第九話 胡瓜

「はい、お疲れ様ー、いつものねー」


 ボクがシルバちゃんと古杣さんのセッションに聞き呆けていると、シャルがいきなり小皿を持ってやってきた。


「あら?千鶴ちゃんも居たのかい。どう?千鶴ちゃんも食べる?」


 中を見ると、その小皿には美味しそうにされた胡瓜を薄切りにして、キレイに並べられている。ボクはいきなりだったのでとりあえず首を横に振って遠慮しておいた。


 いつの間にか演奏は終わり、シルバはこっちにやってきてシャルの手から胡瓜のマリネをぶんどっていった。古杣さんは焚き終わった線香を確認し、蝋燭を消して回り外部の明かりを室内へと取り込むように襖をあけて回っている。


「毎回、シルバは歌った後は必ずキュウリを食べるんだよ。大好きなんだって」


 シャルはまるで子供か妹を見ている親のような温かい眼差しで、幸せそうに仏壇の奥にそびえ立つの像を見つめながら胡瓜を食べているシルバちゃんを遠目にして言った。


「シルバも、君と同様ここに来た時は満身創痍まんしんそういでさ・・・本当に生きるかどうか瀬戸際だったんだ」


 ボクがまだ喋れないことを知っているシャルは、そのまま話を続けた。


「僕らと同じように、言霊の能力を幼い頃から持っていた場合、どうなると思う?僕の場合は自身への苦悩。千鶴ちゃんも、多分そうだよね。見えないものが見えて、それが周囲には理解してもらえない。そして助力が得られなくて、自分だけが色々と我慢するしかない日々・・・シルバとという風に受け取って貰えればありがたいんだけど、僕らは云わば”それだけ”。自分だけの問題でよかったんだ。しかし、シルバは違う。子供時代はみんなそうだった思うけど、色んなコントロールなんてできないよね。身体だけでなく自分の感情や欲情、やりたいこと、やりたくないこと、怒り狂うことなど。それは普通の赤ちゃんや子供ですら同じなはず。感情をむき出しで泣いたり笑ったり。言葉がまだ出来ない時なんてのは全人類が共通して感情を表に出して表現するしかなかった訳で、良くも悪くも『純粋』ってことだ。そんなほぼ物理的な超自然的状況で、精神面がどうなるかって考えるとさぁ・・・・・・」


 シャルは少し言葉を詰まらせた。


「よく、事件で子供の世話が出来ないとか、動物を飼い殺しにするようなニュースってあるじゃない。もちろん受ける側の感受性にもよるから一概には言えないよ?しかし、稀に他者の感情や思想を相手にストレートにっているよね。その力が良い方に働けばそれは先導者や指導者となり得るリーダーの素質を持って生まれる英雄。歴史的に言えばナポレオンやアレキサンダー、ヒトラーや信長のように、人に好かれたり導いたりという『カリスマ性』となるのだけど・・・当然、その逆もあるってことだ」


 ボクは生唾を飲んだ。なんだか喉が渇いてきたような気がする。


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