第三話 サンソン家
「日本にはまだ死刑制度が、あるんですよね。フランスではだいぶ昔に廃止されたんだけど、知っていますか?」
支度を終えたシャルルが紺色のTシャツにジーパンという、ラフな格好でやってきてくれて身の上話をし始めた。ボクはあまりそういった話は詳しくない、というか普通の一般的な高校生でそんな僭越な歴史や法律なんて知っている方が変なぐらいだ。だからボクはなんとなくだが首を横に振って幼気な素振りをした。
「千鶴さんもあまり言いたくない過去の辛い話を僕たちに教えてくれました。だから僕もその敬意だと思って話させてもらいますが、千鶴さんと同じようにあまり気持ちのいい話ではないと思いますが、大丈夫ですか?」
ボクはうん、うんと頷きこう書き記した。
<ボクはもっとここのことを、みんなのことを知りたい>
と真剣な眼差しでシャルルを見つめ返した。
「わかりました。では・・・・・・」
少し真剣な顔をして、なにかを覚悟したように感じる。
「僕のフランス側、父の家系は『サンソン家』という、代々、
ボクには全く聞き馴染みのない言葉でしたが、真剣な顔をしながら聴き続けた。
「今の時代、死刑執行のときには薬や電流、日本では吊るし首といったやり方だと思うんだけど、昔はね、斧や三日月刀を使って敵対国や反逆者への見せしめとかで『公開処刑』が流行っていた時期があったんだよ。あ、日本でも調べたんだけどあったんだよね?ハラキリからの打ち首ってやつ。『
なんか、フランス革命やマリー・アントワネットの物語や世界史でそんなことは聞いたことはあった。たしかギロチンじゃなかったっけ?
「公開処刑を見物している観客もどんどんと目が肥えてきて、見事な処刑が好まれだし、失敗すると暴動にまで発展することもあったそうだよ。だから各国がお抱えの執行人を責任を持たす意味でもこんな役職を作ったんだとも思う。あ、そうそう、このムッシュ・ド・パリっていうのは今でいう役人、公務員みたいな感じでね、特別に貴族たちと同じようにお屋敷なんかも宛がわれていたみたい」
<ギロチンって、聞いたことがある>
「ああ、そうそう、だんだんと自由や権利みたいな美徳が主流となってきてね。あまり野蛮な行為はダメっていう価値観に変わっていったらしい。そんな中、ギロヨン?ギロタン?って博士が開発したのがそのギロチンってやつだよ。出来るだけ苦しまないように処刑するためにって。その頃の『シャルル=アンリ・サンソン』って人は当時の有名人や罪人、反逆者なんかをそのギロチンに懸けたっていうので一部では有名らしいよ」
全然ボクは知らなかったけど、話の腰を折らないようにまた、うん、うんと頷くだけにした。それよりシャルルと同じ名前なんだ、と違和感をすごく感じた。
「でも、僕のそういった祖先たちや執行者ってのは世界共通の悩みに苦しめられるんだよ。現代の日本の人たちも同じだそうで、やっぱり、例え罪人だっていってもさ、こっちもただの人間さ。人間が人間の命を、首をまるで材木のようにばっさばっさと切り続けていいものかと、罪の意識に苛まれるものなのさ。後で実は冤罪だった死刑囚がいるとか聞いたりすれば、普通の常識的な人なら誰もが疑問に思わないかい?今のように科学捜査やDNA分析といったものが無かった昔なんて、きっと想像以上に冤罪や騙されて捕まる人も多かったと思う。あ、因みに、僕のこれらの昔話は別に代々おじいさんやおばあさんから聞かされた真実だとか、伝承みたいなそういったことではないよ。僕が個人的に調べた事とただの想像だからね。死刑制度が廃止されてからは僕らの家系の中でも完全に
なんだかスケールがボクのと違って大きな話だと少し驚きを隠しきれなかった。
「様々な公開処刑が盛んだった時代は僕らの家系は比較的、裕福だったそうだ。打ち首だけでなく火刑、吊るし、八つ裂き、轢き回し等、一つのエンターティナー、見世物や娯楽になっていた時代が続きその間はよかったんだけど、宗教感や道徳が一般的に普及しだしてからは云わば紳士的な価値観の世界では僕らの血筋、家系は忌み嫌われて、日本でいう『村八分』?のような扱いを受けていたりしていた」
かわいそう・・・と言っていいのかどうか。なんだか複雑な心境にボクはなっていた。
「そういった事情の関係でさ、世間からどんどんと隠れ潜む様に暮らすことを強要され続けてきて、争いの火種が部族間から種族間へ、国家間も大きくなるにつれて自国内では僕らの祖先に処刑された子孫が、積年の恨みかのように僕らの家系を迫害しだしたりする時代もあったそうだ」
<受け継がれる家系の仕事だから、仕方なくやっていたのにね・・・・・・>
「そうだね。まぁ今の僕らだから言えることなのかもしれないけど、どっちの気持ちも分かるっていう中間の意見で捉えてしまうかな。まぁ、そういったことで表向きはこの『サンソン家』の血筋はもう昔に、六代目で途絶えたとされてはいるんだけど、まだ『完全消滅』ではなかったってのがこの僕さ」
なんて声をかけていいのか分からない話だった。いや、てゆうかその話とシャルルがここにきた理由が繋がるようで繋がらないもどかしさがボクの頭の中をさらに混乱させてくる。そんな心境を察したのかどうか分からないけどシャルルが続けざまに、ボクの疑問に答えるかのように語りだす。
「霊体験をしてきた君ならもう察してきていると思うけど、そういった代々から多くの恨みや遺念が蓄積されている僕の血は、尋常じゃないほどの霊が付きまとっているらしい。そんな中、ボクは『嗅覚』が普通じゃないんだ。千鶴ちゃんの『視覚』のようにね」
親しみを込めた笑顔が、またボクの胸をキュンと締め付ける。
「生まれた時から僕は、ずっと吐き続けていた。この変な臭いが永遠に続き、吐き気だけでなく頭痛や眩暈もずっとしている。どんな臭いかって言われると説明が難しいんだけどね。色々あるんだけど一つだけ表現できるのが、鼻血が出た時に喉の奥に血の味や鉄の臭いがするでしょ。あの感じと感覚が似ているかな。他のは普通では感じない臭いさ。風や電気が臭うこともあれば、細菌やウイルスの臭い、怒りや悲しみといった感情の臭いもあるんだよ。霊の臭いの殆どはその感情と血、錆び、腐敗と腐食の臭いが非常に強くて、歪だったり波打っていたり。僕自身もその感情の波に呑まれることもあるんだ」
ボクには少しだけ分かった気がした。あの、じじいを殺した女の子の霊がボクの中へ入った時に、怒りと悲しみの感情を共鳴した時に、似たように感じたかもしれないと。
「僕が8才の時、ここに来るまではずっと栄養は全て点滴や液体ドリンク。だからガリガリで病弱な子だった。多くの草木や花々の中、そんな自然の匂いの中ではなんとかマシだったから、子供の時はよく近くの大きな公園の森の中へ行って日本のマンガを読んでいたね。植物にも感情はある。そんな話を聞いた事はないかい?多分、そんな安らかな感情の匂いが人間の臭いを緩和してくれるのかもしれない。その様子を見てくれていた僕の両親は、外は危険だってことで毎日のように多くの植物を採っては部屋中に並べてくれたりして、それで気分は少しマシにはなるんだけど、でもそんな中でも食事は喉を通らなかった。やっぱりさ、嗅覚って味覚にも影響しちゃうじゃん。例えるなら、すっごい悪臭のトイレで強力な芳香剤をまき散らした中で食べるご飯って感じって言えばわかるかなぁ?物理的な嗅覚なら慣れてしまうってことはあるけど、『霊臭』ってのは僕の魂が感じていることだから慣れるなんてのは無かった」
ボクは露骨に嫌煙な表情をしながら大きく頷いた。確かにそれは食べれたもんじゃないとすごく納得できる。
「両親は僕をあらゆる医者に診てもらい、様々な治療を試してくれた。殆どが化学物質過敏症や自臭症という診断しかされず、酔い止めや頭痛薬を処方されるだけだった。物理的な手術として、臭いを感じるセンサーの部分を焼き切るという提案もされたけど、その判断は僕が大人になり自分で判断をした方がいいと最終手段として考えてくれて、それまではあらゆる手をずっと模索してくれていた。そんな実験的な日々の中で打つ手が無くなっていき、父が自分たちの家系の所縁を視野にいれ
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