KAC20243 箱
だんぞう
箱
「姉貴、これどこ?」
「あっ、その辺置いといて!」
それが、箱に関する恐らく最初の記憶。
引っ越し中は忙しくて気にも留めなかったが、見覚えのない白い箱。
持ってきたつもりはないから、もともとこの部屋に置かれていたものだろうか。
でも荷物を運び込み始めたときはなかったような?
材質は分からないし、継ぎ目もない、細長い箱。
手触りはプラスチックっぽくもあり、硬質ゴムのようでもあり。
長さと大きさは、短い蛍光灯でも入っていそうなくらい。
そして振ると微かに音がする。
たくさん振ると気持ちが悪くなる。
謎解きよりも眠気を優先して、その日は寝た。
翌朝、箱が増えていた。
今度のは形が違ったが、昨日のと色も材質も同じ。形だけが違う。
大雑把に言うと、かなり太めの「L」に近いのだが、もう少し細かな凹凸がある。
とは言っても曲面はなく、あくまでも長方形だけを組み合わせている。全ての角が直角で構成されている。
昨日のと並べてみたものの、増えたという気持ち悪さ以外に何もわかることはない。
それよりも私にはやらねばならぬことがある。
そう、大量のダンボール箱の中身を出して片付けること。
謎の箱に現実逃避せずに片付け作業に没頭していたら、あっと言う間に日曜が終了した。
謎の箱のことはすっかり忘れていた。翌朝目覚めるまでは。
また箱が増えていた。
今日のは細身の「し」みたいな感じ――なんだけど、出勤日の朝にそんなことに構っていられないので無理やり忘れて出社して、あとはもう仕事でいっぱいいっぱい。
コンビニで夕飯買って帰宅して、改めて三つの箱と向き合った。
これ、何なの?
何かの部品?
だとしても、朝になると増えてるという気持ち悪さがどうしても先に立つ。
初日や二日目は忙しさの中で、自分でも気付かずにどっかから動かしたのかも、なんて自分を騙していたけれど、さすがにもう限界。
まさか私が寝ている間に侵入者が?
引っ越してきたばかりだっていうのに、泣きたくなる。
「ああ! もう!」
「し」の箱をつかんで近くのダンボール箱へと投げつける――途端に急な腹痛。
まだ暖かいコンビニ弁当を冷蔵庫に放り込んで、その日はそのまま寝てしまった。
次の日の朝、やっぱり箱が増えていた。
今度は全体的には長方形に近いんだけど、やたらくねくねした箱。絶対に展開図を作れないやつ。
3Dプリンターで作ったのかな?
直線のと極太「L」と「し」と今回のブロックで作った白子みたいなのと全部で四つをテーブルに並べる。
どれも中には何か入ってそうな音がするが、開け口は見つからない。
遅刻リミットが近づいたので放置して出勤。
昼休みに不動産屋に問い合わせてみたが、なに言ってるのコイツ、みたいな反応だった。全く伝わってない感じ。
ただ、鍵は退去のたびに毎回取り替えている、ってのはやたら強調された。
逆に怪しいくらい。
帰宅して、昨日のコンビニ弁当を温め直して食べる。
謎の白い箱を眺めながら。
本当に何なの?
頭の中がグチャグチャして食べた気がしない。
友人何人かに相談したら、家が近い一人が今夜泊まりに来てくれるという。
他人事の好奇心なんだろうけど、今はそういうのでもありがたい。
「ごめんねー」
「いーのいーの。あたし明日休みだし」
そう言って友人はテーブルの上、白い箱の横に笑顔で缶ビールを並べ始めた。
何はともあれ乾杯をする。
「気持ち悪いでしょ?」
「でもこれ、パズルっぽくない?」
「パズル?」
「ほらここ、はまりそう」
友人は直線を極太「L」の端にはめた。
確かにしっかりはまる 。
「こっちはこうじゃない?」
極太「L」の逆側の端に「し」をはめた友人は今年一番のドヤ顔。
「出現した順番に連結できる感じじゃない?」
どうして今まで気付かなかったんだろう。
その夜は遅くまで飲み明かし、朝まで起きていようねって言っていたのにいつの間にか寝てしまっていた。
朝の光が眩しい。
ハッと飛び起きると、最初に目に付いたのは友人の神妙な顔。
「おはよ」
「ごめんね、私寝ちゃって」
「あんた、自分で出してたよ」
「へ?」
「あたしもウトウトしてたから確実じゃないんだけど、あんた寝返りうって、こっち向いたときには新しい箱握ってて、自分でテーブルの上に置いてたの」
「嘘っ?」
「嘘、じゃないの。もう変なドッキリしかけてきてさぁ」
「ドッキリじゃないよ。私本当に記憶になくて」
「でも実際、あんたが出したんだってば」
テーブルの上に無造作に置かれた今日の箱を見つめる。
昨日のと似ている。四角くくねっていて。昨日のがくねくねって感じなら、今日のはくねーくねーって感じ。
「新種の夢遊病なんじゃない?」
「……病院行こうかな……」
しょげている私とは対照的に友人は白い箱パズルに夢中。
「あっ! ほら、今日の箱、ここにはめると……何かに見えてこない?」
確かに見えた。
人体の内臓模型みたいに。
「明日の朝、大腸みたいな箱が出てきたらビンゴっしょ!」
友人は嬉しそう。私は気持ち悪さしかないのだけど。
箱がパズルだとしても、どうして毎朝一つずつ現れるのか一切不明なまま。
友人には申し訳ないけど、帰ってもらった。
私はその日、仕事を休んで病院に行った。
白い箱パズルについては撮影して鍵垢で尋ねてみたりもした。
結果から言えば何もわからないまま。
ああもう、苛つく。
ちょっと不貞寝したつもりが、翌朝になっていた。
白い箱は増えていて、友人の予言通り大きな「コ」の形。今は大腸にしか見えないけど。
ただ唯一、今までと違うところがあった。
「コ」の最初の角のあたりが黒ずんでいるのだ。
まるでカビたみたいに。
真っ白なだけでも不穏だというのに、この黒は何だか見ているだけで気が滅入る。
私はようやく棄てる決心をした。
家に置いておきたくなかった。
ゴミの日じゃなかったけど、私は箱を持って外へ出た。
材質はわからないけど燃えそうな気がしたから、燃えるゴミの袋に入れて。
どこか棄てられる場所はないかと歩き出したが、思ったより箱が重たいのが気になり始める。
まるで箱が棄てられたくないと駄々をこねてでもいるかのように、じわじわと重さが増してゆく。
とうとう持っていられなくなって、私は道端に座り込んだ。
それはスローモーションで見えた。
傍らに置いた箱パズルが安定せずにゆっくりと車道側へ倒れるのを、そしてその上を車が通過するのを。
直後に猛烈な激痛。
気がつくと私は入院していた。
母が泣きじゃくっていた。
私の内臓が潰れているとか、大腸に癌も見つかったとか、なんだか色々と言われたけど、しんどくて、また目を閉じた。
<終>
KAC20243 箱 だんぞう @panda_bancho
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