第34話 騎士団長ウィルフリードの視点3

 茨を媒介に使って魔神と化したアメリアの魂と接触し、対話を試みるなんて相変わらず予想の斜め上をいく。

 アメリアは昔から優しいのだ。自分の手が届く範囲で、何ができるかを考えて手を差し出す。それは一歩踏み出す勇気であったり、奮い立たせる言葉であったり、相手の問題を軽減する物だったり、……お人好しだ。

 甘っちょろいかもしれないけれど、俺は嫌いじゃない。


 魔神の固く閉ざされた心が、今ようやく解放される。俺には魔神の姿が幼い頃のアメリアに見えて、衝動的に抱きしめたくなった。

 嬉しそうに微笑む二人に魅入っていたせいで、茨の中から飛び出してくるリリスに気付くのが遅れた。刃を貫かれて崩れ落ちる彼女を見た瞬間、心臓が止まるかと思ったほどだ。


『ああ、いや、いやよ、いやあああああああああああああ』


 リリスに悪夢魔法を使ったアメリアは体を傾けて倒れそうになる。


「アメリア!」


 慌てて抱きかかえた。すでに魔神だったアメリアは光の残滓が浮遊して消えつつある。ぐったりとしているアリシアの姿を見た途端、不安になった。


「だい……じょうぶ……ちょっと、眠く……なった感じ」


 腕の中でアメリアは身動ぎしながら胸元に体を預ける。そんな些細なことさえ嬉しくて口元が緩んでしまう。再び傍にいられることがこの上なく幸福なのに、『もっと』と渇望する自分があまりにも浅ましい。


「少し……眠るから……ウィルフリードは……先に起きても、私の……傍に……いてくれと……」

「アメリアが望むのなら願ってもないことだ。今度こそ、君の傍を離れない。君の剣として傍にいさせてくれ」


 アメリアは小さく笑って、瞼を閉じた。一瞬、ドキリとしたが規則正しい呼吸音を聞いて安堵する。


「帰ろう。みんなが待っている」


 返事はなかったけれど、頷いてくれた気がした。



 ***



 意識を取り戻した後は、それはもうてんやわんやだった。

 まず真っ先にリリスを取り押さえに掛かり、王侯貴族も捕縛。王城の旗を全て青紫色の炎で燃やし、ナイトロード家の薔薇の紋章の旗が掲げられたことでラディル大国は滅んだ。

 すぐさまラディル大国滅亡と、新たなナイトローズ国の建国を各国に知らせるようベルフォート侯爵が率先して動き、同時に国境の警備や出入国の制限も厳しく設けるなど対応は完璧だった。

 ベルフォート侯爵は長年ナイトロード家と反目していた貴族だが、それも吸血鬼族が生き残るための処世術だったと知ったのは二年前だ。


 まずはアメリアを寝かせる場所を──。

 なぜか青い兎はアメリアの傍を離れようとせずについてくる。もしかして使い魔かなにかだろうか。

 ……ただの使い魔じゃない感じがするのがアメリアらしい。

 さて、王城ならば貴賓室があったはずだ。あそこなら、と思って王城の廊下を歩いていたら魔王と死神に阻まれた。


「天使族が、なぜ余の大親友を抱きかかえている?」

「本当だ。君はアメリアを死に追いやった天使族だろう? しかもリリス側に仕えていたのに、アメリアに触れないで欲しいんだけれどぉ」


 魔王アルムガルドと死神エーレンは白黒の対照的な恰好をしながらも、並んで俺の前に立ちはだかった。そう判断するのも無理はない。傍から見れば俺は裏切り者で、アメリアを傷つけた大罪人だ。


「両腕と翼を捻って引きちぎる程度で許してやろう」

「じゃあ僕は両目を抉ってしまおうかな」


 凄まじい威圧に負けじと彼らと向き合う。肌はひりつき、凄まじいプレッシャーに膝が震えた。


「俺が許されない行いをしたことは重々承知している。だがアメリアが目覚めるまで彼女の傍を離れないと約束をした。その約束を守った後で良いなら甘んじて罰を受けよう」

「そんなの余の知ったことでは──」

「駄目! ウィルフリードを虐めたら、ねぇさまが泣いてしまう!」

「そーよ! ウィルフリードはおねーさまの婚約者なのだから、虐めたら私が許さないんだから!」

「ローザ、ルイス……!」


 俺の前に飛び出してきたのは、ルイスとローザだった。大人びた姿ではなく十歳に戻っている。安全な場所に移したはずでは?

 転移魔導具を使って、ここまで戻ってきたというのか?


「魔王アルムガルド殿、そして死神エーレン殿。子供たちの言うとおり、ウィルフリードはアメリアの婚約者であり、娘に忠誠を誓った騎士だ」

「……ナイトロード公爵」

「二年前の一件から今回の出来事に至るまで辛い役回りをさせてしまった。ウィルフリードは、一度だってアメリアを裏切ってはいない」


 アメリアと同じ蜂蜜色の短めの髪に、強面かつ切れ目な見た目のため恐懼公きょうくこうと呼ばれているほどだ。しかし実際は愛妻家で、領民たちからの信頼も厚いよき領主である。


 貴族服に身を包んでいるが至る所に包帯が目立つ。恐らく復活してから休むことなく働いていたのだろう。

 ここに駆けつけて、自分を庇ってくれたことに胸が熱くなる。


「君が色々準備をしていたというのに、いざという時に役に立てなくて申し訳ない」

「いえ……。俺がもっと上手くやれていれば、アメリアを傷つけることなく決着を付けられた」

「そうだな。君でない誰かがもっと上手くできたかもしれない。君が危険を冒す必要だってそもそもなかったのかもしれない。……でもあの場に居たのは君だったし、君だったからこそ今の結果がある。私の娘を守り続けてくれてありがとう」

「──っ」


 報われなくていい。

 怨まれて憎まれて、裏切り者の烙印を押されて、あぜ道で野垂れ死んでも耐えられると思っていたし、それだけのことをしたと理解している。

 アメリアはもちろん、ルイス、ローザ、ナイトロード公が俺を許すとは思っていなかった。どこまでも懐が深い。


「我が出るまでもないようで、なにより」


 俺の腕の中のいたアメリアが突如声を上げた。

 しかしその声音は、アメリアとは思えないほど酷く平坦なもので、一瞬で始祖ナイトロードだと理解する。

 眷族である吸血鬼族は当然のように片膝を突いて深々と頭を下げた。真紅の瞳は周囲を見渡す。


「ナイトロード様お会いできて、光栄でございます」

「うむ。侯爵だったか、今後ともアメリアのため忠義を尽くせ」

「ハハッ! ありがたき幸せ」

「さて本来なら我の出番ではないが、この男に此度の策を授けたのは我だ。故にアメリアが無事に生還したことで、今までの不敬は不問とする。もっとも納得できぬのならアメリアに決めさせるが良い」


 始祖の出現に魔王と死神は殺意を引っ込めた。アメリアと接する時とは違い、忌々しそうに顔を背けた。


「チッ、婚約者だと。余はアメリアから聞いておらんぞ。たしか婚約破棄したのではなかったのか?」

「契約書にサインを迫られただけであって、教会に提出してなければ受理されていないぞ」

「婚約者……家族とは違うのか?」

「死神、お主は少し黙っていろ。話がややこしくなる。そして何故お前は知らないのだ」

「僕が近づくと契約書でも灰になるからだが。……魔王はさっさと自分の国に戻ったらどうだい?」

「あ?」


 苦み合う二人だったが、すぐさまベルフォート侯爵が割って入る。


「お二人とも少々よろしいでしょうか。……ありがとうございます。実は第二王子エルバート様が亡命していたようです。どちらかと裏取引をして来て頂けないでしょうか? 本来であればウィルフリード様に頼むべきですが、我らの女王は彼に傍にいるよう命じてしまったので……。これほど重要な仕事を信頼置けるのはお二人のどちらかと思うのですが」

「しかたがない大親友の余が行ってやろう」

「家族の僕が行くべき案件じゃないかなぁ」


 アメリアが魔王と死神を仲間にしたことは分かっているが、この二人の関係性は一体……。落ち着いたら聞いてみよう。始祖は役割が終わったといわんばかりに、唐突眠りについた。やはりアメリアと雰囲気が違う。


 後日、アメリアが二日経っても目覚めないことで、状況はカオスな状況へと陥ることを──この時の俺はまだ知らなかった。

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