挫折
「・・・梓・・・さん」
その後、梓さんは何も言わずに人形を操り、桃ちゃんを救出したら一言だけ
「・・・ごめんなさい」
と言ってボクらの訓練部屋を後にした。
ボクは何をすればいいか分からなかった。なんて声を掛ければいいかも分からなかった。先ずは状況を理解するだけで精一杯だったって言えばいいのかな。
以前に、梓さんはあの喰い男はここ、マヨヒガ屋敷の住人だったって言っていた。昔からの知り合いだったってことは分かる。
屍・・・罪なき被害者・・・下衆、外道・・・・・・
何か大きな事件か、出来事があったのだろうと言うことは何となく伝わった。何があったのだろうか。
そして、夢窓の言葉。
無意識の罪、過失、無知という危険、救うその後の責任・・・・・・
ボクがずっと考えて悩んでいたことと似ていた。目の前にある悲劇を無責任に、そして無暗に、自分の感情の為にだけで衝動的になることの罪。
ボクが今まで生きてきた世界観とは全くの逆の価値観に衝撃をまた受ける。そこまで考えたことが無かったからだ。ただほっとけない。ただ見たくない。ただ救うだけが罪になるなんて・・・・・・
《そこで視ている貴様も、ただの傍観で部外者気取りでいるならば、この愚か者どもとお似合いだな。共倒れるがいい》
あの時、あいつはボクのことまで視えていたのか・・・・・・?
つい考え込んでしまっていた。
・・・いや、桃ちゃんは?
ボクはハッとしたように現実に戻り、屋敷内の扉を順番に視ていった。
ボクが駆け付けたころにはもう、シャルが桃ちゃんを抱きかかえ部屋に運ぼうとしている所だった。
「・・・梓さんに軽く事情は聞いたよ。大丈夫だって。このまましっかりとした睡眠と、起きたらたっぷりの栄養を取れば問題はない。打撲や軽い擦り傷の手当をしておくよ」
それを聞いて、夜なのにシャルが対処してくれることにも安堵した。
ただ、梓さんの方が気にかかる。
何か大きな悩みを抱えているような。そしてそれはボクなんかが簡単に聞き出そうとすることすらおこがましい程の大きな
以前に視た、梓さんのオーラ。強くて暖かい湯気・・・しかし、なんだか消え入りそうな儚さがあった。そう・・・蠟燭の炎が消えゆく瞬間、パッと最後のエネルギーを振り絞るかのように光り輝くような、そんな強さと儚さ・・・・・・
点滅していたような気がしたのは気のせいではなかったかもしれない。幽体も魂も、精神状態や感情が大きく作用する。ボクたちの肉体が食べ物や環境、気候に影響するように、そして体調不良を起こすように、幽体も精神世界で左右する。精神が傷つき、あまりにも幽体が影響したならば、それは肉体へと及ぼすことがある。ストレスによる頭痛や腹痛が身近によくある事象の例だ。
ある有名な俳優が演技をしている時、そのシーンは演じるキャラが敵に胸をレーザーか何かで貫かれるという演技だった。最高の演技が収録できたが、熱演が過ぎ実際にその俳優もその後に胸の痛みを訴え、病院に行ってみると胸の内部が熱傷していたという。
『思い込みバイアス』『プラシーボ効果・ノーセボ効果』とも言うらしいが、精神的エネルギーが肉体にまで反応することは科学的にも明らかな事例でもある。
ボクたち各々のこのクレア能力もその一つのようなものだ。見えて感じ、聞こえて伝える。肉体的、物質的に全員が行える当たり前な事象。しかし、モグラやミミズの地中生物は見る必要がないので見えないように退化した。ペンギンや鶏は滑空するほど飛べなくなった。ヘビは四肢を無くし、タコは骨格を捨てた。
代わりに何を得たのだろう・・・それらの代償に見合ったのだろうか。
ボクが視えているように、きっとだれも見えていない。
モグラは何を視てるのだろう。ペンギンはどんな気持ちで海を飛んでいるのか。ヘビはどの道を歩み、タコはどこに潜んでいるのだろう。
実際はボクにしか解らないし、彼らにしか答えを持ち合わせない。
だからできるだけボクは、シルヴァちゃんを通して今まで視てきたことを言葉として、文字として残していこうと決めた。これからもずっと残していけるかどうかはまだ分からない。ボクたちが見てきたこと、感じてきたこと。そしてこの『言霊』がどこまで影響を及ぼせるかもまだ現状では分からない。たまたまの『縁』が紡ぎし、たった一人へのメッセージかもしれない。しかし、それもまた立派な一つの『縁』だ。
見て、聞いて、触れて、匂いや味を感れじて、そんな当たり前を大事にしよう。傍にいてくれる隣の人を感じよう。目の前にある便利な全ての物や環境も、場所や時間が違えば当たり前ではない。
家族も、友達も、全て大事で大切な『縁』である。
下らない事や仕方がない事なんて、何一つ無いんです・・・・・・
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