黒い箱・惑星・新ビジネス
蒼井シフト
黒い箱・惑星・新ビジネス
「はぁ。疲れたな」
独り言ちながら、俺は宿舎に入った。小脇に抱えた黒い箱を下ろす。
惑星ファルサングの周辺で、宇宙船のサルベージをやっている。2週間ぶりの休暇で地表に降りてきた。空気があるのは、ほっとする。
ほっとはするが、この惑星には、何もない。
太古の昔、ここで大きな戦争があったからだ。惑星は高温焼却で「平坦化」された。あらゆる動植物が死に絶え、融けて固まった大地がどこまでも続いている。
惑星の周りに漂う宇宙船の残骸が、俺たちの飯の種だ。しかし、大半を占める戦闘艦は、完膚なきまでに破壊されている。集めた船殻を資源ごみとして売却するが、実入りは少ない。
そんな残骸の中で拾ったのが、この黒い箱だ。
用途は不明。装飾もない。扉が1つ付いている。
気になったのは、天板に描かれた、文様のようなものだ。白い線がくねくねと続いている。文字かと思ったが、該当する言語はないと社長が言っていた。
酒を飲みながら、箱を眺め、それからふと思い立って、白い文様を指でなぞってみた。始めると、途中でやめるのが妙に悔しくなって、最後までなぞった。
「うぉっ」
ちょっと声が出てしまった。黒い箱の表面で、明かりが点滅したのだ。
「なぞるだけで良いのか。暗号とかパスワードとかではなく? ふーむ、『唱えよ、友』って感じだな。人間、素直なのが一番だぜ」
扉を開けると、中がライトで照らされた。
これはいったい何なんだ?
「電子レンジとしか思えんな・・・」
試しに、食いかけのレーションを入れてみた。
扉を閉める。何も起こらない。
ボタンの類を探すが、何もない。
「壊れてんのかな」
探求にも飽きた。スマホを取り出し、娯楽チャネルを眺める。
時刻が真夜中になった時。いきなり黒い箱がぶぅぅん、と唸り出した。扉の中でライトが点灯している。なんだ? 温める気になったのか?
唸り声と振動は、5分経っても収まらなかった。おいおい、これっぽっちの量で5分もかかるなんて、うちのレンジよりひ弱いぞ。何やってんだ。思わず毒づいても稼働は止まらない。
10分後。まだぶんぶん鳴っている。
待ちきれずに扉を開けた。すると警告音が鳴り響いた。ビービーと耳をつんざくような音量で喚いている。途中で止められないらしい。扉を閉めると警報は止んだ。
15分後、ようやくチーン、という音がした。
扉を開けて、俺は、凍り付いた。
レーションが、2つになっていた。
**
増えたレーションは、元のレーションと全く同じものだった。未開封の新品、ではない。食べかけのマッシュポテトも、その上にかけたソースが流れるさまも、樹脂製フォークの刺さり具合まで、寸分違わない。
味も香りも、同じだ。
もう一度試そうと思って、なぞったり叩いたりしてみたが、動かなかった。
**
翌日の真夜中、黒い箱は再び起動した。今度は30分ほどかかった。入れたのはスマホ、缶詰、ビール。どれも見事に複製されていた。精密機械であろうと、液体だろうと関係ないらしい。
咄嗟に考えたのは、金を増やすことだった。だが、電子通貨の残高は、銀行ネットワークに保存されている。端末やカードを複製しても、俺の金が増えることはない。
そうなると、金目の物を増やしてみたい。
1日に1回しか起動しないのが、惜しまれた。作動原理も、どんなエネルギーで動いているのかも分からないが、この箱が百個くらいあれば、荒稼ぎできそうだ。
3日目。思い立って、稼働中に扉を開けてみた。警告音が鳴り響く。しかし、稼働は止まらない。このままにしたら、何が起こるんだ?
固唾を飲んで見守るが、煙や火が出ることはなかった。
1時間たっても警告音は鳴りやまなかった。寝て待つことにした。
さすがにこの大音量では眠れない。幸い、この惑星で雨はめったに降らない。俺は毛布を持って、宿舎の外で寝た。
朝になると、警告音は鳴りやんでいた。
部屋の中を覗く。
黒い箱自体が、2つに増えていた。
**
扉が開いていると、中身ではなく箱自体が複製されるようだ。
よし。この調子で、まずは黒い箱を増やそう。
そう思っていたら、スマホが鳴った。社長からだった。
サルベージ仲間は、社長と俺しかいないけど。
「ちょっといい? 客船が見つかった。サルベージ頼める?」
「すぐ行く!」
黒い箱を宿舎の外に出した。戻る頃にはこの平原一杯に増えているだろうか? 楽しみだぜ。
**
客船は、恒星系の外縁部にあった。惑星ファルサングからは大分離れている。
戦闘艦と違って、エンジン以外は破壊されていない。乗員乗客は一人残らず連れ去られているが、貨物は手つかずで残されていた。命以外には興味がない、という、いかにも帝国らしい仕打ちだった。
裕福な人々が乗っていたらしく、値の張りそうなものが多数あった。残されたデータも貴重だ。社長と手分けして、慎重にサルベージする。一通り回収した時には、2か月が経過していた。
売却益を想像して、鼻歌を歌いながらファルサングに戻る。
惑星の地表は、黒い箱で埋め尽くされていた。
**
詰問され、黒い箱が倍になった経緯を話すと、彼女は「馬鹿なの君は!」と呻いて頭を抱えた。
「50日で、1千兆個を超えているよ。今日、また倍になる。扉を閉めて回るのは、無理だね」
「すまん」
「いいよ。惑星自体は何の金にもならないから。落ち着いて寝れる宿舎がなくなったのは残念だけど」
**
その後も、外縁部でサルベージを続けた。他にも客船があったからだ。惑星が亡びる時に、金持ちが財産をもって逃げ出したのかもしれない。
2か月ほどたって、ファルサングの公転軌道に戻った。集めておいた資源ごみを回収するためだ。
「おい、見ろ!」
彼女がスクリーンを指さす。黒いものに覆われた惑星の表面が、急に大きく陥没した。陥没がみるみる広がる。惑星そのものが小さくなる。
「爆縮だ!」
増殖する箱の重みが、ついに限界を超えたのだ。自分自身の重みを支えられなくなり、中心核に向けて崩壊する。崩壊した先では、更に重力が増して・・・
俺たちは、大慌てで逃げた。
惑星はブラックホールになってしまった。
**
宇宙船の残骸が、ブラックホールに吸い込まれていく。
「申し訳ない」
これでは商売あがったりだ。俺がうなだれていると、
「いや、これはチャンスだ!」
社長は目を輝かせて言った。
社長が新しい仕事を始めた。
「産業廃棄物でも何でも捨てます!」
という事業だった。
商売になるのか? と思ったが、意外にも反響が大きい。
当社指定の箱に入れて送ってもらうのだが、黒い箱が続々と届く。
俺は、それをせっせとブラックホールに放り投げる毎日。
**
ある日、届いた黒い箱の中から、音がした。
ごとん、ごとん。
耳を付ける。声は聞こえない。壁に体を打ち付けるような音と、うめき声。
俺は、箱の蓋をあけようとした。
「やめて」
女社長が銃を突き付けてきた。
「ようやく軌道に乗った商売を邪魔する気?
うちの売りはね、預かったものの中身は見ない、なの。
捨てたものは、二度と日の目を見ることはない。それがお客様の期待。
大事なお客様の信頼を、裏切るわけにはいかないのよ」
「でも、中から声みたいなものが」
「どうしても気になるなら、一緒に落ちてもらうわ。
『事象の地平線』の先で、確かめてみることね」
ごとん、ごとん。
訴えかけるように、箱の中の物音が続いた。
俺は、どうすべきなのか!?
黒い箱・惑星・新ビジネス 蒼井シフト @jiantailang
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます