第35話 目覚めたらツッコミ役が不在だったようで

 魔神は突如、花びらとなって王都中に舞ったという。私はその時、魔神となったアメリアを受け入れるだけでいっぱいで、それから三日ほど眠ったままだった。


 その間、ベルフォート侯爵が指揮をとってラディル大国は一夜で滅んだ。国王と王妃、スチュワート殿下は洗脳状態が強かったせいか、自我が大きく欠如している状態になっていたとか。リリスは宰相と同じくギリギリ生かされながら、日中はナイトロード領の城門に吊されている。


 天使族を含めた騎士団たちは洗脳されていたという部分あり、減刑となったが発起人のテオバルトはすでに行方不明となり、第二王子エルバートも亡命したとのことだ。この辺りはあらかじめベルフォート侯爵に話を詰めていたので問題なかった。


 枢機卿イアンの身柄はエーレンである教皇聖下が受け持つので、どうなったかは不明。というか聞いたら「知りたい?」と笑顔で聞き返されたので、誰も聞けずにいるとか。

 ちなみに死者クロード枢機卿は、この機に教会側の膿を出すと張り切っているらしい。色々一段落したらエーレンの配下として転属するとか。夜の子タナトスとして死神直下の眷族になるというのだから驚きである。


 当初の計画通り、ナイトローズ大国となった旨を新書と共に各国に送り届けた。

 この辺りは配達の達人である馬人族や鬼人族に任せて、商売関係では猫人族、犬人族、龍人族を頼った。


 王都での戦闘被害(主に魔神のせい)は予想外に酷かったが、こちらの復興には死者を労働力にあてがうことで補っている。もちろん労働を強いているのは生前罪を犯した者たちだけだ。

 善行を積んだ者、汚名や冤罪をかけられた者は家族や身内、あるいはこの世界でやり残したことなどができるように手配している。もともと死者の運用及び次の転生までの対応、そして生前の罪などによる裁判など冥王一人ではとても対応できる訳がなかった。


 冥界の使者バルリングを含めた側近がどれだけ頑張っても、死者の対応が追いついていなかったが、目に見える形で死後の対応の差、優遇度合いを知ることで生者には道徳性と因果応報をしっかりと学んでもらいたい。

 また死者は死後によって自身を振り返る時間と、身内との再会、そして死を受け入れる期間を設けた。特に唐突な死は一族にとっても後継者問題が発生しやすい。痴情のもつれ関係や複雑な事情は、あらかじめバルたちがフォローを入れる形で話を進めている。


 とまあ、そんな話をベッドで寝たきり──というか起きたいけれど、周りが心配するので起きられない私はただ聞くばかりだった。

 いやー、目を覚めたらお葬式かお通夜かってぐらいとんでもなく辛気くさい雰囲気で、一瞬気が遠くなりかけたものだ。少し寝過ぎたぐらいで大袈裟な気がする。


「ねぇさまあああ」

「おねーさま!」


 ルイスとローザが十歳の姿でボロ泣きしているのを見た瞬間、卒倒しそうになったのを耐えた私を誰か褒めてほしい。いや褒めて!


 魔王城に戻ってきたらしく、広めの部屋の片隅には絵画を描き続けているアルムガルドと、楽譜を書き続けるジュノンが目に入った。誰も止めなかったのだろうか。

 正直いってカオスだ。目覚めてツッコミ役が誰もいないことに戦々恐々となる。

 いや、こういう時は、ベルフォート侯爵が──。


「女王陛下、お目覚めになられて何よりです。下僕でありながらお守りできなかったこと、この命をもって罰とさせて頂ければ」

「──って、なに切腹しようとしているの! ストップ! ウィルフリードも剣を収めなさい!」

「わ、わかりました」


 この世界に切腹なんて文化があったことも驚きだけれど、何よりもなぜ誰も止めないのか! ウィルフリードも──って、彼も忠義馬鹿だったぁあああ!


「女王陛下……」

「ベルフォート侯爵、なに勝手に死のうとしているの! 私を支えて、過ちを犯したら正すのが貴方の役割でしょう。もし罰がほしいというのなら、今後もこの国を繁栄するためにも尽力することを罰にするわ」


 わぁ―、自分で言っておきながら、なんて鬼畜発言! 

 倒れたのも無茶な作戦を提案した私のせいなのに! 我ながらなんという無茶振り! 

 ごめん〜侯爵。でもここまでいわないとまた切腹とか自決しそうだし! あ、でもこれで不満が出て離反されるんじゃ?


「な、なんという慈悲深きお言葉……。主人を危険な目に遭わせた私にそのようなお言葉を……! 今後も誠心誠意お仕え申し上げます」

「(大丈夫だった──いや! ブラック会社も真っ青な社畜育成だけは阻止しなきゃ!)あ、うん。えっと、ほどほどに、ね」

「アメリア、俺にも罰を与えてほしい」

「!?」


 目覚めて早々こんなことをいうのは、やっぱりウィルフリードらしい。

 ローザから蜂蜜レモン水を口にしてから罰について考える。私を死に追いやったことかしら? でも結果的に、この未来に辿り着いたキッカケなのだから──。


 そういえば魔神が出現した時に、死に急ぐような言葉を連発していたような? 

 もしかしなくても自殺願望? 

 うーん、自己犠牲強い忠義者だもんなぁ。

 うん、推しが幸せになることが一番だわ。


「ウィルフリード。貴方は勝手に死ぬことを許さない。これからは私の傍で、私を守る剣と盾になりなさい。軽率に自分を傷つけることも許可しないわ」

「アメリア……君は……」


 ふふん、これでウィルフリードも無茶はしないでしょう。いやー勝手に剣だけじゃなくて、守る盾の役割まで果たせって、鬼よね〜。

 でも罰は罰だもの! それに推しの傍にいるチャンスを逃すものですか!


 ウィルフリードは言葉を噛みしめている間に、さらに四対八翼へと成長を遂げたのだけれど、何故。これ罰なんだけど……。


 体を震わせつつ、私に片膝を突いて頭を下げた。騎士の忠義ポーズ! 

 え、眼福なんだけれど!? 今の無茶振りでなぜ!?


「感謝する。アメリア……俺は……今後、君の剣であり、盾であるためより一層忠義を尽くす」

「そ、そうしてちょうだい」


 目を潤ませて少し頬を染めるウィルフリードに、ベルフォート侯爵が肩を叩いていた。

 ルイスやローザも妙に好意的だ。打ち解けるの早くない? 

 いやルイスとローザは昔から面識があったかもだけれど、私が眠っている間に一体なにが?


「……ところでアメリア。彼らとの関係性を聞いても良いだろうか」

「ん?」

「いやなんとも要領を得ない答えだったので……」


 彼らとは、魔王アルムガルドたちのことだろうか。


「アルムガルドたちに、なんて聞いたの?」

「アメリアとどういう関係なのか、と」

「ストレートに聞いたのね」

「余は大親友と答えたまでだ。ちなみに同棲しているとも伝えておいた」

「同棲というより、間借りしているだけでしょうが」

「なるほど……間借り」

「僕は家族だと伝えている。白兎シアの産みの親だし」

「そうだった。エーレンとは家族の定義について話す予定だったわね。……というか、いつの間に来たの?」

「君が目を覚ましたのなら、駆けつけないわけにはいかないだろう。なにせ家族なのだから」


 全身白服のエーレンは唐突に姿を見せるのだからビックリする。私の作ったゴーレムの白兎シアは彼の肩にちょこんと乗っていて元気そうだ。

 相変わらず家族の定義というか解釈がズレている気がする。うん、落ち着いたらしっかりその当たりの常識をお伝えしておこう。


「ウィルフリード、あの肩に乗っているのが、エーレンにとっての娘の白兎シアよ」

「は? いやアレは……ゴーレム」

「ボクは……よく撫でて貰うからペッ──」

「ジュノンとの関係は支援者パトロンですわ!」


 いつもの兎の被り物をしながらおずおずととんでもないことを口走っていたので、思わずかぶせて答える。

 撫でていたのは兎の姿だった時である!

 ウィルフリードは笑顔なのだが、まったく笑っていない。

 なぜに? もしかしてウィルフリードも撫でてもらいたい派? いつからそんな趣向が?


「とりあえず、ジュノンは欲しいといっていたピアノは受け取ったの?」

「え!? 新しいピアノがもうあるの?」

「ええ、今回は急ぎだったから《蒼獅子商会》に仲介を頼んだよ。客間に用意させたと思うけれど、アルムガルド」

「ああ、客間3に用意してある」

「!」


 ジュノンはパアアと目を輝かせて、部屋を飛び出していった。うんうん、自分から世界を広げていくことは良いことだわ。


好敵手ライバルなのか、やっぱり関係性が今ひとつ掴めない……」

「ウィルフリード、どうかした?」

「……いや、目覚めたばかりなのに無理をさせてすまない。ゆっくり休んでくれ」


 ちゅっ、と自然な流れで私の頬にキスを落とす。

 ひゃああああああ! なに自然にキスしちゃっているの!?

 そ、そういえば元婚約者だった……。ん? 元なら、こんな風に触れたら駄目なんじゃ? でもそれを指摘したらウィルフリードは真面目だから、触れてこなくなるだろうし……。

 それはちょっと惜しい。うーん。まあ、その当たりは両親と相談しましょう。


 とりあえずギャアギャア騒ぐアルムガルドとエーレンをなんとかするのが先だわ。

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