おくりもの

鈴木 正秋

 

「宅配便です」


インターフォン越しで配達業者が満面の笑みを浮かべている。

私は印鑑を片手に玄関を慌てて出て、段ボール箱の伝票を見ると、小さくため息を吐いてしまった。


まただ、と思いながらも、配達業者は悪くないため、こちらも笑顔で応えて荷物を受け取った。

ずしりと重い箱を玄関に置き、大きく息を吐いた。運動をあまりしないアラサー女性の私には重労働だ。


そして、箱の上に貼られた伝票をじっと眺めた。ご依頼主の欄に母の名前が書かれている。


もう母は亡くなっているというのに。


こういうことが起きるのは三回目だ。一周忌と三回忌、そして七回忌の今日だ。

家の外ではセミの声が騒がしいはずなのに、私の周りだけ何も音が聞こえない気がした。もし一周忌と三回忌と箱の中身が同じなら、きっとあれが入っている。


息を整えて、箱の口を閉じているガムテープに手をかけた。そして、勢いよく引っ張り、箱の中身を開放すると、一気に辺りが優雅な薔薇の香りに包まれた。


やっぱりあれか。

と、口に出す間もなく、突然意識を失って、段ボール箱に引き詰められた黒い薔薇の中に頭を入れてしまった。


****


これは母の呪いだ。

私が幼い頃からずっと母は、父から精神的なDVを受けていた。


母が専業主婦なのに一人じゃ何もできないことを父が家族全員の前で嘲笑したり、母の料理がまずいと簡単に捨ててしまったり、母が父の浮気を疑った時には「話しかけるな!」と父が逆切れを起こしてしまったりしていた。


私は怖くて見ることしかできなかった。


東京の大学に進学すると同時に、私は家から逃げるように一人暮らしを始めた。両親と兄、弟を家に残して。

私が家を出てから数か月後、限界を迎えた母が無理心中を図った。


『それだけじゃないでしょ』


真っ黒な世界の中で母の声が聞こえた。

私は母の姿を探そうと、首を振ったが、どこにも見当たらない。

だが、はっきりとした母の声で、私の耳元で囁いた。


『あなたも笑っていた』

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