第37話 家族の定義について家族会議
エーレンはいつも唐突である。そしてそれは娘(?)のシアも、しっかり受け継いだようだ。
「ぎゃああああああ! アメリア助けてぇえ」
青い兎姿のジュノンが客間に飛び込んできたのは、ベルフォート侯爵との打ち合わせしている時だった。私の膝の上に飛び乗った愛くるしい兎(に扮した邪神)はコアラのようにヒシっと腕にしがみついている。可愛い。こういうところが幼い頃のルイスにそっくりだったりするので、ついつい甘やかしてしまう。
警護でついているローザとルイスも、ジュノンには甘い。末の弟に認識なのかしら。彼、邪神なのだけれど、全くもって神らしさをどこかに起き忘れてきた気がする。古塔だったらウィルフリードが爆破しているから手遅れね。
「ジュノン、どうしたの?」
「アレから助けて! このままじゃ──番にされてしまう!」
「え」
バン!
凄まじい音を立てて扉を開けたのは、二足歩行の愛くるしい
普段はエーレンの傍を離れないのだが、故障かしら?
『きゅう』
「シア、可愛い声をあげてもダメ。私、人の嫌がることをする人は嫌いよ」
『きゅううう』
毛を逆立てた後、コテンと倒れてしまった。これに少しは懲りたらいいけれど……って、ベルフォート侯爵まで顔色が悪い。ウィルフリードは……平気そうだけど。
「ベルフォート?」
「……女王陛下、その……眷族の前で『嫌い』、『失望した』などに発言は精神的負荷がかかるので、控えて頂けると助かります」
「(メンタル弱っ! 下僕扱いはいいのに……あ、嫌われる系の言葉は凹むのね)……まあそうなの。皆が不安になるようなら、眷族の日々の働きにもっと労うようにすべきかもしれないわね。……まずはお茶会を開くのはどうかしら?」
「──っ!」
ベルフォート侯爵は感激のあまり目を見開いたまま気を失ってしまったので、会議はお開きとなった。
眷族にベルフォート侯爵を休ませるように手配をして、硬直していたシアを回収するためエーレンを呼び出した。
「シアぁああああ! 僕が悪かったよぉおおお!」
『きゅううう』
整理したけど、うん、意味がわからない。
ちなみにジュノンが人の姿に戻ったら、全く反応しなかった。ジュノンのケアはローザとルイスに任せて、退室してもらっている。
せっかくなのでシアを迎えに来たついでに、エーレンと現状報告と家族の定義について話をしておこう。
そう思ったのだが、エーレンが現れた途端、後ろに着いてきたクロード卿が私の手を掴んだ。
「アメリア様、どうか我が主人に常識を教授していただけないでしょうか!」
「はい?」
「私のことを家族だと言ってくださったのは、大変名誉なことなのですが……私は『側室』という立場はどうしても納得できません! 養子扱いなら分かりますがぁああああああ!」
「そくしつ……、側室!?」
「おかしいかなぁ。家族でも優遇すべきものがあるのだろう? 関係性も大事だって聞いたけれど」
うん。頭が既に痛い。
ゲーム時のクロード卿は、もっとミステリアスで、人を寄せ付けないオーラを出しているんだけど、そんなもんないわね。しかしこんなところで攻略キャラと会話なんて。役得だわ!
そんなことを思っていたらウィルフリードが私を抱き上げて、強引にクロード卿から引き剥がす。なぜに?
「ウィルフリード?」
「適切な距離ではないと判断しただけだ」
「そうなの?」
え、枢機卿に対してそんな制度が?
んーどうも、記憶が戻ってからゲーム知識が増えたけれど、この世界の知識が偏ってしまっている気がする。改めてこの国のことを調べよう。
ひとまず私の向かいにエーレンとシアが座り、ウィルフリードとクロード卿はそれぞれソファの後ろに立つ。クロード卿は座ってもいいんじゃ?
「ええっと、エーレンは人間の階級や集団組織、共同体は把握している?」
「僕はいつも外から見ているばかりだからねぇ。話を聞くにも相手に耐性がないと難しいし……。獣は群れで活動しているからなんとなくは分かるけれど、人間はさらに複雑だろう? 家族という枠は血縁関係あるいは、相互の感情的な絆によって構成されている、であっているかなぁ?」
「今のところは。……でもクロード卿を側室と言ったのはどうして?」
「大事な順番として正室、側室と聞いた」
「はいストップ! それは伴侶というか番となるので、その認識はダメです。いろんな人が勘違いしてしまうわ」
クロード卿がうんうんと、メチャクチャ頷いている。君のミステリアスな雰囲気がだいぶ改変しているなぁ。親近感がググッと上がるのでいいけれど。
「じゃあ、クロードは家族にはなれない?」
「そんなことはないわ。でも人間は家族の枠組みは特別な意味を持つから、その関係性に紐付ける名称でないと危ないの。エーレンはクロードのこと息子として──つまりシアと同じように思っている?」
「シアとは違う……。シアのように撫でたいとは思わない……」
その基準かー、と叫ぶそうになった。もう基準が推測できない。クロード卿は地味にショックを受けているし……!
「クロード卿は大人だから、それなら弟! 大事なのは大事なのでしょう?」
「弟……ということは、僕が姉となる?」
「そこは兄よ!」
「兄……。兄か……」
「シアは娘って最初から合っていたのに……」
「それはシアに叔父か姪が近いのか聞いたところ、娘がいいと提案された」
そう呟いたエーレンは嬉しそうに、頬を緩めた。シア、頑張ったのね。
「シアは娘で、クロードは弟なら家族構成的にいいんじゃないかしら?」
「アメリアも家族だろう。……この場合、姉? シアの産みの親だから、母親……僕の母親になる?」
「え……あー、うーーーーーん」
発想が斜め上すぎて反応に困る!
「特別な存在として伴侶でも?」
「特別は特別だけど、エーレンは伴侶をどう認識しているのかしら?」
「生態系として種族繁栄させるためのパートナー」
私が頭を抱えたのはいうまでもなく、全員が固まってしまった。
そーでしたこの方は、そもそも他種族はもちろんまともに対話できるような体質ではないものね!! というか一般常識が乏し過ぎる。
「エーレンは本による知識を──」
「僕が触れると灰になるのを忘れたかい?」
「ワスレテマシタ」
そーでした! 商会として出会った頃に本を進めて灰になったんでした! あー、うん。本当に失念していたわ!
「まだ記憶が混同しているみたいだね。まあ、そんなわけで本を読むことで得る知識や、人との関わりも今まで無理だったわけさ」
「今の装備でも?」
「………………タメシテナイ」
目を丸くして「そうだった」と彼は気付いたようだった。うん、まあ、モフモフをずっと堪能していたものね。
「日を改めて検証しましょう。私のほうでも本が読める手袋を用意しておくわ。本にも特殊な付与魔法をつけて試してみる方向で」
「君は出会った時からそうだったけれど、僕の不可能を可能にしてくれる。やっぱり君は特別だなぁ」
「ふふふっ、ありがとうございます」
お世辞でも嬉しいものだ。今後とも良い付き合いができれば万々歳なのだが、なぜかウィルフリードがピリピリしている。
「ところで魔獣や魔物を出現させる箇所は、選定した場所で問題ないかしら?」
「冥界の使者とジュノン、そして君の読み通りの計六ヶ所で大丈夫かなぁ。ジュノンの媒体である髪の一房を祭壇に飾る程度で十分さ」
「ありがとうございます。これで祭壇建設依頼と、魔物出現した際の戦闘要員を六ヶ所に割り振れるわ」
「今はアメリアが結界を張っている場所以外に魔物や魔獣が出ていると思うけれど、そちらの対応は問題ないかい?」
「その辺りはベルフォート侯爵とクロード卿のおかげで教会の聖騎士と冒険者組合から戦闘要員をあてがっているけれど……」
「……どうして僕は知らないのだろう」
「師よ、横で話をしましたが、シア殿を愛でておられたので、聞いていなかったかと」
「…………そうだったかなぁ?」
「はい……」
「本当に?」
「…………あー、もしかしたら報告漏れがあったのかもしれません」
「うん、そうかもしれないね!」
理不尽! パワハラじゃ?
エーレンの大人気のない言動に、クロード卿はなぜ嬉しそうなのかしら。え、いいの?
それにしてもクロード卿に対しては何というか、傍若無人というか我儘な気がしなくもない。これではどちらが兄なのかわからない気がしてきた。
とりあえず家族についての定義を含めて、次回からのお茶会は『人間社会についての基準と常識』を教えることで話がまとまった。
人との接点がなさすぎてクロード卿は、エーレンのことを不憫に思ったのかも?
彼も死に魅入られた魔術師の末裔で、孤独な幼少期を過ごしていたものね。その孤独を癒すのがヒロインだったけれど、今回そのポジションはエーレンになっている。
絵本と手袋は早急に準備してあげよう。
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