お望み通り、闇堕ち(仮)の悪役令嬢(ラスボス)になってあげましょう!

あさぎ かな@電子書籍二作目

第1幕

第1話 破滅の音

「アメリア・ナイトロード、よくも未来の婚約者となるリリス嬢に酷い仕打ちをしてくれたな。公爵令嬢の立場を悪用しての所業、この場でウィルフリードに変わって婚約破棄を言い渡す!」

「きゃー。スチュワート様ステキ☆」

「フッ、これでリリス嬢が酷い目に遭うこともなくなるはずだ」

「スチュワート様。……っ、ありがとうございますぅ」

「リリス嬢!」


 この国の第三王子スチュワート様と、リリス嬢はヒシッと抱きしめ合う姿に怒りよりも呆れてしまった。

 頭にうじでも沸いたのかしら? あら大変。

 会ったこともない令嬢をどうやって傷つけるというのか。そもそもスチュワート殿下は私の婚約者でもないのに、何勝手に婚約破棄って大問題なんじゃ?


 うーん、とっても頭の痛い話なのだけれど、第三騎士団長のウィルフリード様は急な所用でパーティー参加が遅れると連絡を受けていた以上、ここで事を荒立てるようなことは極力控えたい。かといって黙っていれば肯定と受け取られかねないわね。どうしましょう。


「黙っているってことは図星ね! だいたい勇者が魔王を討伐しちゃうし! 本編シナリオが始まる前に色々可笑しいのよ! それもこれも悪役令嬢である貴女の策略なのでしょう!」

「リリス嬢、少し落ち着いて。……ああ、そうだ。せっかくだから飲み物を飲んで落ち着こうか」

「まあ、スチュワート様。なんてお優しいの!」

「リリス嬢」


 またしてもひしっと抱き合っている。

 もう帰ってもいいかしら。エルバート様を待っていたかったけれど、帰りたいわ。

 何なのかしら、この茶番……。アクヤクレイジョウって何よ?


 周囲はコソコソと何か話しているけれど、壁際にいる私には聞こえない。会場の空気も何だか妙だし……。他の人外貴族の姿がないのも引っかかるわ。


 人外貴族。

 人と異なる種族──吸血鬼族や鬼人族、獣人族、人魚族の他種族が含まれる。もっとも瘴気のある土地でしか生きられない魔族とは異なるのだが……人間にとっては魔族も人外貴族も同じって思っている。

 違和感を探ろうとした矢先、ガシャン、と硝子細工が砕けた音が会場内に響いた。


「うっ……ああっ」

「リリス!」


 リリスは口から血を流して崩れ落ち、それを第三王子スチュワートが抱きとめる。場は一気に騒然となった。治癒魔術師やら衛兵が駆けつける中、皆の視線が一斉に私に向いた。


「先ほどのワインは、ナイトロード領の物だ。どうせ全てのワインに毒でも混ぜたのだろう!」

「──っ!?」


 難癖をつけて来たのは、長い顎髭が特徴的な宰相のディルカディオだった。出たわね、タヌキ爺。周りをよく見れば人類至上主義を謳う貴族ばかりだわ。


「これだから人外貴族は信用ならなかったのだ!」

「これを機に断罪すべきだ!」

「吸血鬼の末裔にして公爵家の長女アルヴィナ・ナイトロード、今度ばかりは言い逃れはさせんぞ!」


 どうあっても人外貴族を《悪しき者》にしたいようね。本当に腹が立つ。

 向けられる敵意に毅然とした態度を貫きつつ、扇で口元を隠しながら悠然と微笑んだ。ちょっと歪んだ笑いでも、扇子に隠れてきっと見えないはず!


「そこまでおっしゃるのなら、教会の誓約書に賭けて無実を主張しますわ」

「あからさまな時間稼ぎなどで、この場を逃れようとするのか! 衛兵!」

「あら、こんなこともあろうかと教会から誓約書を発行して貰っていたのです!」


 胸元に手を突っ込んで、一枚の羊皮紙を取り出した。


「なんてはしたない!」

「どうせ偽物だ!」

「衛兵! 急いで、あの娘を捕えよ!」


 この際、破廉恥だと言われようが構やしない。衛兵たちが慌てて止めようと手を伸ばすが、床を蹴ってシャンデリアの上に飛び乗ったことで逃げ切る。危なかった!

 どうあっても現行犯として取り押さえたいようね!


 私は限りなく人間に近いが、それでもこのくらいの身体能力はあるのだ。我ながら猫のようにしなやかに動けたと自画自賛しそうになる。

 オレンジ色の光を下から浴びつつ、私は高らかに宣言する──はずだった。


 ズキン。


 強烈な激痛に足がふらつき、バランスを崩した私はシャンデリアから滑り落ちる。

 受け身を──。

 そう動こうとしたが、激痛のせいで動けない。


「アメリア!」

「──っ」


 私を抱き止めたのは、王国第三騎士団の団長であり私の婚約者──ウィルフリード・エル様だった。白銀の長い髪に、琥珀色の瞳。一対二枚の白い翼を持つ天使族だ。美しいだけではなく清廉潔白、品行方正の真面目を絵に描いた騎士の中の騎士!


 人外貴族でありながら、天使族だけは神の使いとして優遇されてきた。今もウィルフリード様に悪感情を持つ者はいない。同じ人外貴族なのに、美しい姿に白い翼があるからだとしたら狡いわ。私だって頑張れば蝙蝠ぐらいの羽根は生やせるのに、人気は皆無だ。


「心臓が止まるかと思った。どうして君は無茶ばかり……」

「ごめんなさい……」

「アメリア、君……」

「?」


 じゃら、と腕首に見慣れないブレスレットを付けているのが見えた。ウィルフリードの趣味にしてはお洒落なデザインだ。基本そういったアクセサリー系は付けないが、付与魔法とかが付いているのかしら? 珍しいわ。

 少しだけ頭の痛みが和らいだけれど、違和感が残る。


「それで、ディカルディオ殿、俺の婚約者が何をしたというのですか?」


 ゴゴゴゴッと背後から燃え盛る炎が見えそう。いつもは冷静沈黙なのだけれど、私のこととなると途端に熱血直上型になってしまう。そんなところも素敵だわ。


「ウィルフリード殿、なぜこちらに!?」

「なに、婚約者の危機に現れるのは当然だろう? それとも貴公は俺の婚約者かつ公爵令嬢にどのような理由があって『衛兵に捕らえよ』と言ったのか」

「それは……ですな」


 言い淀むディカルディオが手で口元を覆った瞬間、再び身体に激痛が走る。頭だけではなく身体中が痛い。体内の魔力が暴走しているのかコントロールが利かない。

 幼い頃に魔力が多すぎて熱を出した感覚とは違う──強制的に、──っ。

 考えが──まとなら──。


「あああああああああああ!」

「アメリア!?」


 ギュッとウィルフリード様が抱きしめてくれているのに、体がどんどん冷たく凍っていく感覚に身慄いした。

 熱い。痛い。苦しい。

 その感情が大きく揺れ動き、私の背中から漆黒の蝙蝠の羽が生じた。

 そこからは曖昧で、風を切る音の後にガラスが砕け散って、悲鳴と怒号。


 朦朧とした意識に中で、傷だらけのウィルフリード様に抱き寄せられた私は、ディカルディオが下卑た笑みを浮かべている姿を最後に、意識が途切れた。

 ウィルフリード……様。



 ***



 次に目覚めた時、長い黒髪、黒縁眼鏡をかけた、いかにも真面目そうな男が司祭服姿で立っている。

 私は……?


「公爵令嬢アメリア・ナイトロード。第三王国騎士団団長ウィルフリード様より婚約破棄の書状を預かってきた。速やかにサインをしていただけないだろうか」

「──っ」


 神殿の独房で目を覚ました直後、黒髪の男イアン枢機卿は静かに告げた。


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