蛍道

 特に悪気も無く単純な好奇心が多感に芽生えだし、良く言えば冒険心とでもいえる、誰しもが通る思春期へと差しかかるだろう時期。一匹のホタルが少年の目の前を横切った。

 庭先の掃除をしていた、黄昏が長くとばりを落とす季節。先ほどまで地平線上に居た暑い熱の根源は身を潜め、溢れ出ている陽だけを周囲に名残惜しむように照らしていた。


 どこから来たのか、その一匹のホタルは太陽とは反対側へと飛んで行く。

 寺の横道、森へと向かうその上にはもう、八分咲きの十三夜が顔を出していた。月読の世界へと入る時間だったが、少年はホタルが光る姿を一目見たく、後を追った。

 それと

 何かの声がホタルが飛んで行く方向から聞こえたような気もした。


 森の中へと入ると、そこはもう殆どが夜の世界だった。枝葉の間にはちらほらと白む空が見えはするが、数メートル先は殆ど見えはしない。追うホタルのお尻がほんのり光っているのが見えてきた。


 絵本でしか見た事が無かった、無数のホタルが川沿いを飛び交う地上の天の川。少年の心は少しだけ高ぶってくる。


 もはや目の前には一匹のホタルの光しか見えなくなっていた。ただ一点の光が道しるべのように、少年の足は前へと進む。


 一点が二点、三点と増えて行き、いつの間にか数えきれないほどの光が目の前を支配していった。



 ピチャッ・・・・・・


 足元から水が跳ねる音がした。それと同時に川のせせらぐ音がザーザー、チロチロ、バシャバシャと一気に聞こえ、驚きながらもじんわりと靴の中へと冷たい水が入り込み、靴下をも浸食していく。


 空はもう陽光は月が反射しているだけで、星空がホタルの光には負けないぞと言わんばかりに輝いている。ホタルたちも川の水面に自分達の光を反射させ、まるで光の点の応酬を少年は受けていた。


 川のせせらぎがまるでBGMかのように、光の乱舞が繰り広げられている最中


 やめて・・・お願い・・・助けて、いやだ・・・・・・


 懇願と哀願する声が明確に聞こえてきた。感動するシーンとは裏腹に、少年は恐怖で周囲を警戒しながらも、怯えてその場に蹲ることしか出来なかった。


 いやだ・・・死にたくない・・・どうして・・・・・・


 声が聞こえる方へと、少し進んでみた。川沿いとは少し奥ばった場所に、ホタルや月といった自然の柔らかな光とは全く違う煌々と一筋の閃光が見えてくる。少年はこのような神聖とも思えた場所で、こんな声が聞こえてはいけない。そんな正義感からか、この元凶は何かを確かめたくなってしまっていた。



 閃光が右へ、左へと忙しなく動く元が見える場所まで身を潜めながら進むと、そこには男性が大きなブルーシートに包まれたモノを抱えながら歩いている。直ぐに適当な場所でそのブルーシートを重そうに降ろし、その隣をスコップで穴を掘り始めた。少年の鼓動が激しくなる。男の声が、女の声に交じって聞こえてくるからだ。


 やめて・・・お願い・・・≪お前が悪いんだ≫

 どうして・・・≪俺の気持ちは分かっていたはずだ≫

 なんで・・・≪お前は俺のモノなんだ≫

 痛い・・・苦しい・・・≪くそっ・・・くそくそくそぉ≫

 助けて・・・≪ふふ・・・はははは≫

 死にたくない・・・≪なんだ?これ・・・気持ちいい・・・・・・≫


 ≪好きだ、ムカツク、興奮するぅ、俺なんて・・・、どうして、みんな俺を嫌っていく・・・俺は悪くない。世界が腐っている。ああ、俺の手の中で命が消えて行く。今は俺が支配している。気持ちいい。俺が、俺が、俺が、俺は・・・?≫


 少年は怒涛のような感情の声の波に襲われ、その場で気を失った。




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