10 無限の買収

 それから一同は、孤児院の裏庭にて昼食とあいなった。

 アンはこの孤児院の庭で採った、タンポポで作ったお茶を出してくれる。


 フォーナインはこれまで、数え切れないほど目にしてきた。


 村に立ち寄った権力者たちに、貧乏ながらも心づくしとばかりに野草を使ったお茶を振る舞う村の者たちを。

 しかし権力者たちは雑草を飲ませるなんてとまず怒り、そして欠けた器にも親を殺されたかのごとく怒り、村長を口汚く罵った。


 彼女はその権力者のなかでも頂点に位置するはずの人物なのに、彼がいままで見てきた反応とはどれとも違っていた。


「タンポポのお茶は初めて頂いたのですが、とっても美味しいですね。それにこうやってお外でお食事をいただくのは初めてです。賑やかでとっても楽しいですね、うふふふっ」


 スカイは上品な手つきでパンをひと口サイズにちぎり、小さな子に「あーん」と食べさせてやり、また自分も大きな子に食べさせてもらって、輪の中で微笑みあっている。

 こんな権力者がいるのかと、フォーナインは人知れず脳を揺さぶられるようなショックを受けていた。


「ところでアンさん、あのレイド人材派遣の方々は、いったいなんだったのですか?」


 スカイが話題を変えると、アンはパンを食べる手を止めて答えた。


「レイド人材派遣は、この街の土地を管理しているんです。それまでは土地は町長が管理していたのですが、その町長がとつぜん、レイド人材派遣のドンスラー様というお方に代わって……。地代がいきなり10倍になってしまったんです……」


「そんな、10倍なんて……!?」


「この孤児院はまだマシなほうで、大通りの店は50倍もの地代を請求されていました。そのせいでアルコイリス人の店はなくなり、マギアフレール人が経営するお店だけになってしまったんです……」


「え? 場所で地代が変わるのはまだわかりますけど、まさか……!」


「そうです、ドンスラー様は人種によって地代を変えているんです……」


「そんな、ひどすぎます!」


「もちろん、抗議しました……しかし人種による地代の変更は違法ではないと言われてしまって……。衛兵たちもドンスラー様の言いなりで、なにもしてくれないのです……」


「事情はわかりました! では、わたくしも抗議をいたします! ナイン様も……あら? どうされたのですか?」


 フォーナインはいつの間にか食卓から立ち上がっていた。


「ちょっと出かけてくる」


 それだけ言ってフォーナインは裏口から出ていったのだが、そのあとをパタパタと足音が追いかけてくる。


「お待ちください! どちらに行かれるのですか?」


「このちょっと叩き潰しに」フォーナインは振り向きもせず答えた。


「でしたらわたくしも、ご一緒させてください!」


「危険な目に遭うかもしれない。すぐに戻ってくるから、スカイは孤児院で待っていてくれ」


「そんなこと、おっしゃらないでください! ナイン様が危険なことをいたすのでしたら、ぜひわたくしも!」


 フォーナインは歩みを止めて尋ねる、「なぜだ?」と。


「当然です! わたくしはアルコイリスの王女なのですから! この国で苦しんでいる方を助けようとしている時に、自分だけ安全な場所にいるわけにはまいりません!」


 その真摯なる一言は、フォーナインの脳をさらに震撼させた。

 勇者パーティにいた頃の、上司の一言がフラッシュバックする。


『お前らはドラゴンのブレスが尽きるまで、オトリとなって焼かれ続けろ! そうすれば、勇者様たちが安全に戦えるようになるんだからな! さぁ行け、ここで逃げるようなヤツはどこに行っても通用せんぞ!』


「お願いします、ナイン様!」


 スカイに物理的に揺さぶられ、ハッと我に返るフォーナイン。

「好きにしろ」とだけ言って、ふたたび歩きだす。


「あ……ありがとうございます! 足手まといにならないように、がんばります!」


 スカイはフォーナインの行く先にちょこまかと先回りしながら、「えいっえいっ」と拳を突き出していた。


「そういえば、ナイン様はお強いですよね?」


「そうか?」


「はい、とってもお強いです! だってあんなに大きな殿方おふたりを、メッってやっつけてしまうのですから! なにか武道でもなさっていたのですか?」


「なにも。でも、自然と強くもなる。マギアフレールではF型は歩く盾と呼ばれていて、モンスターとの戦いではいつも最前線に行かされていたからな」


「えっ……? 魔蓄さんなのに、前線で戦っておられたのですか……?」


「そうだ。さぁ、着いたぞ」


 フォーナインは大通りの中心にある、3階建ての大きな建物の前で立ち止まる。

 正門のプレートには【レイド人材派遣 ノースエランス支部】とあった。


 ここまでほぼ迷わず歩いてきたことに、スカイは小首を傾げる。

 その仕草はあまりにも可憐で愛らしく、通りすがった者たちがドキッと頬を染めるほどであった。


「こちらの場所をご存じだったのですか?」


「いや、レイド人材派遣はどの街でもかならず中心地にあるんだ。人通りのいちばん多いところで、アレを探せばいい」


 フォーナインが指差す頭上を、スカイは首をあげるだけでなく背伸びまでして見上げる。

 その仕草はあまりにもひたむきでいじらしく、通りすがった者たちの首までグキッとさせるほどであった。


 建物の屋根には、歪な鉤十字のエンブレムがはためいていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その最上階にある一室では、フォーナインによって撃退されたふたりのゴロツキが大騒ぎしていた。


「ドンスラー様! 孤児院が用心棒を雇いやがった! それもとんでもねぇヤツなんです!」


「物乞いみたいな格好してるのに、とんでもなく強くて……! 急いで、本社に応援を……!」


 しかしドンスラーと呼ばれた男は書斎机を叩き、机のうえにあった【支部長】と書かれた名札を浮かせながら一喝した。


「バカモン! たったひとりの物乞いのために、応援なんぞ呼べるか! なにを情けないことを!」


「で、でも……ホントに強いんです! まるでバケモノみてぇなヤツで……!」


「ん? なんじゃお前は、勝手に入ってきおって!」


「あっ、そうそう、ちょうどこんなヤツで……で、出たぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 部屋に踏み込んできたフォーナインを見て、腰を抜かすゴロツキたち。

 フォーナインは書斎机まで近づくと、卓上にあった水晶板に腕輪を置いた。


「あいにく俺は、お前と交わす言葉を持ち合わせていない。だから、踊ろうか」


「なっ!?」


「ここで管理している土地を、ぜんぶ売ってもらおう」


 いきなりそしてあまりも一方的な交渉開始に、フォーナイン流に慣れていたはずのスカイですら「ええっ!?」と仰天。

 ドンスラーも「なんじゃと!?」と眉を吊り上げていた。


「ふざけるな! いきなり現れてわけのわからぬことを抜かしおって! 物乞い風情が、このワシと交渉じゃと……!?」


 しかしその眉は凍りついたように動かなくなる。

 水晶板に、かつて見たことがないほどの数字が浮かび上がっていたからだ。


「い……1億っ……!?」


 ドンスラーは一瞬、眠っていた邪心が芽生えたかのように目の色を変えたが、すぐに荒い鼻息で吹き飛ばした。


「ふ……ふんっ! 少しは持っているようじゃな! だがその程度の魔力じゃ、半分の代金にもならんぞ!」


「慌てるな、こっちはまだファースト・ギアだ」


 フォーナインがつぶやくと、まるでギアがセカンドに入ったかのように数値は倍の6億になっていた。

 しかも、秒単位のカウントダウンのようにまだまだ上昇を続けている。


 ドンスラーは見間違いではないかと目をこすっていた。


「なっ……!? に……2……!? いや、3億……!? も、もう4億に……! こ……これほどまでの魔力を持ってるなんて……!? い、いったいなんなんだ、お前は……!?」


 スカイが「ナイン様です!」と、待ってましたとばかりに答える。

 そうこうしているうちに、数値は5億を突破。


 支部長であるドンスラーはこれまで億単位の取引をいくつも成功させており、百戦錬磨を自負している。

 しかし彼にとってこの額はレッドゾーン、まさしく未知の領域であった。


「う……ううっ!? ま……待て、待ってくれ!」


 ドンスラーは音速を出した車の助手席にいるかのようにアタフタする。

 ようやく起き上がったゴロツキたちに「しっかりしてください!」と揺さぶられて、辛うじて判断力を取り戻した。


「そ……そうだ! そもそも土地はすべてレイド人材派遣のもの! いくら魔力を積まれたところで、ワシの一存で売るわけにはいかんだ!」


 しかし踏み込まれたアクセルは緩む気配はない。メーターは10億を突破していた。

 すでにスピードの向こう側にいるような表情で、フォーナインは告げる。


「イマジネーションしろ、これからお前が残りの一生で、手にする魔力の量を」


「な……なにっ!?」


「それは、ハリボテのような忠義を装い続けてまで、守り続けるほどの魔力モノなのか?」


「う……ううっ!」


 その一言に、ドンスラーは心臓を掴まれたように胸を押さえる。

 フォーナインがわずかに震えだしたことに、スカイは気づいていた。


「な……ナイン様っ……! まさか、魔力が……!」


 しかしフォーナインは、後ろ手で遮って続ける。


「それと、言っておく。まだこの地に居座り、人々の生き血を吸い続けるというのなら、俺は容赦はしない」


 窓に映るその顔は、静かなる鬼気と呼ぶにふさわしいものであった。


「ここで提示した魔力をぜんぶ、お前に向ける。ダニの親玉を駆除するための殺虫剤として、な」


 数値はすでに20億に達している、それだけの魔力があれば、ひとりの人間を抹殺することなど容易だろう。

 ドンスラーは己のおぞましい末路を想像してしまい、震えあがっていた。

 それ以上に身体をうち震わせているフォーナイン。見かねたスカイが思わず抱きつく。


「も、もう、お……おやめになってください! それ以上なさったら、死んじゃいますっ!」


「まだだ……! この速さで足りぬのであれば、翔ぼう……! 太陽に焦がされる領域エリアまで……!」


「う……ううっ……!?」


魔払いペイメント出力スロットル0.000000001%ナインオーワン……!」


 フォーナインの眼が深紅に輝く。全身からすさまじい闘気が放たれ、衝撃波となって広がる。

 その爆風をまともに浴びたドンスラーは変顔になり、スカイはたまらずフォーナインの腰に抱きつき、台風の中で木にしがみついているように身体が浮き上がっていた。


 ドンスラーは椅子ごと吹っ飛ばされて窓際に激突、ガラスが弾け飛んだ。

 さらに押しつぶされそうなほどのプレッシャーが押し寄せてきて、その顔がぐしゃりと歪む。

 そして彼はついに目撃する。莫大な魔力によって作り出された漆黒の翼を翻す、【権化】のようなその姿を。


「……あ……悪魔っ……!?」


 ドンスラーの正気ははついに【叩き潰されて】しまった。


「うっ……!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 乗っていた車がオーバーランし、崖下に急転直下しているかのように絶叫。

 ドンスラーはどっしりとした革張りの椅子に座っていたが、ひどく不安定であるかのようにジタバタと暴れだした。


「わっ……わわわ、わかった! 売る! ぜんぶ売る! お願いだ、売らせてくれぇ!」


 30億もの数値を目に映すゴロツキコンビは、ごくりと喉を鳴らしていた。


「す……すげぇ……! こ……こんな量の魔力、初めてだぜ……!」


「これだけありゃ、一生……! いや、孫の代まで遊んで暮らせるぜ……!」


「お……おい、お前ら、なにをしている! 早く金庫から権利書を持ってこんか! もちろん、全部だぞ! あとはお茶とお茶菓子! 本社の方がお見えになった時用の、最高級のやつをお出ししろ!」

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