【短篇】宝箱職人の朝は早い

笠原久

出会って別れてすぐ再会

 ランプの光は弱々しく、ロウソクよりマシな程度の明るさしかない。だが、その暗さが好都合だった。


 照明ライトの魔法は明るすぎて目立つ。たとえ分厚いカーテンに覆われていようと、光が外に漏れてしまっては困る。


 今は夜明け前で、深夜といってもいい時間帯なのだから。早起きな人間だとしても、さすがにこの時間に起床しているのは怪しいだろう。


 俺はランプの薄暗い光を頼りに、出発前の最終チェックをした。今回、ダンジョンに設置するのは五つの宝箱だ。


 うち三つは外れといってよく、安物の傷薬が入っているだけ。


 しかし残り二つは大当たりだ。片方は最高級の霊薬で、最後の一つは遠方の辺鄙な村に住む鍛冶職人が仕上げた名剣だ。


 その村まで行けば購入できるが、王都から村までの距離はちょっとやそっとじゃない。


 ダンジョンで手に入れば、さぞかしうれしいだろう。


 俺は宝箱にそれぞれの品物が収められていることを確認すると、それらを魔法のカバンに入れて家を出た。


 日の出にはまだ遠いが、星明かりがわずかに辺りを照らしている。


 俺は駆け出して、あっという間に森まで行く。人目がないことを確認してから、小さなランタンに火をつけ、夜の森を進む。


 ダンジョンはある日突然、湧いてくる。


 太古の邪神が人類に仕掛けた呪いだとも、太古の女神が人類に課した祝福だとも言われているが、正確なところはわからない。


 ただ、ダンジョンには魔物がいて、放っておくと地上にあふれ出して大変危険だということ。そしてダンジョンには稀少な鉱物や薬草など人類に役立つ資源があること。


 このふたつだけは確かだ。


 前者を見れば呪い、後者を見れば祝福だという話だが……宝箱職人の俺にとって重要なのは、とにかくダンジョンに宝箱を設置しなければならない、という仕事の話だ。


 ダンジョンには宝箱がつきものだ。が、もちろん現実のダンジョンに宝箱なんて存在しない。ロマンのない話だが、現実とは往々にしてそういうものだ。


 しかし、それではつまらない――と考えた馬鹿がいた。


 誰なのかは未だにわからない。なんならダンジョンを生み出した邪神か女神が開祖だなんて与太話すらあるが……とにかく、宝箱職人は宝箱を設置し、冒険者に楽しみを提供する――それが仕事だ。


 馬鹿みたいな仕事に思えるが、少なくとも俺自身はそう口汚く罵れない。


 ご多分に漏れず、俺も子供の頃は冒険譚ってやつに憧れていたからだ。本の中に登場するきらびやかな冒険者たち、ドキドキワクワクのダンジョン攻略、血湧き肉躍る魔物たちとの激闘……そして出てくるお宝。


 だからこそ、初めて真実を知ったときは落胆したものだった。


 殊に自分の両親――どころか一族が、宝箱職人を生業にしていると知ったときの衝撃と言ったら。


 もちろん俺自身、不自然に思わなかったわけじゃない。なぜか子供の頃からやたら厳しい訓練を課せられ、武芸や魔法を身につけさせられた――それも秘密裏に。


 自分の実力は徹底的に隠し通せ、と教えられた。


 実際、親父もお袋も弱いふりをしている。しがない行商人としてほうぼうをめぐっているが、必要もないのに護衛を雇い、魔物や盗賊に襲われても彼らに戦いを任せてしまう。


 宝箱職人であることは露顕してはならないのだ。


 なぜか? ロマンが壊れるから。そう幼い日の俺のように……。


 まぁこれで意外と馬鹿にできないのだ。実際、宝箱のないダンジョンは味気ない。たまに宝箱職人ギルドより先にダンジョンを発見されてしまい、最速攻略されたが宝箱がいっさいないハズレで……なんていうと盛り下がること甚だしい。


 やはりダンジョンといえばお宝。


 そりゃダンジョンなんだから貴重な資源は手に入るが……それはそれ、これはこれだ。


 やっぱり宝箱に貴重なお宝が入っていて一喜一憂! 苦労したのにしょぼい中身でがっかりしたり、意外な場所でいいお宝が手に入ってラッキー! したりという具合に、いい感じに射幸心を煽られるからこそダンジョン攻略にも熱が入るというものだ。


 だからこれは必要な仕事なのだ。


 十五で稼業を継いで三年……俺だっていつまでもガキじゃない。さすがに割り切っている。それに俺の設置した宝箱で楽しんでくれる冒険者たちがいるのだ。


 これはこれで意外と悪くない。


 確かに宝箱が実は人力で設置されてるとか、本当は未攻略ダンジョンじゃなくて宝箱職人ギルドによって徹底的に調査されたうえで宝箱が設置されてるとか、裏話を知ると萎えることこの上ない……が、知られさえしなければよいのだ。


 子供の頃の俺みたいに、何も知らずにいればロマンを失わずに済む。


 だからこそ宝箱職人は他人にその存在を知られてはならないのだ。あくまでも裏方、影の存在でなければいけない。


 夜明け前に出発し、ひそかにダンジョンにおもむくのもそのためだ。


 誰かに見られでもしたら一大事、宝箱職人はひっそりと、人知れず宝箱を設置し、何食わぬ顔で帰還しなければならないのだ。


 俺は王都付近に最近できたばかりのダンジョンまでやって来ると、さっさと仕事をこなした。


 まだ公表されていないから、当然冒険者はいない――知られていても、夜明け前にダンジョンに来る奇特な冒険者はいないだろうが。


 一階にひとつ、二階にひとつ、三階にひとつ……と順調に進んでいたところで、トラブル発生だ。


 なぜか人がいた。女の子だ。たぶん年頃は俺とそう変わらないだろう。十七、八と思しい若い娘だ。


 もちろん一般人じゃない。軽装だが防具を身に着けていて、腰にはダガーとショートソード、スローイングナイフも見える。


 長い髪に豊かな胸が特徴的な、かわいらしい女の子だ。魔物に襲われている。このダンジョンはちょっと特殊で、一階と二階は弱い魔物しか出ない。


 しかし三階からはいきなり魔物が強くなるのだ。おそらく一階と二階が楽勝だったので、三階まで足を踏み入れてしまったんだろう。


 少女はスローイングナイフと魔法でなんとか距離をとり、魔物から逃れようとしていた。だが、巨狼のタックルを喰らってしまい悶絶する。


 そして、俺と目が合った――少女は一瞬、口を開けたが、なぜか声を出すことをためらった。俺を気遣ってのことだろうか? まだこの巨狼の群れに俺が見つかっていないから。


 ……普通だったら、なかなか燃えるシチュエーションだ。


 それこそ幼い頃に読んだ冒険譚なら、運命の出会いと言わんばかりにヒロインを助けて――という流れだろう。


 だが、俺は英雄じゃない。裏方、宝箱職人だ。


 もしダンジョンに要救助者がいても、決して助けてはいけない。なぜなら――俺たちの存在は、秘匿されなければならないから。


 誰が死のうが傷つこうが関係ない。


 俺たちは、ただ淡々と職務をこなす――少女は視線を巨狼たちに戻した。全部で五頭いる巨狼は、油断なく少女を囲んでいる。冷徹だな。一撃喰らわせても慢心せず、確実に相手を弱らせ仕留めようとしている。


 少女は狩られるだろう、為す術もなく。


 だが、仕方のないことだ。ここは(表向き)未発見のダンジョンだ。ひとりでちょいと下調べを……なんて欲を出した彼女の失態。


 自然の摂理ってやつだ。


 少女は戦いを再開した。スローイングナイフを投げつけ、魔法で牽制し、近づく巨狼をショートソードでなんとか追い払おうと必死になっている。


 だが、すでに一撃喰らった身だ。


 すぐに力尽き、少女の体に巨狼の爪が突き刺さろうと――したところで、俺の拳が巨狼の腹をぶち抜いた……やってしまった。


「まったく……これがあるから嫌なんだよ、この仕事」


 はらわたをぶちまけながら吹っ飛んでいく巨狼を見ながら、俺は愚痴った。


 助けようと思えば助けられる命がある。だが、俺たち宝箱職人は非情にそういった人々を見捨てなければならない――うんざりする仕事だ。


「まぁ、やっちまったもんはしょうがない」


 護身用に持ってきた剣を抜き放ち、俺は遠巻きに警戒する残りの巨狼をまたたく間に斬り伏せた。


「大丈夫か?」


 俺が少女に話しかけると、彼女は背筋をピンと伸ばして答える。大きな胸が揺れて、思わず目が釘付けになりそうになる。


「あ、は、はい! あの……ありがとうございます」


「なんでひとりで入った? ここが未踏のダンジョンだとわかっていただろう?」


「ご、ごめんなさい……。森でちょっと訓練しようと思って、そしたらダンジョンの入口を発見しちゃって……魔物もそんなに強くないから、少しくらいなら大丈夫かと思っちゃって……」


 俺はそっと吐息を漏らした。


「とにかくすぐに――いや、先に俺の仕事に付き合ってもらうか」


「あなたもダンジョン攻略に? あ、もしかして先に発見して――」


「ちょっと違う」


 ついて来てくれ、とうながし、俺はさっさと自分の仕事をこなした。残るは三階の隠し部屋に宝箱をひとつ、そして四階のダンジョンボスの部屋に宝箱を設置する。


 もちろんダンジョンボスを倒したら宝箱が出てくるよう魔法をかける――そのほうが盛り上がるだろう?


 俺がボスを気絶させて仕込みを施していると、少女が唖然とした様子で、


「あなたが……妖精さん?」


 いきなりわけわかんないことを言い出した。


「あ、ご、ごめんなさい! その――なんでダンジョンに宝箱があるのかについて、実は妖精さんがこっそりプレゼントを用意してくれているんだ! って」


「そんなトンチキな噂が……」


「えっと――本当にごめんなさい。その、私のことも……本当は、助けちゃいけなかった、のよね?」


「なんでわかる?」


「だってその――」


 少女は言いづらそうに、上目遣いに俺を見た。


「私を見たとき、泣きそうな顔してたから」


 俺は一瞬、言葉に詰まった。


「最初は魔物に遭遇して絶望してるのかなって思ったんだけど……愕然としてたみたいだったから」


 いちゃいけない人がいた、みたいな……と彼女は申しわけなさそうに体を縮める。


「別に、泣きそうな顔なんてしてねーよ」


 俺はそれだけ言うのが精一杯だった。


 その後、俺は仕事を済ませて少女とともに帰還した――当然のごとく、ダンジョン入り口にはギルドの親方が……俺の上司が待っていた。


 そりゃそうだ。堂々と宝箱職人が姿を現せば、報告が行く。ましてここはまだ宝箱が設置されていないダンジョンだ。部下の仕事っぷりは当たり前に監視されている。


「じゃあな」


 俺は親方にあとを任せて立ち去った。始末書、減俸……さすがに解雇まで行くとは思わないが、謹慎や降格――というか今後の出世はなさそうだなぁ、と俺は思った。


 なぜか親方、なんも言わなかったけど。


 あの少女もどうなるのやら、宝箱職人の存在を知ってしまった以上、ただでは帰れない。少なくとも今までどおり冒険者稼業はできないだろう。


 はたしてそれは「助けた」と言えるのか……。


 俺はため息まじりに自宅に帰り、ふて寝した。そして夕方になって、ギルドに呼び出された。


 ギルドといっても、見た目はごく普通の商会だ。宝箱職人ギルドじゃなくて、普通の商業ギルド(それも小さな)にしか見えないだろう。


 俺が暗い気持ちで親方もとい商会長の部屋に入ると――なぜか夜明け前に助けた少女までいた。ただし、あのときとは装いが違う。


 鎧ではなくドレスを身に着け、はにかんだ笑みで俺を出迎えた。


「あの……お父さまに聞きました」


「お父さん?」


「国王陛下だ」


 親方が言った。


「は……?」


「お前ほんとに知らなかったのか?」


 親方は呆れ顔で鼻を鳴らした。


「うちの国の第四王女がこっそり冒険者やってて、しかもソロでそれなりの腕前ってんで、一部話題になってただろうが」


「初耳なんですけど!?」


「まぁつまりあれだ。お前は王女さまを助けたわけだな」


 親方は心底馬鹿にした顔で俺を見た。


「要救助者は見捨てるのが大原則だが……俺たちのことを知っている王侯貴族の一部、冒険者ギルドのお偉いさんなんかは例外だ。第四王女さまは俺たちのことを知らなかったわけだが……国王の娘を見殺しにしたって知られりゃ、物理的に首が飛んでたかもな」


「俺そんなヤバい状況だったの!?」


 理不尽すぎないか……?


「で、王女さま――というか、国王陛下から下知だ」


「え? このうえ、なにをやらされるの俺……?」


「あ、あの……! 申しわけありません。差し出がましいとは思いましたが……」


 少女あらため王女さまは言った。ドレスを着ているからか、それとも親方の前だからか、叮嚀な口調と物腰だった。


「その、助けられる命を見捨てるのが忍びないご様子でしたので……僭越ながら、わたくしと組んで、思う存分、お力を振るわれてはどうかと」


「は? え? どういうこと?」


 突拍子もない申し出に、俺は混乱して敬語を使うことさえ忘れていた。


「おめぇが表立って人助けできるように、王女さまと組んで冒険者――厳密には護衛としてついて行けるように取り計らってくれたんだよ」


 親方は頬杖をついた。


「宝箱職人は表に出ちゃいけねぇ。だが王女さまの護衛としてなら表立って助けられる――心優しい第四王女殿下は、困っている人を見捨てないと来たもんだ」


「いやちょっと待ってくれよ! 俺、一応ここの行商人として顔が――!」


「仮面でもかぶれよ。おめぇの好きな冒険譚みてぇに」


「めちゃくちゃ目立つだろ!? リアルでやったら変な人だよ!」


「んなこと言ったっておめぇも職人に向いてねぇんだから諦めろよ。第四王女ってわかってたんならまだしも、知らねぇのに見捨てらんなくて結局助けちまってるじゃねぇか。そんなやつに宝箱職人ができるかってんだ。お前クビだわ」


 もう宝箱職人やめろ、と親方は無慈悲に告げた。


「いきなり無職!」


「む、無職ではありません! 冒険者は立派な職業です!」


「いや、俺、あなたの護衛じゃ……」


「あ、そ、そうでした――」


 王女さまは恥ずかしそうに顔を赤らめ、それから潤んだ瞳で俺を見た。


「あの、これからよろしくお願いいたします。あなたが悲しい顔をしなくて済むように、わたくし、がんばりますから」


「いや、別に……俺、悲しい顔とかしてないんで」


 俺はそれだけ言うのが精一杯だった。(了)

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