独り箱、ふたり

脳幹 まこと

「ごめん、わたし――」


 春子はるこが他の子と比べて地味、というか奥手な子だったのは知ってた。

 それで別に彼女の良さが損なわれるわけじゃないんだから、深く気にすることはないんじゃないかって思ってきた。

 そんな懐の深さアピールというか、しゃらくさいことを沢山してきたのが、きっと彼女を傷つけてしまったのだろうな。


「春子はさ、笑ってるトコロは誰にも負けないくらい可愛いんだからさ、その姿をみんなの前で出してあげなよ。きっとみんなも春子の良さに気付いていくから」


 そんなんできないから、春子、困ってたのにな。

 馬鹿だな、俺。

 ごめんよ春子。お前がそんな狭い箱の中で、じいっと俺を見ることになったのも、きっと俺のせいなんだな。

 目の前に春子がいる。

 施錠された電話ボックスの中にいる。

 悲しい顔しながらこちらを見つめている。そんな表情、してほしくない。

 向かってやりたい、なぐさめてやりたい。でもきっとそれは無理なんだ。

 これは俺が招いた事態だ。



 一時間前、春子に家に来て欲しいと頼まれた。

 みんなの前でも笑顔が浮かべられるように、その練習をしたいって彼女は言った。

 俺は嬉しかった。

 春子がいっぱい喜べるように、俺は何でもするつもりだった。知り合いにも声をかけた。みんな前向きに考えてくれていた。

 そのことを伝えると、彼女はうつむいてかすかに笑った。


 案内された場所は、一面真っ白な大部屋に二台の電話ボックスがぽつんと置かれただけの殺風景なものだった。

 なあ、ここは……と疑問を口にする前に、黒服を着たおじさん二人に身体を拘束されていた。

 春子はわざとらしく笑って、それぞれの電話ボックスを指差した。


「これからこっちがあなたのおうち・・・、そしてあっちがわたしのおうち・・・


 それから、電話ボックスに入れられて施錠された。

 春子は自ら向かい側の電話ボックスに入っていった。

 トイレとか食事とか伝えたいことがあったら、そこにある電話で私のに連絡して、だって。

 手書きで番号が載ってる紙だけ渡されて。

 なんでなのかな。何で通じ合えないんだろうな。


 別に怒ってない。嫌でもないんだ。

 本当だよ。

 でもね、こんなことしないで欲しい。

 可哀想だから。


 頼むよ。

 好きな本の感想聞くの、毎回楽しみだったんだよ。

 意外と負けず嫌いなんだって、最近知ったんだよ。

 春子のおかげで、星をながめるようになったんだよ。


 好きだったんだよ。本当に。友達として。


 じっと見ていた春子が、ゆっくりと受話器を手に取った。

 少し後、着信が来た。


 彼女の声がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

独り箱、ふたり 脳幹 まこと @ReviveSoul

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ