夢窓

 桃ちゃんが異形のモノの一撃を食らった。しかし、梓さんの言う通り、吹き飛ばされるが溢れ出る桃ちゃんの湯気オーラがまるでクッションのようにダメージを包み込む。でも、吹き飛ばされた先の地面への衝撃で桃ちゃんは意識を失った。


「ヤバイ、ヤバイですよ梓さぁん!」


「・・・もう少しで・・・着きます」


 異形が桃ちゃんの傍で立ち尽くす。この物の怪も長い暗闇の生活により目がよく見えていないようだ。嗅覚で桃ちゃんの場所を探り当て、そのまま立ち上る桃ちゃんの臭気を吸い続けている。


「・・・このまま吸われ続けていったら・・・さすがにヤバいんじゃないですか?」


「・・・私からも・・・立ち上る瘴気が見えました!」


 突然、奥の森林から大男が現れた!

《・・・ああ”!ギギ・・・あぎゃ?》


 男は片腕で物の怪の首根っこを掴み圧倒している。胸部と腹部に表れている双子の顔が悶え苦しんでいた。その男は物の怪の複数あるうちの細い腕を引き千切り喰いだしていたからだった。


ザッ!・・・ザッ!・・・ザザッ!!

 背後からまた、誰かがやってくる足音がする。


「・・・夢窓!?」


 梓さんがこの場でその名を叫んだと同時に、男と物の怪に対峙するかのようにボクの背後へ表れたのは「文楽」の舞台で見られる「人形浄瑠璃」、女方のかしら老女方ふけおかまの人形だった。


「・・・え?あれ?あ、梓さん・・・?」


「夢窓!やめて!やめなさい!!」


 夢窓・・・あの『喰い男』か!!


「・・・か。なんだ。なぜ”ソレ”をここに寄こす」


 ??

 夢窓は老女方人形を見ながら誰でもない名を呼びかけた。この人形の名なのだろうか・・・・・・


「もうこれ以上、霊体の吸収を止めて・・・自分でもわかっているでしょう?もはや人間ではなくなっていることを」


 夢窓の顔をよく見ると、おでこに少し瘤こぶが出来ている。


「・・・だから。なんだ?」


 まるで梓さんと夢窓の二人が会話をしているように聞こえる。

 あれ?なぜ聞こえる??梓さんを通して??


 視界では夢窓と人形が会話をしているようにも見える。ということは、この人形が梓さん?


「・・・そこの女が、お前の新しい仲間ってことか」


 夢窓はボクと桃ちゃんの方を見ながら言った。桃ちゃんを指して言ったとは思うけど、目が合っている気がして冷汗が全身に溢れ滲むのを感じる。


「私たちのでは成し得なかったけど、の!今のこの世界でやっとが・・・きっとあなたも!だから・・・もう止めて・・・・・・!!」


 夢窓はもう、こちらを気にせず異形の物の怪をどんどんと食べていく。梓さんの人形は特に何をするわけでもなく、ただ悔しそうに睨み黙っている。ボクはそもそもに何も出来ない無力のまま、桃ちゃんの心配をしているだけだった。


「・・・イチコよ、まだ『浄霊』などと考えているのか。生温い戯言ざれごとだ。悪しきは滅殺のみ。『除霊』・・・いや、『』あるのみ!」


「戯言などでは無い!!」


「見ろ!!お前がこの場に来るのが遅いが故に!そして、生温い戯言で滅さなかったが故に!貴様の仲間が傷ついているぞ!いつまでその様なことを・・・いや、そのような犠牲になれば気が済むのだ!!」


 夢窓がこちらを・・・気絶している桃ちゃんを指さして、まるで演説かのように説伏せてくる。


「一を救おうとし、それが起こす十の被害を。一を許し、それが起こす百の屍たちを招く。貴様らは自分たちが無関係だとでも未だにのか!?!」


「・・・くっ・・・・・・」


「たまたまに、この場に俺が居合わせなければその娘はどうなっていたかのう。そこそこの魂が吸われ只では済まなかっただろうな。貴様は昔から何も学んではおらん。目前に見えたことしか対処しておらぬ。目の前の悲劇にしか考えが及んではおらぬ。多くのクズや下郎げろう下衆げしゅうから外道げどうまでのその後ので愚かな思考により、その何十倍にも広がるによる本当の意味での『罪なき者』がそのしわ寄せを食うのに俺は我慢がならぬ。そしてその様な下衆でさえも救おうとする貴様や貴様の母どもと共に暮らす者たちですら、その勝手な理想による不幸と不運に巻き込んできた・・・そう、その意識事態が『罪の意識なき過失』だ。そこの女も真の『』だ。そして無駄に何倍もその幻想が膨れ、多くの人が傷ついていく」


 ・・・梓さんが・・・泣いている・・・・・・


「・・・そこで視ている貴様も、ただの傍観で部外者気取りでいるならば、この愚か者どもとお似合いだな。共倒れるがいい・・・・・・」


 夢窓は食べ散らかした残骸と、様々な意思を振り払うかのように踵を返し去っていった・・・・・・


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