第3話 黒幕と悪役令嬢2
「そんなことのために……人外貴族との関係を悪化させるなんて……」
「この世界はヒロインである私の都合の良いようにできるんだもの! 望んで何が悪いの? 逆ハーレムするためにも、人外貴族は脅威すぎるのよ。強すぎるから奴隷に身分を落としてもらおうって思うの」
「奴隷は法律で──」
「そんなの関係ない。奴隷契約すれば逆らえないし、人外貴族は見目麗しいから、観賞用でも愛玩具用でも好きにできるもの。私たち人類が人外を管理する。《従属の腕輪》を使って、洗脳後に奴隷紋章を刻み込むの。主人に手を上げれば、死よりも辛い拷問を受けさせて、心を砕く。ああ、楽しみ!」
ハァハァと荒い息を吐きながら笑うその姿は酷く歪んで見える。
この女は危険だわ。絶対に野放しにしてはいけない。鉄格子の向こうにいる彼女をなんとしても殺さなければ、この国は終わる。ううん、ルイスとローザは国一番、ううん、世界で一番可愛いもの。こんな頭の可笑しい女に目を付けられるわけにはいかない。
殺すのなら一撃。一度だけのチャンス……。
「本当はシナリオ通りに魔法学院ライフを満喫するつもりだったのに、勇者が魔王を倒しちゃうし最悪。勇者なんてゲーム設定になかったから、そう考えると彼が転生者だったのかも〜。あーあ、こんなことなら生かしておけば良かった」
「
リリスは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに満面の笑みを浮かべる。どこまでも腹立つ。
「あらー? 聞かされてなかったの? 勇者は魔王を倒した後、最寄りの集落で魔物の襲撃があって殺されたんだって。死体もバラバラにされて酷い有様だったとか〜」
勇者が私の従兄だと知っていての発言なのでしょうね! 大丈夫よ、すでにルイスとローザを貶める発言をした段階で、私の怒りは最高点に達している。これ以上燃料を投下しなくてもよろしくてよ。
「これだけ煽っても魔力暴走をしないなんて、どれだけ辛抱強いの? さっさと理性を吹き飛ばして暴れ回ってくれないと、今後の展開的に困るんだけれど」
「貴女はそんな心配しなくてもいいように──殺してあげるわ」
刺し違えてでも殺そうと飛び出した直後、背後の小窓が真昼のように輝いた。
あれは光魔法。
あの魔法の使い手は──!
「──っ!」
窓側の壁が破壊され瓦礫が崩れる中、光の矢が雨のごとく降り注ぐ。
咄嗟に反応が遅れてしまい、矢が腹部に深々と突き刺さった。動揺したせいで下手を打ったと歯を食いしばる。
「ぐっ」
「まだ話中だったか」
痛みよりも聞こえてきた声に、冷や水を浴びせられたようだった。嘘であってほしい。
彼だけは──そう願った私の願いなど簡単に砕け散った。いつものように飄々としたウィルフリード様は真っ白な翼を広げて空の上に浮遊していて睥睨する。
ウィルフリード様……が私に攻撃を?
「先程の攻撃で負傷とは、やはり腕が鈍ったようだな」
「ウィルフリード……様」
ウィルフリード様の立場上、婚約破棄はしょうがないと呑み込めた。でも、これは──無理だわ。
味方でいて欲しかった。少なくともこの女の洗脳に掛からないでほしかったわ!
「あははは! そう。その絶望した顔! 最高よ! ねえ、裏切られた気持ちはどう? 本当はウィルフリード様を骨抜きにしたかったけれど、単純な命令しか聞いてくれないの。スチュワート様も酷いと思うでしょう?」
「ああ、その通りだよ。聖女であり美しい君の命令ならどんな無理難題だって答えたくなる」
「──っ、ウィルフリード様に何を……したの……」
「リリスの《従属の腕輪》だよ。騎士団は僕の命令で装備するようにしたんだ」
「なんてことを……」
ずっと傀儡に成り果てたと思っていたスチュワートは、とんでもないことを言い出した。そういえばあのパーティーの日に、ウィルフリード様は見慣れない腕輪をしていた……あの時から?
致命傷の傷だったけれど、傷ついた部分だけ血を固めてしまえば、あと一回ぐらいは無茶ができる。すでに国家反逆罪が確定しているのだ。ここで頭の可笑しい女一人道連れにしても、問題ないわね。行動に移そうとした瞬間、リリスは更なる燃料というか爆弾を投下する。
「悪役令嬢も、人外貴族も危険分子はささっと排除しないと! だからまず吸血鬼族は一人残らず殺すことにしたの。みーんな、面白いぐらいに簡単に罠に引っかかってた。他種族で綺麗な子は奴隷にして私が愛でるんだけどね!」
「ルイスとローザに何かしたら、絶対に」
「さっきも言ったでしょう。頭悪いの? 貴女の大事な弟や妹、両親、吸血鬼一族は全て殺すよう命令したって♪ ニャハ」
「──っ!」
そう告げた後、ウィルフリード様は躊躇いなく、銀の槍を私の左肩に突き刺した。
鈍痛が走る。
「ああああああああっ!!」
「あははは、なんて声を上げるのかしら。化け物でも痛みってあるのね」
「そのようだな。家畜のような品の欠片もない声だ」
「まだ人間に近い心があるなら、アレが効くかも! ねぇ、スチュワート様もそう思わない?」
「ああ、さすが私のリリスだ!」
赤々とした炎と、焦げ臭い匂いがする。先程の攻撃でランプでも倒れたのかもしれない。
痛みで意識が途切れそうだったので、無理やり意識を保とうと、リリスに視線を向けた。いや途切れたほうが幸福だったかもしれない。
床に何か落ちた。
なに……?
視界に入った物を見て、痛みが、音が、消え去った。
時が止まる。
「……え」
見覚えのある懐中時計と、特別な青のリボン。どちらも私が弟妹に贈った物だ。見間違えるはずもない。
でも、どうして、リリスがそれを持って……。
『おねーさま』
『ねぇさま!』
可愛い、可愛い私の弟妹。私の大事な宝物。
パーティーに出ている間に、弟妹は従姉と一緒に避難していたはずだ。なのに――どうして。
「『ねぇさま』、『おねーさまっ、たすけて』て、最後まで泣きながら助けを求めていたわ。私のお人形さんになるのも拒んで生意気だったから、念入りに虐め倒しちゃった。キャハ」
「――っ、殺す!」
私の中で、何かが弾けた。
骨が軋み、神経の切れる感覚がしたが気にせず、強引に飛び出す。火矢のように解き放たれた私の体は、矢の如くスチュワートとリリスに肉薄する。
「死ねぇええ!」
「っ、きゃあ!」
「ひっ!」
血を凝固させた刃をスチュワートとリリスに向けて振り下ろす──。
ガシャンッ!!
眼前には、白銀の髪を揺らしたウィルフリード様がいた。腹立たしいほど美しい剣捌きで、私の渾身の一撃を弾く。
「ちっ!」
「まだ動けるとは、さすがだ」
「どいて」
「──っ、俺の唯一の主人のためにも、それはできない」
「────っ、あああああああああああ!」
血の刃はあっという間に砕け、凝固が解けた血は雨のように、その場に降り注ぐ。
私の刃を砕いたウィルフリード様は、躊躇いなく私の心臓を貫いた。
「がはっ」
「君は──甘いな」
ああ、そうね。
一瞬、刃が鈍ったのは、ウィルフリード様が飛び出したのを見たから。
彼に彼の守りたい者がいると、知らなければ良かった。
ああ、でも……後ろの三人は別だ。私の大切にしていた者を全て奪った者たちなど、死んでも許さない。
絶対に滅ぼしてやる!
「リリスっ!!!」
「きゃああ!」
飛び掛かろうとした直後、光の槍は私を貫き牢獄から放り出す。牢の外は断崖絶壁の谷……!
「あっ……」
浮遊から重力によって落下する刹那、リリスと目があった。
「あははっ、じゃあね〜」
絶対に許さない!!!
私の中に残ったのは後悔と殺意と激昂だけだ。どんな手を使っても、殺す。そう誓ったところで、意識が途切れた。
***
谷の深淵部は陽も当たらない。そんな場所に落下して生きているはずなんてないのに、気付けば屍の上に倒れていた。同族の屍がクッションになったおかげで死ななかったなんて……。
私たち吸血鬼族は夜目が利く。
見知った顔ばかりだ。その中にルイスとローザの姿を見つけた瞬間は、息が止まった。駆け寄ろうにも、体が動かない。「私たちが何をした!」「約束を違えた!」「復讐を!」と声が幾重にも重なって聞こえる。
悲鳴ではない。
憤怒だ。
その通りだわ。私たちは絶対に人間を許しはしない。我らの庇護を受けていた立場をあの者たちは忘れて、犯してはならない一線を越えた。
絶対に許さない。
この蛮行を許してはならない。復讐する。たとえ──人の心を失ったとしても構わない。人間の脅威に、恐怖と絶望を与える存在になってやる!
パキ……パキィン。
何かがひび割れる音?
いつの間にか右手首にガーネットの美しいペンダントが絡まっていた。
こんなもの……どこで?
ふとウィルフリード様の姿が過ぎる。
美しい宝石が砕けた瞬間、突然ある記憶が蘇る。
私自身の、前世の、ううん魂の記憶――。
ああ、そう──そうだったわ。
私アメリア・ナイトロードは――
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