第27話 枢機卿イアンの視点

 最悪だ。

 人外貴族を粛清して、大天使族を王家の守護者として契約を結ぶ。ここまでなら問題はなかったが、その後に各領地を襲う魔物の襲撃によって、綻びが生じた。


 イナゴの姿をした厄災の象徴、破壊者アバドンは言葉通り、麦や食料を食らいつくして数を増殖させてきりがない。今までは人外貴族に丸投げして一週間で対処させていたのに!

 本来なら私がクロード枢機卿の後釜となっているはずなのに、面倒な仕事ばかり押しつけてくる。それもこれも宰相ディカルディオ殿が行方不明になってからだ!


 スチュワート殿下は傀儡として申し分ないが、あくまで宰相殿とセットだからこそ価値があったのだ。

 食料庫にはまだ余力はあるが、それでも破壊者アバドンの脅威は嫌というほど知っている。

 大天使となったテオバルト、聖騎士たちに討伐を命じているし、学院や冒険者組合にも依頼は出しているが、それでも対処に追いついていない。


 人外貴族の持つ特性や能力を低く見ていたわけでは無かったが、人族とは異なる力は各分野に大きな恩恵をもたらしていた。配達業もそうだ。

 人と馬では物資の運搬に数日掛かるが、馬人族や鬼人族、竜人族であれば半日で倍の量を運んでいた。今は奴隷となった者たちを働かせているが、数と質は比べようもない。

 猫人族などは早々にこの国に見切りをつけて、南の国に亡命。他の人外貴族もいち早く亡命した。その者たちと交渉するのは不可能に近い。


 食材は精霊や妖精に近しいドライアード族が協力的だったからこそ、毎年豊作だった。彼ら種族は大地の実りを齎す存在だったこともあり、粛清対象とはならなかったが、人外貴族の粛清に眉を顰め、突如この国から姿を消してしまった。

 それにより食料不足を懸念する声が出る。クソッ、こうなることがわかって姿を消したな!


 建築業も遅れて出した。

 薬学の薬のストックも少ない。これは狐人族を粛清対象にしたのが不味かった。せめて粛清対象をもう少し絞るべきだったのだ。

 吸血鬼族だけに留めていたら……。

 大天使族の力が増したとは言え、それは武力としての力であり、それ以外の専門的な知識を持つ種族の穴埋めは不可能。


 ここ数カ月で魔物の数は増え、ついに複数の竜の姿を目撃したという報告も入ってきた。国境付近の山岳地帯、航路にそれぞれ竜が住みついたということで、他国から「どうにかしてほしい」と抗議の手紙が届く。


 ラディル大国は魔族や魔物から守る防衛機能を持つ要塞国家だった。だからこそ他国からの援助や物資もあり潤っていたのだが、魔王討伐後はその援助や物資が細々としたこともあり、ケチっていた他国に「何を言う」と文句を言いたくもなる。


 次に頭を抱えたのは原因不明の不眠病と、永久眠病だ。貴族や商人たちが、この二つの症状に悩まされている。

 不眠病のほうは眠ろうとすると、枕元に今まで蹴落としてきた者たちの罵詈雑言が聞こえてくるとか。

 永久眠病は体力が落ちた者から次々と眠った後目を覚まさない。しかも悪夢を見続けているらしく、魘され方が尋常ではない。「ナイトロード家の呪いでは?」という噂が広がっている。なんでも血のように赤い宝石に触れた後から不吉なことが起こるとかなんとか。しかし宝石を売り払った後も不調が続く者が多いと聞く。


 国としてギリギリ機能しているが、将来的に破綻しかねない現状に頭が痛くなってきた。好転しない現状。


 そして決定打となったのは、ある手紙だった。見覚えのある手紙。ナイトロード家が好んでいた薔薇の香りのする封筒と便箋。

 蝋印もナイトロード家の薔薇の紋章だった。

 生前にでも出したものか?

 その予想は、大きく外れるものだった。


『親愛なる敬虔なる枢機卿イアン様。


 このたびは宰相殿の協定が破棄され、いろいろと奔走しているようですね。心よりお悔やみ申し上げます。貴方様ならスチュワート様を上手く操り国を導けるでしょう。


 追伸 地獄の淵より舞い戻ってきましたので、近々お伺いに参りますね。それまでに盤上が整っていることを祈っております。

      吸血鬼女王 アメリア・ナイトロード』


「――っ、ふざけるな! 戻ってきた……だと!? 死者が生き返るはずないだろうが!」


 思わず手紙をくしゃくしゃに丸めて、床に叩き落とした。何度も足で踏みつけたが、気持ちは一向に晴れることはない。


「そういえば死者が蘇ったと言う噂をナイトロード、トフス、マリーナ、アガト周辺で聞いた気がする」

「テオバルト!?」


 手紙を読んでいる間に、テオバルトが執務室に戻ってきていたようだ。

 どうやら東側領土でそのような現状が起こっているだとか。あまりにも色々なことが起こりすぎている。


「顔色が悪いが、少し休んだらどうだ?」

「……そう、だな。問題が山積みでなければ……」

「では貴殿の心労が少しでも軽くなる案として、リリスを使うのはどうだろう?」

「リリス? ……ああ、あの聖女か」

「ええ、彼女の作り出した《服従の腕輪》の効果で、国王と王妃も今や思いのまま。贅沢三昧をしているのですから、それに見合った仕事をなさっては?」

「そうしたが下手に口を出せば、私も《服従の腕輪》を付けられてしまう」

「そこはご安心を」


 そういって取り出したのは誓約書だった。異世界召喚をした際に、彼女の身柄を保護した際にサインして貰ったものだが、私とテオバルトを含めた数人には危害及び魔法、魔導具による洗脳および魅了を禁ずると注意書きに書かれていたのだ。なんとも用意周到な男だ。


「ああ、なるほど。これなら」

「では私はエルバート様の警護があるので」


 あっという間に転移魔法で姿を消してしまった。なんとも無責任な。だが政治に口を挟むよりはマシか。


 魔王が死んだことで魔物や厄災が噴き出したこと。本来なら勇者や人外貴族を戦力としてあてがうのだが、それは不可能だ。

 食糧問題に他国からの援助も以前ほど期待できない。

 死者蘇生の噂、不眠病や永久眠病。

 いや待て《服従の腕輪》が使えるのなら国王たちに全ての尻拭いをさせて、武力強化はこの領域を守護する古き竜……ああ、問題の竜を隷属させれば良い!


 ああ、これで私への仕事が一気に減る!

 この時には、アメリアの手紙のことなど些末なことだと頭の中からスッパリと消え失せていた。

 もしこの時、ナイトロード領地に目を向けていたら、何かが違っていただろうか。


 私はテオバルトが現れた段階で、エルバート様と同じく南の国に早々に逃げるべきだった。


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