第2話 黒幕と悪役令嬢1
「貴女が気を失ってからに既に二週間が経っております。その間に、貴女様への容疑が固まったようです」
「それでウィルフリード様が婚約破棄を言い出したのですか?」
「ええ。人外貴族として魔力暴走を行っただけではなく風魔法で、多くの貴族を傷つけていました。またリリス嬢の毒殺未遂の容疑者でもありますからね」
ウィルフリード様が?
もし本当にそうだったとしても、彼なら自分で言いにくる。目が醒めた後も頭がぼんやりして思考がうまく働かないし、体が軋むように痛い。
魔力の暴走が……抑えられない?
今までこんなことはなかったのに……。
「……アメリア嬢、及びナイトロード公爵家は、第三王子にして王太子となるスチュワート殿下に取り入るため未来の婚約者となるリリス嬢を毒殺しようとした。そうであろう」
「……違います」
否定するたびに息が苦しくて、頭が割れるように痛い。それでも違うと答えると、イアン枢機卿は盛大なため息を吐いた。
「今、アメリア様が婚約破棄と国家反逆罪をお認めになるのなら、一族……、妹君と弟君への処罰は差し止めて差し上げましょう」
「なっ!?」
その条件を飲む以外の選択肢がない。外の状況が全くわからないまま、この提案は危険すぎる。それでも弟妹を人質にされたら、打つ手はない。
ルイスとローザだけは守らなくては!
腹立たしいが、ディカルディオの用意周到かつ二手、三手先まで読んでいた策謀の勝利なのは認めざるを得ない。それに私は負けた。
「誓約書に誓って頂けるのなら──」
「小賢しい真似を……ですがまあ良いでしょう」
あのパーティーでの断罪から、どれだけの罠を張り巡らせていたのか。まんまとしてやられたことが悔しくてしょうがない。近年では人外貴族に対しての風当たりが強く、貴族たちの中で不満が膨れ上がっていた中で、今回の一件が起きた。人外貴族全体を叩くのに都合がいい──いや良すぎる。
邪魔な
一体いつから?
第一王子は幼少期に行方不明。第二王子のエルバート様は二年前の王太子授与式での怪我で静養していたが復帰が見込めないとなり、王位継承権を返上したのは、つい最近だった……。繰り上がりで第三王子のスチュワート様が王位継承権を得る。
おそらくここまでの筋書きを書いたのは、宰相ディカルディオでしょうね。教会は中立を貫いていたと思うけれど、宰相と手を組むことにした……あの教皇聖下が?
「さあ、サインを」
サインを強制され、震えながら名前を書き記す。既にウィルフリードの名前があることに気づき、酷く惨めで悲しかった。綺麗な字で、そこには婚約破棄のためらいも、未練もないみたい……。
パーティーのドレスや宝石は剥ぎ取られて、質素なドレスに皮の靴に着替えさせられていた。貴族専用の牢ではないところを見るに、何処までも私を貶めたいという悪意しか感じられない。
ただただ痛みに耐えて、暴走しそうになる魔力を抑え続けた。ここで魔力暴走を起こして死ねば、大勢の人を巻き込んでしまう。そうなれば残された両親やルイス、ローザに迷惑が掛かる。
家族のため、その一点だけで耐え続けた。
私が耐えた結果、あんなことになるなんて、この時は考えもしなかった。
私は──どう選択すべきだったのだろう。
***
どのくらいの時間が経過したのか分からなくなった頃、誰かに声をかけられた。
ウィルフリード様? それともイアン枢機卿?
鉄格子の向こう側に視線を移すと、そこには白と桃色のドレスを纏った少女が佇んでいた。よく見れば後ろにはスチュワート様とディカルディオの姿まである。
「悪役令嬢の最後ってやっぱりこんな感じよね! うんうん。シナリオ通りで嬉しいわ」
「ハハッ、ありがとうございます。聖女様」
その声を聞いてやっと眼前の少女がリリスだと気づく。髪の色や顔は変わっていないのだが、あまりにも雰囲気が違いすぎる。
パーティー会場までの彼女は、天真爛漫かつ淑女らしい礼節が皆無の妄想を口にする少女──といった感じだったが、今のリリスは女悪意を煮詰めたような、妖艶さと同性として非常に嫌な感じの雰囲気を纏っている。
男爵令嬢であるリリスに、あのディカルディオが頭を下げるなんて……。先ほど宰相が言っていた聖女と関係が?
「アハハ、そんなに意外? 私が宰相よりも立場が上なのは聖女であり、私の虜だから。みーんな簡単に私の物になるのよ。異性だけじゃなくて、同性だって私の作った魔導具で心を蕩けさせる。でも人外には個体差があるのがムカツクけど」
口調や話し方もまるで違う。今までの愚行は全部演技だった? 魅了か洗脳の魔導具を使って宰相や教会側を落とした?
「……それが本心ってわけ?」
「そうよ♪ ヒロインみたいな人畜無害そうな言動をしていれば、相手も隙ができてくれるから助かるの。アメリア・ナイトロード、貴女もコレクションに加えてもよかったけれど、でも残念。貴女はヒロインを貶める悪役令嬢であり、いずれ始祖だか魔王の力に食い潰されてラスボスなのだから、ここで殺しておかなきゃいけないの」
雰囲気や口調は変わったが、根本の考えは同じようだ。
アクヤクレイジョウ?
ラスボス?
リリス令嬢は元からよく分からないことをいう娘で、社交界でも浮いている存在だった。けれど、いつの間にか第三王子の恋人に収まり、荒唐無稽な未来の話を嬉々として語る。その内容そのものが不敬罪になると皆眉を顰めていたが、ここまでのことをしでかした彼女は事の重大さに全く気付いていない。
本気で自分がこの国に君臨することを疑っていない?
何なのこの自信は? 単なる頭のおかしいだけなのか、それとも──。
「ん〜。やっぱり貴女が転生者ってわけじゃない? 悪役令嬢って言葉も知らなさそうだし。そうなると、この世界のバグ? ゲームのシナリオ通りなら、第二王子のエルバートが王太子授与式で襲撃されて、片腕と片目を失い王位継承権を返上するのよ。でもーこの世界では怪我はしたけれど、静養に留めて王位継承権は維持していたでしょう?」
「……え」
「その時にルイスの双子の妹も巻き添いで死ぬの。それが見事に回避されたから、ショタ枠ルイスのキャラが全然違う重度のシスコンまっしぐらになるなんて想定外! 隠れキャラの第一王子も奴隷になってないし、何よりアメリアがスチュワートと婚約を結んでいないの! なんでウィルフリードと婚約しているのよ! だから悪役令嬢に仕立て上げるのが大変だったんだから!」
エルバート様が片腕と片目を失う?
私がスチュワート様と婚約?
意味不明な戯言だと口にしたいのに、リリスの言葉からは嘘に聞こえなかった。まるで別の世界の未来を見てきたかのように語る。
心底、気持ちが悪くて悍ましいと思った。
「……貴女の大変さなど……私が知ったことではありませんわ。ここまで国をかき乱して何を望むのです?」
「さっき言ったじゃない。もう忘れちゃったの? 逆ハーレムよ! スチュワートは攻略済みだし、ウィルフリードは攻略キャラじゃないけれど堅物すぎて時間がかかるから、ミステリアス枠の枢機卿クロードに、《銀月雨》のギルドマスター、俺様系皇太子ギルバート、あと行方不明の元第一王子ランベルトを見つけ出さなきゃ~。ああ、楽しみ♪」
耳を疑う。
自分の欲望のためだけに周辺国をメチャクチャにしようなんて、頭が可笑しいんじゃないかしら。
それとも自称傾国の美女でも目指すつもりなの?
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