僕じゃ足りない

ナナシリア

僕じゃ足りない

 受験。


 当然のことながら、受かる人もいれば落ちる人もいる。


 だから、自分が「受かる人」の枠に入り込むために、努力を重ねる。


 隣の彼女だって、それは変わらない。


 斎藤いつき。


 クラストップの学力を持ち、学年でも上位に入る秀才だが、その学力は才能から来たわけではない。


 彼女の特長は、たゆまぬ努力。


 継続は力なりとはよく言ったもので、彼女の学力の根源を示すのにはその言葉が最適だ。


 彼女の努力が向けられる対象は勉強だけではない。


 部活や、日頃の人間関係にさえも、比類ない努力をする。


 僕にとって彼女は、憧れ――


「どうしたの、有田」


 大きな取り柄があるわけでもない僕にさえも、ふんわりと微笑みを向ける。


「いや、なんでもない」


 彼女より数段落ちる学力。


 部活には所属していない。


 友達が多いわけでもない。


 それでも、彼女と僕の戦うフィールドは同じ。


 県立海神わだつみ高校。県で二番目に偏差値の高い公立高校。この周辺では、トップ。


「お互い、頑張ろうね!」


 彼女は笑顔でそう言う。


 僕は、どの高校でもいいと思っていて、でも彼女はそうじゃないはずだ。


 釣り合ってない。


 僕と斎藤さんだと斎藤さんの方が受かりそうだし、受かりたいという気持ちが強いのも斎藤さんの方だ。


 受かるべきなのも、当然斎藤さんだ。




 結果発表。スマホから、個別に合否が知らされるページへアクセスする。


『おめでとうございます。あなたは入学許可候補者の資格を得ました』


 回りくどい説明。友達と話すときも、私立の合否発表のときも、合格不合格で表現していたから、一瞬戸惑う。


 しばらくその画面を眺めていると、ゆっくりと脳が働きだし、意味を認識する。


 僕は、受かってしまった。


 喜びの気持ちよりも先行して、斎藤さんはどうなのかということが気になる。


 だが少し考えて気づく。僕が受かって斎藤さんが落ちるなんて、そんなことあり得ない。


 僕は思考を放棄した。




「有田、おはよ」


 彼女の笑顔がいつもより少しだけ薄い。


「おはよう、斎藤さん」


 もしかして、という気持ちが脳裏を過り、心臓の鼓動がはっきりと感じられる。


 僕は彼女に合否を尋ねようとして、やめた。


 もし万一にも彼女が落ちていたら、僕はどんな顔をすればいいかわからない。


 先生も言っていたし、学校ではできるだけ合否の話題は避けよう。




「そのくらい訊けばいいじゃん」

「いや、話聞いてた?」


 僕がこれまでの要点を説明すると、友人は適当な感じで言った。


「でもさ、いつきは落ちてたとしても優しく話してそうじゃん」

「そういう問題じゃないでしょ。斎藤さんが傷ついてるかも」

「じゃあ俺が訊いとこうか?」

「それは駄目」


 彼は唇を尖らせる。


「なんでだよ」

「君は僕よりもデリカシーがない。不安だ」


 ただ、斎藤さんが受かっているのかどうかという些細なことがとても気になるほど、受験が終わったあとというのは暇だった。僕はたいした受験勉強はしていないけど。


 それで斎藤さんに合否を訊こうか検討していたのに加え、友人の言葉に悪い意味で背中を押されてしまい、僕は行動に踏み出した。


「斎藤さん」

「なに?」

「言いづらければ答えなくてもいいんだけど、海神受かった?」


 言ってから、答えないってことは落ちたのとほぼ同義じゃん、と心のなかで気づく。


 幸い、斎藤さんがそれを気にした様子は薄かった。


「わたしは、落ちちゃった。だから、私立に行くことになるね……」


 僕は息が詰まるような思いだった。


 斎藤さんが落ちるなんてあり得ないと怒る? でもそれは僕がやるべきことじゃない。偉そうにするな。


 残念だったねって同情……論外だ。僕は受かった側で、そんなことをすれば煽っているのと同様じゃないか。


 なにをしても、上から目線か、勝者の余裕。


「せっかく斎藤さんみたいな人が受けてくれたのに、海神高はそれを取り逃したのか……」


 捻り出した言葉が正しいのか間違いなのか、僕には判断がつかなかった。


 ただ、斎藤さんは悲しげに笑う。


「わたしは試験で負けてるんだから、海神高には必要ない人間だよ」


 そんなことはない。


「僕だって、試験ではたまたま勝っただけ。僕の方が不要だ」

「そんなことない」


 斎藤さんは、過去にないほど真剣な顔をする。その圧に、僕は一歩下がった。


 僕は、自分はいらないと思っているが、斎藤さんの圧に、不本意ながら僕は言い直す。


「僕より斎藤さんの方が必要、って表現が近いのかも」


 斎藤さんは目を伏せた。


「わたしの分まで、頑張って」


 斎藤さんはゆっくりと立ち去った。僕は動けない。


 その心がなにを思っているのか、僕にはわからない。


 ただひとつ言えるのは、斎藤さんの分まで頑張るには僕では足りないということ。


 僕にできるだろうか。


 顔を見上げる。


 斎藤さんに隠れていた窓の外が眩しい。


 その空は、腹立たしいほどに青く透き通っていた。

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僕じゃ足りない ナナシリア @nanasi20090127

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