幼子

 カーーーーン・・・カーーーーン・・・カーーーーン・・・・・・


≪いくぞーいくぞー≫


 ミシミシミシ・・・パキパキパキ、バリバリバリバリ!・・・ドオォォォォォン!!!


 緑葉が最大限に活発化する葉月に聞いた時の様な、遠くからの微かな樵音ではなく今冬は、玄関先のすぐ近くから聞こえてきた。母に見るなと言われたことを忘れた訳ではなかったが、好奇心からか少しだけ玄関の扉を開けて家の中から覗いて見てしまった。


 しかし、母の言う通りそこには何も無い。


 がっかりと肩を落とし、また一人マヨヒガ迷い家屋敷に戻ろうとしたその時、ゆっくりと梓の身体が硬直する。


 《たのむ・・・助けてくれ!》


 頭の中で誰かが語りかけてくる。それは今までのような嫌なモノではなく、慈しみと悲しみに満ちた声の気配だった。


「だ・・・だれ?」


 梓は少し怯えながらも、玄関に立てかけられた『梓弓』を手にして勇気を振り絞る。


《たのむ・・・この子が危ない・・・俺はいい・・・この子を・・・・・・》


 梓の脳裏にイメージが浮かぶ。そこには二才ぐらいの幼い男児が映っていた。


 恐怖心は自ずと掻き消えて、ゆっくりと樵音がした玄関先の扉を開けていく。

 頭だけを出して周囲をきょろきょろと見るが、やっぱりなにも無い。


《こっち・・・早く・・・意識が・・・・・・》


 右手にある竹林の方へと、声は頭の中から聞こえるが意識がそちらへと誘っていく。その方向へと弓を強く握りしめながら向かってみると、そこには先ほど見たイメージと同じ男児が寝かされていた。


《すまない・・・私は彼とる・・・今、彼はもう彼に在らず・・・しかし、肉体に宿りし魂の残滓が、きっといずれは・・・・・・》


 梓の中に居たモノの気配が消えて、梓の緊張は搦め結ばれた紐を解く様に緩んだ。しかし、直ぐに屋敷の中へと戻らなければならないが、梓の足元に幼子を放っても置けなかった。物事の分別が付き始めた頃の梓には少し重く重労働だったが、必死に健気に頑張って、男児を落とさない様に抱っこしながら屋敷内へと招き入れてあげた。




 玄関で、梓はひたすら寝ている男の子をじっ、と見ていた。初めてと言っていい、少なくとも梓の物心が付いてからは初めて見る、自分以外の自分とまだ年が近い人間の子供。只でさえ介抱の知識も無い梓もまだ子供だが、毎日来てくれる住職と霊体たち以外では初めてみる他者をどうすればいいかも分からずに、ただひたすら多数の幽体と共に見守り、そして住職の訪れを待っていた。



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