最終幕

第31話 復讐劇の幕は上がった

 開戦まで一カ月の猶予を、なんて考えていた自分の甘さを痛感する。この国はリリスの思いのまま、国王や王妃まで操り人形として動かしていて、その姿に吐き気を覚えた。


「大聖女のリリス・ダウエルが命じる。悪役令嬢アメリア・ナイトロードを鏖殺せよ!」


 はあ、と力抜ける。

 そちらが周囲を包囲しているなど、最初から分かっていた。

 私のもう一つの眷族、蒼薔薇の根が国を覆うまで時間が必要だったので、茶番を続けていたのだが、気付いた者はいないようだ。


 それにしても騎士達に表情はなく、機械人形のように、ただ剣を構えていてなんとも滑稽だわ。自分の言うことを聞かせるためだけの人形になんの価値があるのかしら。まるで使い捨ての駒としか思っていないよう。

 どちらが悪役令嬢か。ふと口元が緩んだ。


「女王陛下、御自ら戦う必要などございません。我ら眷族にどうか『戦え』とご命令ください」

「その通りです、おねーさま。あの気持ち悪い女の首を跳ね飛ばしてご覧にいれます」

「そうです。ねぇさま」


 まったくルイスとローザは物騒なのだから。でも、自分から私専属の近衛騎士になりたい一心で大人の姿になった二人を見返す。

 今のローザとルイスは実年齢の十歳ではなく、私と変わらない十六歳前後の姿になっている。しかも凜とした騎士服──つまりはローザは男装しているのだ。ルイスは長い髪で同じ服装だが、ちょっと女の子っぽいアクセサリーを付けたりしていて可愛らしい。

 リリスがルイスだと思って話しかけていたのは、ローザだったりする。


「わかったわ。騎士団はベルフォート侯爵を含めた眷族で相手をなさい」

「では余たちは椅子でも用意して、高みの見物とでも洒落込むか?」

「眷族に任せてしまっても良いかもしれないけれど、あの勘違い女に格の違いを教えてあげたいから遠慮するわ」


 諸悪の根源であるリリスから受けた屈辱は、自分で返してこその復讐だ。まだ国王と王妃を含めた国が正常であったのなら最小限の犠牲ですむはずだったが、こうなったのであればしょうがない。

 飛びかかる火の粉は払いのけるまで。


「あー、ほんと。ムカツク。イケメンに囲まれて、私の欲しいものを全部持っているなんて許せないから、私も作ったの。とびきりのイケメンで編成した騎士団。ウィルフリードも結構抵抗したんだけれど、今は這いつくばって足にキスもしてくれるのよ。ほら、ウィルフリード。いつものようにキスをして」

「…………はい」


 挑発のつもりだったのだと思う。

 その煽りは確かに、私の逆鱗だわ。

 推しを遠目で愛でるのならいい。好いていると告白しても良い。

 それで推しが幸せならいい。

 でも、


 その一言で、自称沸点の低い私の怒りは天元突破した。ええ、しましたとも♪


「謐輔■縺医h縲■■■莉倥¢縲■姶諷■■¢──群青色のキュアノス薔薇ロドン

「き、きゃあああああああああああ!」


 光よりも早く私の茨がリリスを捕らえた。頭上と地下から群青色の茨がリリスの柔肌に突き刺さって悲鳴を上げたが、どうでもいい。

 素早く茨を切り裂いて助けようとするウィルフリードの間合いに飛び出して、力いっぱい彼を蹴り上げる。天上を貫くほどの一撃を見舞ったけれど、ウィルフリードなら問題ないだろう。


 パラパラと瓦礫と土煙が落ちているが気にしない。

 振り返ったらその場にいた全員、面白いぐらいに目が点になっていた。ふふっ、私は思った以上に我慢強くないみたいだわ。


「アルムガルドとエーレンは侯爵たちの手に余るのなら手を貸してあげて。ルイスとローザはベルフォート侯爵から離れないこと、無茶をしないこと。怪我をしないこと。相手を格下だからといって油断しないこと。もし万が一、自分よりも強い相手が出てきたら即座に転移魔導具で撤退すること」

「はい、おねーさま」

「わかりました、ねぇさま」

「余への対応が雑すぎないか? 余ももう少し心配してくれ」

「ふぅん。じゃあ、君は帰ったら?」

「誰が帰るか」

「ベルフォート侯爵、ルイスとローザを任せても?」

「無論でございます。女王陛下の煩わしいと思っている存在は全て刈り取りましょう」

「できるだけ殺さないで。あとの楽しみがなくなるから」

「なるほど。承知いたしました」


 リリスは茨に潰されて悲鳴を上げている。


「お前の処遇はあとだ。精々果てなき苦痛に喘ぐと良いわ」

「アメリアぁあああ!」


 リリスの声を無視して、頭上の風穴目掛けて飛翔する。こんなことなら、もっと動きやすい服にすべきだったと後悔したが、まあしょうがない。


 パーティー会場の屋上には、私の眷族である蒼い薔薇が咲き誇っていた。ウィルフリードが無傷な姿にホッとしつつ、間合いギリギリまで距離を詰める。

 ぶわっ、と三対六翼を生やし、膨れ上がる魔力に肌がひりつく。ここで更に力を増すってどういう精神状態なのよ!


「さて、ウィルフリード。自分で今状態がわかっているのかしら?」

「…………」


 無言で私を見た瞬間、攻撃を繰り出す。手にしていた剣先が私に向かう中、素早く身を躱して茨で足止めをする。

 パーティー会場のような足を縫い止めることもできるけれど、それだとウィルフリードが足を犠牲にしてでも突貫してきそうだったのでやめた。

 剣に迷いはない。

 殺すつもりで一撃を放ってくる。敵意はあるが殺意はない?


 操られている感じはしない──気がする。黙ったままだから全然分からない!

 ウィルフリードが操られていないとすると、彼の性質上、人質を取られていると考えた。しかし──彼の主人であるランベルトは──。


「ウィルフリード、貴方の主人は私の保護下にある。リリスに何を吹き込まれたかは知らないけれど、《蒼獅子商会》のギルドマスターとしてランベルト様は魔王城にいるわ」

「…………」


 その言葉を聞いてもウィルフリードは止まらなかった。むしろ攻撃の鋭さが増す。


「ウィルフリード!」

「……勘違いするな。俺が動くのは、俺の主人のため──」

「!?」


 え、ランベルト様が剣を捧げた主人じゃないの!? 

 ゲームではランベルト様だったはずだけれど! まさか本当にリリスが?

 血を凝固させて作り出した剣を手にして反撃開始する。


「まさか、リリスが──」

「それは絶対にない」

「即答!?」


 ええ、じゃあ誰がウィルフリードの主人なのよ!

 金属音が悲鳴を上げて、剣戟は火花を散らす。

 剣筋は冴え、ウィルフリードの攻撃を剣と茨で防ぎ手数をカバーする。互いに間合いから出ずに剣と魔法を駆使して攻撃を繰り返す。


 三十合打ち合っても、膠着状態が続く。

 威力も速度も徐々に上がっていても、決定打にならない。互いの息遣い、攻撃のパターン、思考がなんとなく分かるのか攻撃はすべて紙一重で躱され、流される。ああ、本当に腹が立つ。


「──っ」

「くっ」


 剣を交えるごとに、ウィルフリードの重い一撃が伝わってくる。戦っている命がけの中なのに、まるでワルツを踊っているような錯覚をおこしそう。

 そういえば記憶を失うまではダンスよりも、剣を交えることのほうが多かった気がする。

 剣を交える間、私の中で何か忘れているような──でもなにを?

 抜け落ちている記憶。違和感。

 私が自分で拒んでしまった?

 どうして?

 復讐を決意した時に邪魔だと捨ててしまった? 封じてしまった?

 なぜ?

 大切な幼馴染みで、婚約者だったから?


 そういえばウィルフリードが推しキャラだったのも、吸血鬼女王として覚醒したあとしばらく経ってから思い出したんだった。

 彼の生き様が好きで、何処までも剣を捧げた主人に真摯で、折れない不撓不屈の精神、そして──ゲームシナリオのいずれかで命を落とす。


「──っ!」


 そう、ウィルフリードの死亡フラグは、どのルートでもあって非業の死を遂げる。

 それが嫌だったから私は──。


『ウィルフリードに死んで欲しくないわ。だから、私たくさんお金を稼いで、強くなってウィルフリードが幸せになるように、ずっと傍で見守っているわ!』


 約束した。

 蒼い小さな花々が咲き乱れた場所。

 王宮の外れにあって、そこに居たのは私とウィルフリードと、そうだエルバートではなくランベルトだった。私が前世の記憶を思い出す前、なぜだかウィルフリードを見た時にそう思ったのだ。そこから少しずつ前世の記憶が戻って、ランベルトが使節団として隣国に向かったと日、私は完全に前世の記憶を取り戻した。


 私にとってウィルフリードは推しキャラで大事で、大切で、幸せになって欲しい。

 生きていてほしい。

 そう、覚えている。

 でも──じゃあ蒼い花の咲き乱れる場所でした約束だけれど、あの時、ウィルフリードはなんて答えたんだっけ──?


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