月見酒【ゆらささ】

中秋の名月でしたということで!!ゆらささが飲んで食べるだけ!!何も起きない!!平和だ!!



 今日は中秋節――古くより、名月を愛で、秋の豊穣を祝う日とされている。その名残で、毎年多くの者が菓子や酒、花などを用意し、ちょっとしたお祭り騒ぎをする。今夜は色鮮やかな提灯や飾りが街を彩って、いつもより活気があった。

 月見酒をしよう、と言い出したのは捧だった。普段あまり飲まない彼だが、珍しく気が向いたようだ。ありあわせの野菜でしっかりつまみも作っていて、調理場の背中はなんだか楽しそうに見えた。

 肝心の酒は由羅の担当――とはいえ、いつも飲んでいる酒を持ってくるだけだ。食器類は二人で分担して持ち、いざ屋根の上にある露台へ。雲のない空に大きな月が浮かび、軒の低い家々を見下ろしていた。

「おー、綺麗」

「よく晴れてるな」

 手頃な場所に腰を下ろして、皿や酒瓶を並べていく。満月のおかげで明かりには困らない。とくとくと濁った酒を注ぐと、猪口ちょこを持ち、声を揃えた。

「乾杯」

 二つの陶器が涼しい音を立てた。

 少しずつ飲んでいく由羅とは違い、捧は一口で猪口を干した。すぐさま次にかかり、干して、を繰り返す。

「試しに買ってみた魚醤が余っててさ。使い道がなくて困るんだよね」

「武器を研ぎに出すのが面倒くさい」

「この前、道端にいた猫が――」

 酒が入ると捧は饒舌になる。返事など聞きもしないで勝手に喋り続け、突然話題を変えてまた喋る。

ただそれも最初のうちだけで、次第に静かになってくることを、由羅はとっくに知っている。

 いい勢いで飲んだからだろうか、あっと言う間に口数が減って、手の動きも鈍くなった。

「眠いか?」

「……眠くない。まだ飲める」

「嘘だな」

 茶化されたものだから、これみよがしに箸を伸ばしてつまみの和え物を口に運ぶ。ところが、箸を戻す途中で床に取り落としてしまって、由羅が困り笑いで拾い上げた。

「ほら、強がるな」

「強がってないし」

 そしてまた見せつけるように、飲めると言外に主張しながら酒をあおる。抜け出せない悪循環だ。「すぐに潰れるぞ」とからかえば、むっとして「潰れない」と返した。

 その後も何気ない会話の中にやたらと対抗心を燃やして飲んだ捧は、やはり見る間に出来上がってしまった。顔もすっかり赤くなり、由羅に押しつけられてやっと水を飲んだ。

 水のコップを空にしたところでふと、捧は隣にある肩口に顔を押しつけた。

「……煙草」

「ん?」

「煙草、由羅の匂い」

 へらりと笑うと、後ろへ倒れて仰向けになった。由羅も後に続く。こんなときの捧はどこか幼さが漂っていて、構いたくなるのだ。

 ぼんやりとした顔で月光を浴びる彼にならい、由羅も黙って空を見上げる。まばらな星々と、いつもより数段大きく感じられる月と、青みを帯びた闇だけの空を。

「……明るい」

「……うん」

 涼しい初秋の夜風が、火照った頬を撫でた。

「月が綺麗だからって、何も変わんない」

 ぽつりと捧が言う。顔を傾けると彼と目があった。

「由羅と飲んでるだけで、十分楽しいよ」

 穏やかな笑み。由羅は手をついて体を起こすと、横の髪をすくって耳にかけ、軽く唇を彼のものに重ねた。

「……ずっとこうしてたい」

「捧が望むならいくらでも」

 翌日思い出して小っ恥ずかしくなるに決まっているが、今はお互いそんなことを考えるほど頭がはっきりしていなかった。

「でもね」

「どうした」

「眠く、なってきた」

「ここで寝たら風邪引くぞ」

「うん、引く……」

 しかし二人とも、少しも動こうとしないで、戯れの触れ合いを続るばかりだった。

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この作品はフィクションであり、原作・公式とは一切関係ありません 一嘘書店 @1_lie_sen

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