第十話 感染

「赤ちゃんの泣き声で鬱になる影響力や、明らかに詐欺だと分かっていても従ってしまう強制力。そして不快だと感じ泣き叫べば、その感情を相手に『感染』させてしまうようなもの。それも一種の『言霊』となっちゃうんだよ。云わば言葉の力というよりも『』。迫真の演技や歌を聞いて、それを見ている側の人間も高揚したり感動するってのは『共感』という『感情の感染』なんだよ。その人が演じ、歌うから感動が生まれるのであり、ただの文章や抑揚の無い歌詞や言葉、例えば演技の下手クソな役者の棒読みのセリフを聞いても感動は生まれないよね。アーティストや芸術家のプロと言われる世界も、そういった自身の感情をコントロールした上で、どのような場でもその影響を出し続けることが可能である。と、いうのが本当のその道の『プロ』と言えるんじゃないかな?」


 なんか、分かる気がする。


「他の人たちがどうかはわからないが、何故、かの有名なヒトラーは演説にてあんなにも多くの人の心を掴んだか、分かる?」


 ボクに分かるはずもないという風に首を横に振った。


「思いや感情だけでなく、というの周波数がその声に込められていたんだ」


 何のことだかサッパリな話だった。ヒトラーという人物の名前だけは聞いたことがある。しかしその認識はドイツの有名な独裁者だったということだけで詳細は分からない。荒唐無稽な映画でのキャラや役割でしか見たり聞いたことも無いし、それらも所詮は映画での話だと捉え鵜呑みにはしていない。


「オクターブバンドという帯域、その光の同じ周波数がピンク色だからそういった名称になってるだけなんだが、ようするに蝋燭の炎の揺らぎや小川のせせらぎ、心臓の鼓動といった僕たちに身近な自然現象に起きる『』が、多くの人に共通したなんらかの『影響』を起こす波長を、ヒトラーの演説時の声に含まれているらしい」


 へぇ~、という顔をしながら、内心は「で?」と言っている。


「科学的に言えばだけど、そういった『影響力』というそのものが『言霊』の真骨頂であり、その力がどういった方向で作用するのか。シルバはその方向性が負の感情の方が強かったんだ・・・だからご両親は影響を受け、そして、・・・・・・」


 また、言葉を濁した。さっき古杣さんが言っていた『言ってはいけないやつ』なんだなと察した。


「そのベクトルを、僕らも訓練し『良い方向』にしなきゃいけないんだよね。あの二人のように、僕たちも頑張らなくちゃいけない。僕も、千鶴ちゃんもそうだよ?が強いからって、が無いわけじゃないんだ。意識して、受け取る僕たちも頑張らなくちゃ。悪い霊ばかりじゃない。良い霊も沢山いるはずだ。そっちに目を、耳を、鼻を、声をかければいいだけなんだよね。それが実戦、その場では難しいことだけど、でもやらなきゃ始まらない。指を咥えて待っているだけでは、僕たちが見えて感じる世界は一切そのままで変わらない。赤ちゃんですら頑張って泣いたりして、伝えようと一生懸命だよね。だから僕たちは赤ちゃんに負けない様にしなくっちゃ。くよくよしてたって意味も無いし、全ては僕たち次第なんだ。料理をして食材を美味しくするには手や頭を動かさなきゃ作れないのと同じだよね。歌も上手く歌おうという意思がないと上手くならないし、景色も足元の石ころばかり見ていては水平線の美しい風景は見えない。音楽も穿って聞いてはメロディすらも分からないままだ」


 確かに、ボクも・・・ボクは多分、映画の見過ぎだとも思った。怖い風貌の霊や強制的な圧迫感のある霊にばかりがつい行ってしまうだけで、そしてそれが印象的になっているだけで、それ以外の方に視点を向けるというか、そんな余裕が無かっただけで今を思い返せば他が居なかった訳ではないかもしれないなと、少し反省した。


「この世残酷で醜いさ。しかし同じ量の素晴らしい世界と美しい世界もある。それがただ当たり前になっていて、気が付けていないだけなんだ。今着ているその服や、電気、温かい家、キレイな水、コップもお箸ですら。今では当たり前だが蛇口やスイッチが存在していなかった世界からすれば、素晴らしいツールの数々だ。僕らはそんな当たり前な素晴らしい世界の現在が基準として平均化されている。だからこそちょっとした不幸で最悪だと嘆くんだよ。僕も今、偉そうなことを言っているけど、それも他の人とは違う不幸を背負っているからこそ分かるだけであって、僕よりも不幸な残酷な世界を見ればまだだなって、不謹慎にも思うんだよね」


 ボクも、以前にシャルの過去の話を聞いて、まさにそう思った所でもあった。


「シルバは感情の制御ができない孤児院時代、当然のように自身のあらゆる感情が漏れ出し周囲に気持ち悪がられ、イジメを受けて孤独になり負の感情がまた支配的となって・・・と、負の連鎖、スパイラル状態だった。里親が決まり引き取られたけど、そいつらは日本のIDを買い取っただけの””での業者だったんだ。そういった経緯や経験で、シルバの感情は消えていった。今も、完全に元に戻った訳ではない。心と頭の中でスイッチが少しあって、もはや心の痛みを引き受ける人格が分離して誕生していった」


 ボクとシャルの眼が合って、ボクは深く頷いた。


「そう。ってやつだ」


 ボクはシルバちゃんの方を見た。さっき素朴で屈託のない顔と表情、声や反応をしてくれたのはどうだったのかと、少し思い悩んでしまった。


「あ、でも、梓さんの力で分裂した意識の統合・・・までは出来ないにしても『共存』は出来ていて、しっかりと主人格である今のシルバがリーダーとなって指揮と共有をしながら心の平穏を保てているらしい。だけど、感情を言葉に乗せることだけはどうしても『理性』で殺すように、どの人格もそうなってしまうらしく、そこだけは理解してあげてくれ。冷たい、冷酷だと感じることがあるかもしれないが、それは彼女が強く願っている”僕らへ”の敬意でもあるんだって。もう二度と『身内』に不快な想いをさせたくないって、ね」


 ボクは元々涙もろい方だから、この話でもうすでに泣いていた。シルバちゃんが感情の言霊の影響をもろに受けるような人物って、ボクの様な人のことだろうなと自分がバカみたいに感じながらも、シルバちゃんの感情を取り戻すこともボクの目標の一つにした。


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