11 悪の破滅(ざまぁ回)

 フォーナインは交渉の末、とうとうノースエランスの土地をすべて手に入れてしまった。

 そして、デジャヴのような光景が繰り広げられる。


「じゃ、じゃあフォーナインさん、我々はこれで……! 我々がいなくなることは、しばらくご内密にしていただけると……! それじゃ、毎度どうも……!」


 逃げ出す準備を整えたドンスラーとゴロツキたちは馬車に乗り込むと、ペコペコ頭を下げながら走り去っていく。

 ゴロツキトリオはレイド人材派遣が所有する土地を勝手に売り、30億を着服して逃げ出した。


 世界に名だたるレイド人材派遣から土地を取り戻すのは、正当な方法では不可能に近い。

 そのことを、記憶を取り戻したフォーナインはよく知っていた。

 だからこそ魔力にものをいわせ、ドンスラーが裏切るように仕向けたのだ。


 レイド人材派遣のノースエランス支部にはまだ職員が残っているのだが、完全にほったらかし。

 彼らが追い出されるのは時間の問題。いやむしろ、ノースエランスからレイド人材派遣が駆逐されるのも、もやは確定事項だろう。


 ゴロツキトリオを見送ったあと、フォーナインはさっさと歩きだす。

 スカイは「あ……あの……」と口を開こうとしたが、慌てて後を追った。


「どちらに行かれるのですか?」


「町長を探しに行く」


 それからふたりは街の人たちに聞き込みをして、街のはずれにあるちいさな一軒家を訪ねていた。

 出迎えてくれたのは、初老を迎えつつあるひとりの男。彼こそがノースエランスの前町長であった。


「あなたの家を探している途中で、街の人たちから事情をすべて聞いた。ドンスラーはあなたを騙して不正に土地を取得した挙句、町長の座まで奪ったそうだな。あなたはいい町長だったそうだから、またやってほしい」


 フォーナインから淡々と用件だけを告げられたあと、新町長は街の広場に引っ張り出される。

 まだ実感がわかないまま壇上から魔導拡声装置を使って、街の人たちに就任演説をしていた。


『えーっと、こちらにいるフォーナインさんの尽力で、私がまた町長をやることになりました』


 何事かとまわりに集まっていた人々は半分以上がマギアフレール人だったので、抗議の声があちこちから起こった。


「なにを言ってるんだ! この街の町長は、レイド人材派遣のドンスラー様だろ!」


「そうだそうだ! この街の土地をすべて所有しているレイド人材派遣の許可なしで、町長変更ができると思ってるのか!」


 町長を守るように、隣にいたフォーナインが前に出る。


「この街の土地なら俺がぜんぶ買った、だから町長の任命権は俺にある」


 ビジネススーツ姿のスカイが出てきて、胸にしっかりと抱えていた封筒から土地の権利書を取りだし、高く掲げる。

 さらなるざわめきの中で、フォーナインは宣言した。


「この街は、アルコイリスにあるべきふさわしい姿に生まれ変わる。まずそのために、アルコイリス人の地代は0とする」


 これには、アルコイリス人たちは歓喜の声をあげる。


「ほ……本当ですか!? いままでの地獄みたいな地代が、ほんとうにゼロに!?」


「や……やった! うちは地代が払えなくて、来月出ていくところだったんです!」


「ありがとうございます! これで、商売が続けられます!」


 フォーナインはうむと頷き返し、今度はマギアフレール人たちのほうを見た。


「そしてマギアフレール人の地代は、いまの100倍とする」


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 それはまさに阿鼻叫喚だった。


「ふ……ふざけるな! 100倍の地代なんて払えるわけないだろう!」


「無理に払う必要はない、出ていく自由はある」


「そんな横暴な!? 私たちは、ずっとこの街で商売をしてきたのよ!」


「ならば、お前たちよりずっと前にこの街で商売していたアルコイリス人たちを呼び戻すことにしよう」


「なだそりゃ!? 自分たちだけ幸せになりゃいいってのかよ!」


「自らの幸せなくして、他人の幸せはありえない」


「さ……最低だ! アルコイリス人はみんな死ねばいいんだ!」


 マギアフレール人たちはいまにも暴徒と化さんばかりの勢いで、壇上に殺到する。

 しかしフォーナインは一歩も退かず、手厳しい一言を放つ。


「お互いの尊重なくして、共存はありえない。ダニと共存したがる人間がいないように」


「なっ……!?」と絶句する彼らに向かって、フォーナインは北の方角を指さした。


「お前らの宿主は祖国だ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 暮れなずむ街は、よりいっそう慌ただしくなっていた。

 ドンスラー失踪のニュースが流れたことで、アルコイリスの人々がさらに勢いづき、レイド人材派遣の支部から職員たちを叩き出していた。


 この街のアルコイリス人たちの不満は相当なものだったのであろう。

 彼らの迫力に恐れおののいたマギアフレール人たちはみな夜逃げの準備に大忙し。


 その様子を、街の大通りから眺めるフォーナイン。

 スカイはすっかり秘書気分で、社長がなしえた一大事業を讃えていた。


「お疲れ様です。そして、おめでとうございます……。あ……いえむしろ、ありがとうございます……。この街を、取り戻してくださって……」


 彼女は抱えていた書類袋を、たまらない様子でぎゅっと抱きしめる。


「でも……どうしてなのですか……? 30億もの魔力を使うナイン様は、自らの魂を削っておられるようでした……。そうまでして、なぜこの街をお救いくださったのですか……?」


 フォーナインはひと息ついて、声のほうに視線を移す。

 そこには潤んだ瞳のスカイが、すでに心を半分盗まれたお姫様のように立っていた。


「それは俺が望む以上に、スカイがそう望んでいると思ったからだ」


「えっ……?」


「スカイは俺を必要としてくれた。そして俺に居場所をくれた。だから俺は、この力を全力で貸すことに決めたんだ。俺は、幸せにしたい。将来スカイが治めるこの国と、ここにいる人たちを。……もちろん、スカイもいっしょに」


 その真摯なる一言は、お姫様の心をすべてかっさらうのにじゅうぶんな威力があった。


「な……ナインさまっ……!」


 スカイは真珠のような涙を浮かべながら、フォーナインの胸に飛び込んだ。


「ありがとうございます、ありがとうございます……! でも、ご無理はなさらないでください……! 不正に取得した土地に、30億もの魔力を使うなんて……!」


「それなら大丈夫だ。もうぜんぶ回収した」


「えっ」


 思わぬ一言に、涙も速乾したような顔になるスカイ。


「えっ……ええっ? それは、どういう……?」


「俺には、与えた魔力を回収するスキルがあるんだ」


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 暗くなっていく森の道を、一台の馬車が追い立てられるように走っていた。

 御者席には4人の男たちがひしめきあっている。


「急げ急げ! 今夜のうちに少しでも、アルコイリスから離れるんだ!」


「しかし腹が減ったなぁ! なにか食うものはねぇのか!?」


「おいパン屋! お前、パン持ってねぇのかよ!?」


「すいません、バタバタしてて、食べものはなにも……!」


「チッ、使えねぇやつだな! せっかく乗せてやったってのに!」


「忘れんなよ! お前が、あの物乞いから奪ったっていう300万は山分けだからな!」


「も……もちろんです! 安全な場所に着いたら、かならず……!」


「「「「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」」


 突如として馬車が横転。4人のゴロツキたちは悲鳴のカルテットを響かせながら御者席から投げ出され、地面に叩きつけられる。

「いてて……」とうずくまっている間に、馬は横になった馬車を引きずりながら走り去っていった。


「しまった、馬車が……! でも、なんでいきなり……!?」


 その疑問に答えを出すかのように、彼らのまわりを影が取り囲む。

 闇より深い色の黒装束に身を包んだ彼らは、逢魔が時が遣わした魔物のように不気味な佇まいをしていた。


「な……なんだ、お前らは!? ま……まさかっ!?」


「あなたたちは……! レイド人材派遣の、始末屋……!?」


「ゆ……許してください! ほんの出来心だったんです! このドンスラーに脅されて、しかたなく……!」


「なっ、貴様っ!? ど、どうか許してください! そうだ、魔力なら差し上げますから!」


「わ、私も! 3000万ありますから!」


「パン屋、テメェ!? 300万じゃなかったのかよ!?」


「うるさいっ! これをぜんぶ差し上げますから、どうか命だけは……!」


 ドンスラーとパン屋は肌身離さず持っていた水晶板を操作し、中にある魔力の量を見せようとする。

 それを差し出せば、非情なる始末屋から見逃してもらえると思っていた。


 しかし、見るたびに頬が緩んでいたほどの数字がついさっきまであったのに、いまはどこにもない。

 水晶板に残されていたのは、ひとつの0だけであった。


「えっ……えええっ、なんで!? なんで魔力が無くなってるんだ!?」


「く……くそっ! あの物乞いがペテンにかけやがったんだ!」


「わ……私たちは騙されたんです! すべては、あの物乞いが……!」


 ゴロツキたちは泣きすがったが、始末屋たちはなにも答えない。

 ただ、光だけが一閃する。


「「「「うっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」」


 消えゆく夕陽が最後にひときわ強く輝くように、道はさらなる赤さに染まった。

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無限の魔力を持つ元社畜、魔力が通貨の世界で無双する 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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