第32話 剣を捧げた主人は──
何か思い出せそうな気がしたが、上空からの咆哮が耳を劈く。
「「!?」」
素早くその場から地面を蹴って退避した。直後、私たちがいた場所に紅蓮の炎が襲う。この熱量はワイバーンクラスじゃ無理だわ。だとすると、古き竜!
顔を上げると予測通りに赤黒き竜が飛翔している。しかも一頭ではなく三頭も。この展開はたしか終盤の王都陥落バッドエンドの一つ。
ヒロインが古き竜の怒りを買ったことで発生するのだけれど、それにしては竜の数がちょっと少ないような?
「古き竜よ、今回の襲撃はどんな言い分があってのことかしら?」
『人間が愚かにも我らに不遜な態度を見せた。そして吸血鬼の女王! 貴様を食い殺せば奪われた霊脈は我らの物となる!』
しまったわ!
こういうバッドエンドを避けるために、竜を滅ぼさないようにしていたんだった!
いやでも、あの時覚醒した後だったし、八割奪っただけで残る二割で慎ましく生きるのなら大丈夫な範囲だと思っていたのに……誤算だったわ。
でもこちらの戦力差を知った上で暴挙に出るというのなら、滅ぼすまで。
「
「ぎゃあああああああああああああ」
「あああああああああ」
唸りを上げて茨の波が古き竜を捕らえる。一頭逃したが、上空に逃げる前にウィルフリードが一撃で羽根を切り裂き、逃走を阻止した。
凄まじい一撃に空気が震える。
クッ、やっぱりかっこいい! さすが私の推し! 一撃で竜の羽根を切り裂く威力、切り替えに早さに状況判断と冷静な──。
「
うわぁーお、ブチ切れじゃないですか。沈着冷静なウィルフリードがこんなに怒るなんて………………いや、結構短気だったような?
ゲームと違って、私が傍にいた時はブチ切れスイッチが気軽に発動していたような?
「ん?」
今、なんかとんでもない発言が聞こえたような?
「ええっと……ウィルフリード、今なんて?」
「君に攻撃した以上、あれは殺す。自分の主人を攻撃されて怒らない者などいるものか!」
あ、目がマジだ。
そしてなぜ私?
竜が大地に倒れたことで周囲の花びらがブワッと舞った。
その刹那、ある記憶が浮上する。
あの時も蒼い花びらが舞っていた。
『ウィルフリードに死んで欲しくないわ。だから、私たくさんお金を稼いで、強くなってウィルフリードが幸せになるように、ずっと傍で見守っているわ!』
『では、俺は貴女が笑って幸せになるよう、貴女の剣であり続けさせてほしい』
あーーーーーーーーーーーーーーーーー!
ウィルフリードの剣を捧げた主人って、私かーーーー!!
恥ずかしさで頬が熱い。
ええええーー、じゃあ、私ってば婚約者兼ウィルフリードの剣の主人だったってこと!?
推しに愛されるだけじゃなく、推しの主人に!?
なに、その展開!
まって、まってすごく幸せすぎるんですけれど! キュン死するレベルじゃない!
両手を頬に当てるがかなり熱い。
「アメリア、ついにこの時が来た。……
「え」
いつの間にかウィルフリードは私の隣にいる。なにこの展開!
そして隣に佇むなんて、なんてシチュエーションかしら。ちょっと私、いろいろ気持ちとか状況の整理ができていないのだけれど!
そう思いつつもウィルフリードの視線の先を見た瞬間、背筋が凍った。
空間が歪み、亀裂が入っている。そこから禍々しい魔力が溢れ出ているではないか! 恋愛脳になっている場合ではない!
「あれは──」
「二年前にも魔神は訪れた。その出現条件はアメリアのいうゲームイベントに起因している」
「!?」
二年前──。
私が記憶を失った事件となれば、エルバート王子の王太子授与式だ。
本来なら突如魔物の襲撃によってローザは死亡、エルバート様は片腕と片目を失う。その未来を書き換えたことで──あの時に、歪が生じた?
ああ、そうか。
歪みから這い出てきた存在を見た瞬間、全てを思い出す。
あれは──別世界の
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――!!」
なんて声!?
これだけで王都中の硝子が砕かれ、黒々した炎が都市を包む。
漆黒の泥と共に人の形をした化物は喪服めいた服で角は七本、蝙蝠と天使の羽根を三対六翼羽ばたかせている。全長三メートルを超える姿は、世界を終わらす魔神そのものだ。
「もしかしてウィルフリードが敵対していたのは、魔神と拮抗するだけの力を──」
「アメリア、最後に貴女と剣を交えることができて幸福だった。あの魔神の狙いはアメリア、君だ。取り込まれる前に俺が《次元の迷宮》の門を開いて、魔神を道連れにする」
「は?」
何を言っているのだろうか。これだから忠義がクソ重い奴の考えはどこまで愚直だ。
推しが別世界の私と共に《次元の迷宮》に?
え、なんでそんな馬鹿なことをサラッというのかしら。
「却下。あんなの覚醒した私が──」
「駄目だ! それで攻撃して自分に跳ね返ったのをお忘れになったか!」
「あ」
忘れていました。そうだわ。
私の攻撃もそうだったけれど、この世界にアメリアが二人いることで同一の存在として全ての攻撃は私に返る。
あー、なんで勝てなかったのか分かったわ。うん。強いだけじゃどうしようもない。
「ええっと……ウィルフリード。二年間、どうにかしようと考えた結果が、アレを巻き込んで自分も《次元の迷宮》に落ちる……と?」
「ああ」
なに真顔でいっているのかしら。これだから忠義者は!
「とにかくその案は却下よ」
「しかし」
「昔、『ウィルフリードに死んで欲しくないわ。だから、私たくさんお金を稼いで、強くなってウィルフリードが幸せになるように、ずっと傍で見守っているわ!』と、言ったのだけれど、その約束を破らせる気?」
「──っ、しかし俺は、君に刃を向けて傷つけた。どんな理由があっても許されない」
「それこそ結果的に私のためだったのでしょう。ウィルフリードの案は駄目よ。……アルムガルド、エーレン、ジュノン。アレを何とかする方法を考えるから、少しだけ時間を稼いでもらえる?」
私の言葉に屋上に魔王アルムガルド、死神エーレン、邪神ジュノンの三人が姿を現す。
「なるほど、別世界のアメリア──いや魔神か」
「あそこまで闇堕ちしているとなると、跡形もなく滅ぼすしかないけどぉ」
「でも……それだとこの世界のアメリアも消滅する……か。厄介だ……か、帰りたい」
全員、状況は理解しているっぽい。え、優秀すぎない?
それとも《血の契約》で私からの情報が伝わっているとか? どちらにしても助かるわ。
「今ここで解決方法を見つけ出す。私一人では難しいけれど、私には私の剣と魔王と死神と邪神と、眷族、そして私に忠誠を誓った人外貴族たちがいるのだから、何とかなるはず。みんな、私に力を貸してくださる?」
「大親友の頼みなら是非もない」
「家族なんだからさ。当然だねぇ」
「……また
「アメリアの剣と言ってくださるのか、アメリアの剣……と」
それぞれの反応はいつも通りで笑えた。
「女王陛下、我らも及ばずながらご協力させて頂きたく」
「ベルフォート侯爵。ローザとルイスは?」
「危険を察知して真っ先に魔王城に転移させました」
「そう。あとで二人が怒るかもしれないけれど、一緒に怒られてあげるわ」
「なんと……勿体ないお言葉」
うん、ベルフォート侯爵の反応もいつも通り。とにもかくにも行動を開始する。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
叫び声によって周囲の建物が崩れ、砕けていく。そんな中できることは足止めだ。しかも異世界の私が攻撃を受けると、私もダメージを受ける。
「あれが倒せないのは、この世界に私が二人存在しているから。けれど私と魔神とのHPは果たして同じなのかしら。魔神が消滅するまで私が生き残れば片方が消える、なんてことは?」
「あったとしても女王陛下にそのような危険な真似はさせられません」
「そうだ。二年前も似たようなことをして瀕死になっただろう」
「ゴメンナサイ」
忠義者同士、馬が合うのかベルフォート侯爵とウィルフリードは、畳みかけるように私の提案を却下された。君たち気が合いそうで何よりです。
「となると打倒なのは、封印ってところかしらね」
術式を書き上げるまでの時間があれば──。
ただこの方法も魔神を封じる場合、私も封じられる可能性があるということ。
ゲームではアメリアが闇堕ちしてラスボスとなったらヒロインが倒すか、国が滅ぶの二択しかない。私が生き残る方法……。
んー、あとは対話あるいは魔神を私が取り込んで、支配権を私が取得する?
どちらもリスクが高いけれど別世界のアメリアだったのなら、その苦悩を解放してあげたい。だって眼前にいる魔神は、私がなり得た未来の一つなのだから。
ゲームのアメリアは誰も助けてあげられなかった。守りたい者を奪われ、貶められて、悪役を押しつけられた──。
その事実と思いを、あり得たかもしれない私と対峙することで解決が見込めるかもしれない。
「ウィルフリード、侯爵。蒼薔薇の茨を通して魔神と接触を図るわ。魔神の魂と対峙して内側から崩せないか試してみる」
「なっ」
「そのような危険な真似をせずとも」
「あれはアメリア、未来であり得たかもしれない私だわ。なら、その尻拭いも自分がすべきだと思うのよ」
「しかし……」
「アメリア、君は一度決めたら譲らないだろう。……なら俺も一緒に連れて行ってくれ」
「そうね。ウィルフリードが傍にいるのなら、力強いわ」
私のことをよく分かっているウィルフリードの切り替えは本当に助かる。すぐさま茨を通して魔神の精神へ接続させた。
さあ、自分と向き合う時間だわ!
ちゃっちゃと終わらせてこの国を簒奪させて貰いましょう!
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