第38話 責任を取りましょう!

 皆はバタバタと動き回っているのに、私は静養中だからと仕事がほとんど回ってこない。それでいいのかしら……。

 いやしかし上に立つ者として、愚かな発言や命令はしないで、方針はしっかり固めておこう。

 せっかく時間があるのなら自分の記憶についても振り返るいい機会だわ。

 図書館か落ち着く場所……。


「ん?」


 ふと聞き覚えのあるメロディーが耳に届く。気になってフラリと足を運んだ先は客間3で、グランドピアノを運ばせた部屋だ。

 滑らかな音は聞いていて心が洗われるよう。冬を終えて春の花々が咲き誇るような繊細で明るいメロディーだわ。

 この弾き方はジュノンね。


 私の勘は当たっていて、部屋にはジュノンが一人──ではなく、数十人のギャラリーに囲まれていた。しかもどう対応していいのかわからず泣きそうではないか。

 ふと目があった瞬間、「助けてぇえええ!」という心の声が聞こえた。それでもキッチリ弾き終えるのは、彼なりの矜持なのだろう。


 曲が終わった瞬間、どっと歓声や拍手に包まれたジュノンは俯いたまま脱兎の如く私の後ろに隠れた。いや隠れきれていないけれど。


「先ほどの演奏は素晴らしかったです!」

「アレはオリジナルですか!?」

「アンコールを希望しても?」

「ファンになりました! 素敵な曲です」


 魔族は基本、趣味人なのだがその美的センスは鋭い。そんな彼らからの賞賛は素直に喜んでいいと思う──のだが、人見知りのジュノンは俯いたままだったので、代わりに私が「ありがとうございます!」と返事をする。


「彼は今まで秘境の地に住んでいたので、対話にはまだ時間がかかると思いますが、皆様方の気持ちは充分に伝わっていますわ。今後質問関係は目安箱を部屋の外に置いておきますので、ご意見や感想がありましたら投函してくださいませ」


 そう言って一礼したのち、転移魔法でジュノンが使っている部屋に飛んだ。もちろん護衛のウィルフリードも一緒である。

 魔王城は安全だといっても離れたがらないので、困ったものだ。個人的にはいつもウィルフリードが一緒なので、控えめに言って最高だけどね!

 推しが同じ空間にいるって幸せよねー。婚約破棄されているから、今は私の騎士って立場だろうし。


「アメリア……は、今後も僕の演奏後に……現れるべきだと思う……ぐすん」

「支援者になるとはいったけれど、マネージャーになるとはいってないわよ」

「まねー?」

「演奏者が音楽活動をするために活動や管理などサポートすることよ」

「それをすべき……僕を連れ出した責任……お嫁に行けないし……」

「アメリア……この邪神に何したのか聞いても?」


 唐突に片手にはジュノンが引っ付き、もう片方にはウィルフリードが腕を絡ませる。なんだ、この状況。


「古塔が爆破する前に上着を脱がせて、このウサギさんの着ぐるみを着せたのよ。いっておきますが、人の服を脱がせる趣向はありません。緊急事態の対応よ」

「……あの時か」


 ウィルフリードは「ああ」と思い出したようだ。少しだけ雰囲気が和らいだのでよかった、よかった。


「にしても、そうね。ジュノン一人だとまだ不安なことばかりだし、私の眷族たちで音楽及び芸術関係の活動サポート事業部を設立してみましょう。もちろんサポートメンバーが動けるまでは私もフォローするわ」

「……本当? アメリアがそういうのなら……任せてもいい」

「うん、任せて」


 儚系美青年の笑顔の破壊力ときたら、これはスポンサーが速攻でつく予感。公式ファンクラブを使えば、より良い事業になる気がする! グッツも作ってしまう!?

 あー、夢が広がるわ。

 邪神だから、その辺りのケアもしっかりしないとダメよね。その場合、今は支援者パトロンでも、他の引き抜きとか騙されて──あり得る。


 エーレンと同じくらい常識が不安。んー、やっぱり早めに保護下においたほうが、いいような? 

 となると新たな契約が必要かも。《血の契約》はしているけれど、あれは元々暴走を抑えるためだったし……。


「今後のことも考えて、しっかり責任を取ったほうが安全かも」

「本当!? アメリアの特別になれる?」

「アメリア!?」

「ええ、一人にするのはかなり不安でもあるので、身内にしてしまうほうがいいでしょう。私の末の弟にして迎えてあげます!」

「弟……兄じゃないの?」

「あー、そういう責任の取り方……」

「精神年齢は、ルイスよりも下だもの」

「う……」


 そう邪神様でも、精神年齢は五歳ぐらいに見積もっている。あと人見知り。

 でもあの塔から出てジュノンが前向きになってくれて嬉しい。ほんの少しのキッカケで、世界は色を変える。


 前世で弁護の先生が私にかけてくれた言葉だ。

 よく考えればあの時から、先生の役に立ちたくて事務所で働かせてもらったっけ。キッカケは些細なものだけど、そんな些細なことも当人にとってみれば神様みたいなんだよなぁ。

 結局恩返しする前に、死んじゃったけれど。そんな懐かしいことを思い出すことができたのは、少しは心に余裕ができたから──なのかもしれない。

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