09 魔力の盾

 パン屋の店主は3000万もの魔力が手に入ったとわかるや、すぐさま店の中に引っ込んでいき、しばらくして大きなトランクを引きずって出てくる。

 きっと手当たり次第に大急ぎで詰め込んだのであろう、トランクはパンパンに膨れていて中身がはみ出していた。


「きょ……今日からこの店はアンタのもんだ、じゃあな!」


 それだけ言って、パン屋の店主は逃げるよう雑踏に消えていった。


 それからフォーナインとスカイ、そして子供たちは両手いっぱいにパンを抱え、町外れにあるという孤児院へと向かう。

 その道すがら、フォーナインが驚きを噛みしめるように口を開いた。


「魔力が金のかわりになるとは……。夜の暗い雨が、朝のまばゆい雪にかわったような気分だ」


 スカイは「えっ……?」とさも意外そうな声をあげる。


「もしかして、ご存じなかったのですか? 10年前に魔力を統一通貨にする動きがあって、去年、金属の通貨は全廃になったのです」


「そうなのか。ここ数年は勇者パーティにいて離れることを許されなかったから、最近の世間のことには疎いんだ」


「あの、ナイン様……ちょっと、おうかがいしたいことがあるのですが」


「なんだ?」


「魔力が通貨であることをご存じなかったのですよね? でしたらいつのまに、あのような莫大な魔力を腕輪に……?」


「さっきの支払いのことなら腕輪からじゃない、俺の身体から払ったんだ」


「えっ、体内魔力で!?」


「そうだ」


「あの、人間というのは、体内にあまり魔力を貯えられません。ですのでみなさん腕輪に魔力を貯えているのですよ?」


「そうなのか」


「はい。魔力が特に高いとされる賢者様でも、体内にある魔力は500ちょっといわれています」


「そうか」


「そ……そうか、って……! 賢者様の6万倍もの魔力を、腕輪も使わずポンと出せるなんて……!」


「それでも、人魚の涙ほどの価値はないだろう」


 フォーナインのリアクションがあまりにも希薄だったので、スカイは思わず叫び出しそうになっていた。

 しかしその寸前で、一行は孤児院へと到着。


「ただいまー! みんな、今日はごちそうだぞ!」


 孤児院は打ち捨てられた聖堂だった。

 聖堂というのは教会のようなもので、この世界の力の源、すなわち魔力の女神である【マギアトワレ】を祀っている。

 その庭はしっかりと手入れされていたが建物は朽ちており、いつ崩落してもおかしくない有様であった。


 大量のパンの到着に、庭で遊んでいた子供たちが歓声をあげて集まってくる。


「おかえり! これ、どうしたの!?」「わぁーっ! すごーい!」


「ナイン兄ちゃんと、スカイ姉ちゃんが買ってくれたんだ!」


「ありがとう、ナインお兄ちゃん!」「わぁ、スカイお姉ちゃんってお姫様みたい!」


 さっそく懐かれるフォーナインとスカイ。

 その声を聞いて、聖堂の中から痩せ細った少女が出てきた。


 年の頃はスカイと同じくらい。スカイから女性らしいプロポーションを奪ったかのような身体を、ツギハギだらけのローブで包んでいる。

 肌つやのいいスカイに比べると、いかにも幸薄そうな見目であった。

 しかし瞳に宿る光の強さはスカイに負けておらず、彼女はツカツカとフォーナインに向かってきて、キッパリと一言。


「このパンはあなたがくださったものですか? なら、いますぐぜんぶ持って帰ってください!」


 まわりにいた子供たちは、「ええーっ!?」と抗議の声をあげる。


「そんなぁ、アン姉ちゃん! せっかくパンが食べられるんだよ!?」


 アンと呼ばれた少女は、「いけません!」と子供たち厳しく叱り付けた。


「レイド人材派遣からの施しなんて、裏になにかあるに決まってます! いますぐ返しなさい!」


 なぜレイド人材派遣の名前がここで出てくるのかとフォーナインは疑問に思う。


「いや、俺は……」


 しかしその弁解は、野太い声によって遮られた。


「おうおう、ずいぶん賑やかだなぁ!?」


「だよなぁ、今日はパーティかぁ!?」


 振り向くとそこには、大柄な身体に大剣を担いだ二人組の男がいた。

 服装は作業服で、その胸元にはレイド人材派遣のエンブレムである、先がフックのように丸くなった鉤十字が刺繍されている。


 いかにもゴロツキな男たちはズカズカと庭に踏み込んできて、子供たちの手からパンをむしり取っていた。


「うまそうなパンじゃねぇか! おいガキ、俺にもよこせ!」


「こんなにパンが買えるんだったら、今日こそは地代も払ってくれるんだろうなぁ、おい!」


 アンは子供たちを守ろうとする。同時にスカイも動いていて、ふたりは姉妹のようにそっくりな動きでゴロツキたちを通せんぼしていた。


「いけません!」「おやめください!」


「おっ!? すげえいい女がいるじゃねぇか! 今日はコイツで勘弁してやるか!」


 ゴロツキたちは舌なめずりをしながらスカイに手を伸ばそうとしたが、その腕は後ろからガッと掴まれる。

 それをしたのは言うまでもない、フォーナインであった。


「なんだぁ、テメェは!? 物乞いのクセして出しゃばってくるんじゃねぇ!」「あとでパンくずをやるからひっこんでな!」


「俺が乞うものはただひとつ、お前たちの悲鳴だ」


 ゴロツキコンビは同時に手をねじり上げられ「「いてててて!?」」と悲鳴のハーモニーを奏でる。

 フォーナインは踊るように軸足で回転してゴロツキたちと立ち位置を入れ替え、敷地の外めがけて手を離してやった。

 よろめきながら表の通りに出てしまったゴロツキたちを、子供たちがからかう。


「見ろよ、自分から外に出たぞ!」「きっと逃げたんだよ!」「やーいやーい弱虫!」


「ふ……ふざけやがってぇ!」「な……ナメてんじゃねぇぞ、テメェ!」


 ゴロツキコンビは激昂しながら背中の大剣を担ぎ抜くと、そのまま力任せに振り下ろす。

 ドスンと振動。スカイとアン、そして子供たちは「キャッ」と身をすくめる。


 フォーナインは切っ先が鼻先をかすめても眉ひとつ動かさなかったのだが、その態度はゴロツキコンビの怒りの炎に油を注ぐ結果となった。


「「し……死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」


 ステレオで迫ってくる蛮声に、フォーナインの背中にいたスカイたちは恐怖で身を寄せあう。


 フォーナインはその場から一歩も動かず、ただ両手を掲げていた。


魔盾シールド出力スロットル0.00000000001%イレヴンオーワン


 刹那その手元から、甲高い音と火花が飛び散る。


「「なっ!?」」と動転したような声。

 顔をあげたスカイたちは、フォーナインの背中ごしにおそるおそる顔を出す。


 するとそこには、信じられないような光景があった。

 なんとフォーナインは、頭ひとつほども背の高い男たちが渾身で放った大剣の一撃を、それぞれ片手で受け止めていたのだ。

 スカイたちからはフォーナインの表情は見えない。しかしゴロツキたちはみるみる戦慄の表情になっていく。


「「う……ウソだろっ……!?」」


「た……大剣を、素手で受け止めるなんて……!?」「しっ、しかも、びくともしやがらねぇ……!」


 フォーナインが鉄塊のような刀身をぐいと押し返すと、ゴロツキたちは勢いあまって後ろにひっくり返ってしまう。

 その表情は戦慄を通り越し、死相が滲みはじめていた。


「な……なんだ……なんなんだ、コイツは……!?」「ば……バケモンかっ……!?」


「「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」


 先を争うようにして逃げ出すゴロツキコンビに、子供たちは大喜び。


「やったやった、やったーっ!」「いままでさんざん俺たちをいじめた罰だ!」「バーカバーカー! もう二度とくるなよーっ!」


 スカイは血相を変えてフォーナインの手のひらを取っていたが、手相以外には筋ひとつ付いていないことに目を白黒させていた。


「ご、ご無事で……!? え……ええっ!? な……なぜ、おケガひとつなさっていないのですか!?」


 フォーナインが「これだ」と言うと、手のひらが白い結晶のようなもので覆われた。


「3式の固形の魔力、それも超硬質の魔力を手のひらに出現させたんだ。これは、ダイヤモンドよりも硬い」


「え……?」と呆気に取られるスカイ。

 フォーナインのトンデモっぷりをこれまでさんざん見てきた彼女ですらこの反応なのだから、隣で見ていたアンはもっとひどかった。


「あ……あなたはいったいなにを言っているの!? そんな魔力の使い方、見たことも聞いたこともないです! トリックなんでしょう!? さっきの人たちとグルになって……!」


 ふと言葉の途中で子犬が鳴くような「キューン」という音がして、アンは黙り込んでしまう。

 言い返そうとしないフォーナインにかわって、スカイがパンを差し出した。


「アンさん、ナイン様はもうレイド人材派遣の方ではありません。よろしければパンでも召し上がりながら、事情をお聞かせ願えませんか?」

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