樵音

 ・・・痛い・・・助けて・・・・・・


 いやぁ!お願い、やめてぇ!!


 こんなことって・・・そんなつもりじゃあ・・・・・・


 殺す、殺す、ぶっ殺す。


 ごめんよ・・・父さんをゆるしてくれ・・・・・・


 お前が、死ねばよかったのに・・・・・・




「・・・はあぁ!!」

 勢いよく、男の子は起き上がる。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」


 汗だくで全身の筋肉に力が入ったまま起こされ、また眠りの邪魔をされた。ずっと聞きたくない声を聞かされては、夢でイメージを増長され悪夢しか映らない。脅迫的なナニカ達に接触したくないだけに、ずっと眠ることが嫌で仕方が無かった。

 年中、睡眠不足に晒され無意識化では色んな声が聴こえてくる。その殆どが苦痛と無念、怨念と恨み、懇願と哀願に押し寄せられ、実害の無い圧に押しつぶされそうになっていく。


 そんな時はいつも住職から頂いた数珠を握りしめ、教わった念仏を心の中で唱える。いつも左手に巻いてある数珠を触って探ると、在るはずの物がそこに無かった。焦って周囲を暗闇の中、手探りで当たると布団の外へと数珠が自身から離れた場所に落ちていた。


《そうだ・・・部屋の掃除をしていて・・・・・・》


 眠りたくないだけに、常に寝る気なんてない生活を繰りかえしている。しかし、気絶するかのように寝てしまっていた。そんなことがどうしても日常的に、頻繁に起こってしまう。


《・・・あれ?でも、どうやって布団の中へ??》


 それ以上そのことは考えない様にした。無心に、ただ数珠を両手に印を組み、念仏を唱えていく。



 カーーーーン・・・カーーーーン・・・カーーーーン・・・・・・

 カーーーーン・・・カーーーーン・・・カーーーーン・・・・・・


 遠くで樵が木を切っていく音が木霊する。


 カーーーーン・・・・・・カーーーーン・・・・・・


 どんどんとその音が、ドップラー効果のように遠ざかっていく。


 ・・・・・・


 樵の音が消えると同時に、それに追随し付き添うように邪念の声たちが消えて心も落ち着いてくる。


 これを一日に何度と繰り返さなければならないのか。

 常に意識を強く持たなければならなかった。


 住職と毎朝、毎晩、座禅を組む修行をする。だが、その度に無心の境地へと踏み込むと途端に邪念が聴こえてくる。冷や汗を流しながらまた念仏を唱え、そして樵音が鳴り響き共に消えていく。

 ・・・これになんの意味があるのだろうか。



「それはね、『古杣ふるそま』というなんですよ。別に何らかの危害を加えたり、危ないモノとかではありませんので安心しなさい。あなたの場合、古杣が守り神としての役割を担っています。だからもっと古杣に心を開き、そしてお互いが尊重し合った存在として、敬意を払えるように修行しなさい」


「・・・フル、ソマ?・・・・・・」


「妖怪だから悪、神様だから善、とは限りません。全ては適材適所、因果応報、好きこそモノの上手なれ・・・あれ?これはちょっと違いますね」


 男の子は住職のそんな言葉ですら、何故か救われていた。それは悪意が一切ない人の言葉だということに、この時はまだ気が付いていなかった。



近況ノート⇩ イメージ画

https://kakuyomu.jp/users/silvaration/news/16818093091520849297

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