現れればそれを処分するのは執行人の職分だった。
街道を全速力で駆けていく馬車があった。御者は血眼になって手綱を振るい、「早く、早く」と馬を急かす。馬車の中では白髪の男がぐったりと座席に横たわり、その対面に座った執行人が心配そうにその様子を伺っていた。
「くそ………殺してやれたのに」
「お前けっこう危険な感じだな」
男の表情は青白く、横たわった体は座席に沈んでいる。先ほどの一騒動から、この囚人が厳重に拘束されていたのも尤もだと思われた。
突如襲ってきた4人の賊を、アシヤ達は取り逃がしていた。
その理由は、賊を――おそらく――捕えていた男が突然苦しみだしたからだ。胸を押さえて呻く様にアシヤが気を取られている間に、解放された4人は素早く駆け出し野に姿を消してしまった。
アシヤが慌てて辺りを探しても後の祭りだ。馬車から遠く離れるわけにもいかず捜索は断念した。
幸いにも御者は無事で、馬車籠の下でひぃひぃと悲鳴を押し殺していたのを戻ってきたアシヤが見つけた。御者はこれ以上二人に同行して先へ進むのを首を大きく振って拒んだが、アシヤが「じゃあ1人で何が出るかも分からない道を戻ってどうぞ」と言ったところ、泣きながら馬車を走らせてくれたのだった。
相変わらず息苦しそうな囚人の汗を拭いてやろうとアシヤが手ぬぐいを取り出して近づけると、男はその手を払った。
「やめろ」
「………ごめん」
目の前の男は普通ではない。ただ、男の思惑がどうであれ結果的にアシヤ達を救ったのは彼だった。
「あのな」
アシヤが黙っていると男は沈黙に耐えかねたように声を出した。
「おまえ、マナの気配がピリピリするんだよ」
「マナの気配?」
アシヤは自分の体を見回したが、何もピンと来なかった。
「初めて言われた。感染者だから分かるのか?というかお前は感染者なのか?」
「………」
男は体を横にしたまま半目をアシヤに向けた。
「感染者はマナの気配なんて分からない。俺にはオドが憑いてるんだよ。お前の都にもマナ版のそれが居るだろ」
「………え」
マナ様が憑いている、というのは聞いたことが無いが、それは間違いなく巫女様のことだろう。それのオド版ということは――
「お、オドの、巫女?」
「うええ!やめろ!その言い方!」
「げえっ!」と嘔吐く素振りすら見せて心底嫌そうにしている。都で同じことをやれば間違いなく袋叩きにされるだろう。アシヤは目を瞬かせ、目の前に横たわる男をしげしげと見た。
「あの賊を懲らしめ?てたのもその力か?あとお前、都で衛兵にやったな?」
「ああ。やったやった。煮立ったドブネズミみたいな顔してたな、アハハ!」
この死刑囚に全く悪びれた様子は無い。奔放で危険なこの男をとても御せる気がしなかった。
「どうして管理官は俺にお前を任せたんだろうな」
「どういう意味だ?」
「さっきの妙な力があったらいくらでも逃げられるし、俺のことなんて簡単に殺せないか?」
「すぐに倒れてるけどな。こうやって」
「ああ、だから大丈夫ってこと」
「お前の上司はお前に何にも話してないらしいな」
男は右手を座席につくと、ゆっくりと体を起こして座席に座った。
「俺のこと、どこまで知ってる?」
「死刑囚で、名前はカド」
それを聞いてカドはにんまりと笑った。
「ハハ、それだけ?」
「ああ」
「ふっ。分かった。まずお前の疑問についてだが、俺はマナ様と契約させられている」
「え!?」
アシヤは自分が驚いて声を出したことに動揺した。思わず手で口を抑えるアシヤを見ながら、カドは不敵な笑みを浮かべている。
「そして『お前には手を出さない』ということになっている」
「そういうことか。………契約なら対価があるよな?」
「ああ。それは『俺が自由になる』ことだ」
呆然と開いた口が塞がらなかった。自分に手を出さない代わりにこいつを自由に野に放つ?
「おいおい、なんだその『釣り合ってない!』って顔は。そりゃ一等地に豪邸を立てて世話係も用意しろ、くらい言ったって良かったが」
「まあそりゃ、え?」
「そうもいかなかったんだな、これが。それどころかこの世で最も面倒な仕事もおまけでついてきた」
「なんだ?おまけって」
ハハハ、とカドは笑った。
「世界を救えってさ」
神憑き ろくのじ @ro_9to_1
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