視え方

 梓さんの調子が良くなったころ、またボクの訓練が開始された。

 前回と同じくペイントと『写経』を施し、今回は背中ではなく僕の手を梓さんが取って『霊視』の集中に入る。


 前回のようにビジョンが跳ぶことはなく、今回ボクはどこかの森の中に降り立った。以前、シャルと話していたように「」という概念を意識することで、森の中の神秘や『木霊』達、動物たちの息吹を視ることが出来るようになってきている。そのことをこの時は凄く実感できた。以前までのボクは、自身の不幸に引きずられて人間の負のと同調することしか出来なかったけど、今は違う。草木だけでなく花々の木霊がまでをも感じられ、夜でも美しい景色がボクの視覚を支配している。梓さんの「護符」や「咒文」、化粧けさうの影響で力が底上げされてか、夜中でも薄明時ぐらいの明るさに見える。日中は雨が降っていたんだと思う。草花に伝う雫や露が煌めきが星空のように、宵刻の森がこんなに綺麗だったとは思いもしなかった。


 梓さんも、同じ景色が見えているだろうか。


しか見えない』


 ずっと夜には地獄のように彷徨う人の霊体しか見えなかった。それはずっと人とだけ関わり、人の影響だけで生きてきたからだ。親や友達、SNSや動画の中でさえも必ず人が居て、ファッションや美女、イケメンに癒されてぬいぐるみやかわいい物、自然のものと言えば唯一、猫や犬といったペット系ぐらい。

 今は、ここでボクはそんな人間社会とは違うものを見ながら視ている。


 植物だけではない。

 土、石、木々や草花、水、風、砂や空気の流れ。重力と時間の流れ。


 今も手からは梓さんの温もりを感じる。


 人も霊も、そのどの部分を見るかだ。ぼんやりとだけど、梓さんのオーラのような気配をボクの目の前や奥で感じる。良い部分を見れば、きっと恐くはないんだ。ボクが勝手に怖がっているその影響を、勝手に自己暗示に掛かっていたのだろう。


 前に梓さんに聞いた。


「なぜ、霊たちは追いかけてきたり、苦しんでいたり、そして襲ってくるような態度や表情をするかと申しますと、先ず一般的には死の瞬間の痛みや苦しみが最後、印象的に残るからです。千鶴さんも、どこかが痛かったり病んでいると、痛いというお顔をなさるでしょう?」


 ボクはそう聞かれて、当然だという風に頷いた。


「そして、誰かに助けを請います。私だって、きっとそうでしょう。痛みや苦しみから脱したい!という想いが、私たちには襲い掛かってくるような、悪意や敵意に見えてしまっているだけなのです。本当は、水中に溺れている最中、目の前に浮き輪が見えて藁をも掴む思いなのです。私は、その手を払うことではなく掴んで手を差し伸べてあげたい。それだけなの」


 梓さんの信念に満ちた気迫が見えた。


「長く霊体で居ればいるほど、そのおもいは風化していきます。私たちの記憶も、遠ければ遠いほど部分的になりますでしょう?感情や意識というのは誰も何も変わりませぬ。人だけが特別ということもありません。トラウマのように嫌な記憶や体験も、ただそういった事象でしか覚えていられない。良い想い出も、幸せだったという強い印象や事象、点でしか捉えていません。いつのまにか抽象的になり形骸化してしまう儚いもの。負か正か。善か悪にせよ、その強い想いだけが残り、その対象が誰だったのか、なんだったのか、細かいことは揺蕩たゆたい流れる時間ときの中で、置き去りにされて行ってしまうのです」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る