第9話 異常接近 ~ 扇山 明奈 ~ 01
それからの私は平穏な毎日が続いた。
学校生活も平凡で、親友の
そして土日には、公平くんのお店を手伝う日々だった。
出店会場は、東京太郎さんたちと戦った神社だけじゃなくて、ときにはお寺、ときには公園と様々で、車で2時間以上もかかるような遠くに向かうこともあった。
でもそんなのんびりとした平和も長くは続かなかった。
危機と言うのは本当に突然で前触れもなく訪れるものだと言うことを、そのときの私はまったく気がつかなかったのだ。
それは十一月に入ってすぐのことだった。
私はいつも通り高校へと通学した。
その日は別になんにもない通常の一日のはずだったのだけど、いつもとは違っていた。
ホームルームがすでに始まる時間になっていたのに担任の先生が顔を見せないのだ。
そのことはクラスのみんながすでに気がついていて、教室の中はヒソヒソとなにやら予測や噂が流れて始めていた。
それはなにか学校に重大な事件が起きたのじゃないかとか、担任が遅刻しただけじゃないのとか、根拠もなにもない他愛もないものだったんだけど、真実は異なっていた。
「紹介する」
ホームルームがすでに終わろうとする時間になって、ようやく担任の
加藤先生はまだ若い男性の体育教師でクラスに来るときもいつもジャージ姿である。
そして今日もおなじみのスタイルで登場したのだけど、その日はいつもと違っていた。
「……ええっ!」
――クラス中が騒然となった。
加藤先生の後ろに真新しい制服姿の女の子の姿があったからだ。
「……すごいきれい」
男子からも女子からも一斉にため息がもれた。
「今日からクラスの仲間になる。
みんな仲良くしてやってくれ」
そう加藤先生が紹介した女子生徒は非の打ち所がない美少女だった。
髪は天然のウェーブがかかった長い栗色で細面で目鼻立ちが西洋人のようにはっきりしていた。
そして肌は透き通りそうなほど白い。
だけど、そのキリリとした顔つきに転校初日の緊張は全然感じられない。
威風堂々として颯爽としていたのだ。
「
そう明奈さんは高らかに宣言した。
こうして私の毎日、いや人生そのものが大変化するのであった。
そしてそのときの私はそのことはまったく予想していなかったのだ。
明奈さんは私の席の後ろになった。
そこが空席だったからだ。
だけど私は美貌過ぎる明奈さんにビビッてしまって全然後ろを振り向けなかった。
でもそれはクラスのみんなも同じみたいで興味津々なんだけど、おっかなびっくりで近寄れない様子だった。
要するにみんな明奈さんを遠巻きに見ていていたのだ。
だけど、やがて女子たちが集まってきた。
学級委員長の
彼女たちはクラスのムードメイカーで賑やかで楽しい連中だ。
もちろん私とも、とても仲が良い。
「扇山さん、どこから転校してきたの?」
「明奈でいいわ」
「じゃあ、明奈さん。どこから転校してきたの?」
「ずっと遠くよ」
「大阪とか広島とか? あ、もしかして九州?」
「ううん。……北の方。秋田なの」
「秋田なんだぁ。……じゃあ東京は初めて?」
「そうよ。
想像はしていたけど、思ったよりもずっと大都会だから、私、緊張しっぱなしなのよ」
「えー。全然平気だよ。
……そう言えば秋田って美人が多いってホント?」
「う~ん、私は違うけど、私以外の女性は美人ばかりだったわ」
「ええ~っ、扇山さんが美人じゃなかったら、いったい誰が美人なのよっ!!」
と、冗談交じりの軽口も飛び交っている。
こんな感じで明奈さんはクラスに打ち解け始めた。
絵里香もやってくるし、そして男子も集まってきたので私の机付近の人口密度は否が応でも高まってしまった。
明奈さんは黒板の前に立ったときからの堂々とした態度には変化はなかった。
美人なのに明るくて気安い性格なのか、すぐに談笑混じりの会話をしていた。
そして私が驚いたのは、明奈さんの記憶力だ。
明奈さんに話しかけるとき当然みんな初対面なことからフルネームを名乗っていたのだけど、ただの一度で全員の顔と名前をすべて憶えてしまっているのだ。
……頭がいい子なんだな。
私はそう思った。
たぶん頭の良さは記憶力だけじゃなくて気配りや空気を読むことも得意みたいで会話はどんどん弾んでいる。
そして明奈さんの情報がただ耳を傾けているだけの私のもとに徐々に集まってきた。
出身地はさっき聞いた通りの秋田県で武家屋敷が並ぶ古い町とのこと。
幼稚園から高校二年の今まで、ずっとそうだったらしい。
そして家族は三人。
お父さんとお母さん、そして明奈さんである。
要するに私と同じで一人娘らしい。
引っ越しの理由はお父さんの転勤。
さらに住所は意外なことに我が家のマンションの同じ棟で七階らしい(ちなみに我が家は十階)。
だけど、私は最初のきっかけを逸してしまったので、とうとう明奈さんと会話をすることができなかった。
そしてその日の放課後。
私が帰宅しようとして準備を終えて廊下に出ると、そこで明奈さんと公平くんが話をしているのだ。
その様子がどうにも楽しそうなのである。
私はなぜかしら、カチンと感じてしまった。
……なぜだろう?
そう思ったとき私はその理由に気がついてしまった。
私はたぶん瞬間的に嫉妬してしまったのだと思う。
――私と公平くんの関係はただの友人だ。
だけど仲がいいのは間違いない。
そして公平くんは女の子とはあまり話をしない性格なので会話をする女子は私くらいなものだったのだ。
そういう関係によりによって、たった一日で割り込んできた明奈さんを侵入者だと思ったのだ。
……きっと。
「……嬉しいわ。ありがとう」
「別にいいさ」
そんな感じで公平くんと明奈さんの会話は終わった。
明奈さんは昇降口に向かって歩き出していた。
そんな明奈さんの揺れる長い髪を公平くんは見つめていたのだ。
「……美人だもんね~」
私はちょっぴり皮肉を言って公平くんに近づいた。
「なんの話だ?」
「扇山明奈さんのこと。
……仲良さそうに、話してたじゃない?」
「そうか? 俺はただ質問されただけだ」
「質問?」
「ああ、……まず俺のことを聞かれた。
そしてお前のことを聞かれた。それだけだ」
「公平くんのこと? 私のこと? ……なんでなの?」
私はなんのことかさっぱりわからなくて、そう尋ねていた。
「俺とお前だけが、扇山と会話をしなかったからだ。
だから質問された」
言われて私はハッとした。
確かに今日、明奈さんと話をしなかったのは私と公平くんぐらいなものだ。
「早くクラスの全員と仲良くなりたいかららしい」
「……そうなの」
私は自分が勘違いしていたことが恥ずかしくなった。
確かに転校したてなら一分でも一秒でも早くクラス全員の顔と名前は憶えたいはず……。
明奈さんは、そのために公平くんと会話をしていただけだったのだ。
「具体的になにを訊かれたの?」
だけどそうであっても、やっぱりなにを訊かれたのかは気になる。
ハズいことやプライバシーに関わるようなことは困るし。
「フルネームだけ」
「え? それだけ?」
「ああ。
……それだけじゃ不満なのか?」
「ううん。……別に不満って訳じゃないけど……。
……そう言えば知ってた?
明奈さんて一度話しただけで、クラスの人たちの顔と名前を全部憶えちゃったみたいなの」
「そうなのか? 記憶力いいんだな。俺なんて一ヶ月近くかかったぞ」
「だよね? 私も全員のことを憶えたのは五月くらいだもん」
どこでもそうであるように我が校も学年が変わるとクラス替えがある。
私の場合、二年生になったとき一年生のときに同じクラスだった人たちが多かったのでそれほど苦労はしなかったけれど、それでも新しいクラスメートたちをしっかり記憶するのにしっかり一ヶ月はかかったのだ。
それなのに明奈さんはたった一日でそれを達成してしまった。
だけど、私はそんな明奈さんの記憶力に対して不信感はそのときはなかった。
ただ頭のいい人だと思っただけなのだった。
美人で頭が良くて性格もいい。
そんなパーフェクトな女の子がやって来た。
それだけだと思っていたのだ。
私はその場で公平くんと別れた。
そして帰宅のためにバスに乗ったのである。
そしてバスを降りてマンションに向かったときだった。
私はエレベーターに乗るためにマンションロビーへと入った。
そのとき人影が見えた。
――驚いた。明奈さんだった。
「こんにちは」
明奈さんが私に気がついたようで話しかけてきた。
「……こ、こんにちは」
「大林こづえさんよね?」
「はい」
驚いた。
やはり明奈さんは私の顔と名前を完璧に憶えていた。
「私ね、待ってたの」
「待ってた?」
「そう。……正確に言えば、このマンションに住んでいるクラスメート」
「え? 私の住所、知ってたの?」
「そんなことないわよ。
だけどこれだけ大きなマンションでしょ?
ひょっとしたら、誰か同じクラスの人が住んでいる可能性だって考えられるじゃない?」
「……」
聞けば明奈さんは私より一本先のバスに乗ってここに到着していたらしい。
そして同じクラスの人が通りそうな気がしたので、しばらくロビーで待っていたと言うのだ。
「このマンションで同じクラスなのは私だけだよ。
他のクラスとか違う学年の人なら何人かいるけど……」
「ああ、そうなの。なら良かったわ。
じゃあ私がこづえさんに会えたのは、すごい偶然なのね?」
明奈さんは嬉しそうに笑った。
そしてふと気がついたのだけど、彼女は笑うと頬にえくぼができるのだった。
それが美顔との相乗効果でよりいっそうに美少女に見せていた。
「こづえさんは十階なんでしょ?
私は七階だから、途中までいっしょに行きましょうよ」
「……う、うん。いいよ」
私はそう答えて到着したエレベーターに明奈さんといっしょに乗り込んだ。
だけど私は無言だった。
それは明奈さんとなにを話せばいいのかわからないと言う理由もあったのだけど、それ以上に明奈さんにある種の薄気味悪さを感じてしまっていたからだ。
「ね、ねえ? ……わ、私の家が十階って、なんで知ってるの?」
公平くんの話では訊かれたのはフルネームだけだというのだ。
クラス名簿に私の住所は載っているけど、それを転校初日の明奈さんが見たということは考えられない。
「あら、簡単じゃない。
ロビーに郵便ポストがあるんだから、そこを見ればこづえさんの家の階はすぐにわかるわ」
「あ、ああ、そうか。……そうだよね」
……私は明奈さんがなんだか怖くなった。
彼女に底知れぬ不気味さを感じてしまったのだ。
このマンションに同じクラスの人は私しかいないのに、待っていたこと。
ロビーで私の姿を見て、初めて私がここの住民だとわかったはずなのに、エレベーターを待つわずかな時間で郵便ポストにある『大林』の苗字を見つけ私の家の階を簡単に探り当てていたことだ。
……早く七階に到着しないかな。
気まずいし、なによりも気味が悪い。
だからそんなことを考えて私はエレベーターの階数表示だけを見つめていた。
「ねえ、私たち仲良くなりましょうよ。
同じマンションなんだし、教室の席だって前と後ろじゃない?」
「そ、そうだね。せっかく同じクラスなんだもんね」
私は明奈さんの顔を見ずに、いや、見ることが出来ずにそう答えた。
「本当? 嬉しいわ」
それは本当にとても嬉しそうな声だった。
やがてエレベーターは七階に到着した。
「今日はありがとう。
明日学校でまた会いましょうね」
そう言って明奈さんは特上の笑顔を私に見せて去って行った。
そしてエレベーターの扉が閉まったとき、私は疲れがどっと出た。
「扇山明奈さん。
……苦手だな」
私はそんなひとり言をつぶやいていた。
翌朝のことである。
私はいつもより一時間早起きした。
お父さんとお母さんはそれを見てびっくりしていた。
「いやに早起きだな?」
「今日に限ってどうしたのかしら?」
「……早く目が覚めちゃったのよ」
私はそう返事した。
だけど真実は違った。
私はいつも朝が弱い。
時間ぎりぎりまで寝ていたい性格だ。
だからいつもお母さんに叱られながら仕方なく起きるのが私だった。
だから今朝早起きしたのには理由がある。
私は昨日の一連のできごとで明奈さんが苦手に思っていた。
なにか不気味さが感じられるのだ。
だから出会わないように朝早く登校しようと決意していた。
早朝に登校するのは部活動の朝練がある生徒たちだけだ。
そして明奈さんが転校そうそう部活動に入部しているとは考えられないことから、いつもの私同様にもっと後の時間にのんびりとバスに乗る確率が高い。
なのでこの時間ならば明奈さんとは出くわすまい。
朝食はすぐにできあがった。
私の家は両親共稼ぎなので朝ご飯は軽めで手早いトーストだからだ。
「行ってきまーす」
制服に着替えてバッグを持って家を飛び出した私は両親よりも先に家を後にしていた。
そしてバス停へと向かったのである。
バス停には朝がまだ早いせいか通勤姿のサラリーマンばかりが目立つ。
中には私と同じ高校生の姿もあるけれど、それはみんな部活動の朝練の人たちだ。
私は到着したバスに乗り込んだ。
このバス停は始発だけど座席はみんな埋まってしまったので私はつり革につかまって発車を待った。
――そのときだった。
発車を知らせる運転手さんのアナウンスが終わろうとしたときに、ひとりの女子生徒が急いで乗り込んできたのだ。
――明奈さんっ!
明奈さんは息を切らせてぎりぎりにバスに乗ってきたのだ。
私は目を合わせないように、そっぽを向いた。
「こづえさん。おはよう」
だけど無駄なようだった。
気がつけば明奈さんは私の真横に立っていて、つり革につかまっていたのだ。
「……おはよう。早いんだね?」
「ええ。朝は道路が渋滞するでしょ?
だからどの時間のバスに乗れば大丈夫かまだわからないから。遅刻したら大変でしょ?
それで今朝は余裕を持って早いバスに乗ろうと思ったのよ」
「そ、そうなんだ」
私は学校に行くには一時間くらい後のバスでも十分に間に合うことを伝えた。
すると明奈さんは、いちいち嬉しそうに頷いている。
「……そうなの。ありがとう。
私、まだ全然わからないことだらけだから、いろいろ教えてくれると嬉しいわ」
私と明奈さんは目立っていた。
それほど大きな声で会話をしていた訳じゃないのに視線が私たちに集中していた。
でもその理由はすぐにわかった。
明奈さんは客観的に見てもやっぱりとびっきりの美少女のようで、サラリーマンたちの視線は明奈さんに釘付けだったのだ。
バスの中で私は明奈さんの質問攻めにあった。
それは学校のことやクラスのみんなのこと、好きな動画やテレビ番組など他愛もない内容だったのだけど、私には正直、苦痛だった。
質問する明奈さんの口調は自然な上に聞き上手なので話はしやすかったけど、明奈さんに苦手意識がある私には、それらの問いかけが尋問のように感じてしまったのだ。
やがてバスは学校に到着した。
私と明奈さんは教室に入る。
そして互いに前後に並んだ席にバッグを置いて着席した。
私はこれ以上のコミュニケーションを避けようとして教科書を広げて今日の授業の予習を始めた。
それは明奈さんから逃れようとしての行動だ。
だけど教科書の内容はさっぱり頭に入ってこない。
そんな私の苦労は、やがてすぐに解放された。
「あれ? こづえに明奈さん。
今朝はずいぶん早いのね?」
学級委員長の
博美はいつもいちばんに教室にやってくる。
こういう几帳面さはさすが委員長と言うべきか。
「博美さん、おはよう」
やはり明奈さんは博美のことも完璧に憶えていた。
「こづえさんと偶然バスでいっしょになったのよ。
いろいろ学校のこと、教えてもらったの」
「へえ、そうなんだ。
……でも、こづえはいったいどうしたの? いつもはぎりぎりに登校してくるのにさ?」
「う、うん。今朝は早く目が覚めちゃったのよ」
私は苦し紛れの言い訳をした。
本当のことは言えないからだ。
「それに教科書を広げてるし。
……今日の天気は午後から雨かもって言ってたけど、もしかしたら雪になるかもね?」
そう言って博美はけたけた笑う。
「雪? 東京って十一月に雪が降るのかしら?
私が住んでた秋田の
明奈さんが驚いたようにそう言った。
「冗談よ、冗談。こっちは真冬でもほとんど降らないよ。
こづえがこんなに朝早くやってきて、しかも勉強なんてしてるから神様がびっくりして雪でも降らすんじゃないかってこと」
「ああ、そう言うことね」
博美はそう答えた。
そして明奈さんとくすくす笑い出す。
「あれ? こづえじゃん。
いったい今日はどうしたの? 雪でも降るんじゃない?」
そのとき教室に入ってきた絵里香まで、そう言い出す始末だ。
もう、どうにでもしてくれっ、って私は思った。
やがて時間が経つにつれてクラスは賑わってきた。
そしてそれにともなって私の席付近の人口密度が高まってくる。
クラスの誰もが明奈さんと仲良くなりたくて仕方がないみたいだった。
やがてチャイムが鳴り、ホームルームが始まってそしてなにごともなく終了した。
最初の授業は英語だった。
そして授業が始まると先生がすぐに答案用紙を配り始めた。
昨日行われた英語の小テストが返ってきたのだ。
「今日は驚いたことに満点が二人いるのよ」
英語の
上川先生は中年のふっくらとした女性教師で温厚な性格なので私たちの評判はいい。
「ええーっ……!」
クラスでどよめきが起こった。
昨日のテストは長文の訳でかなり強敵だったからだ。
「ひとりは
ああっ、と、納得の声が広がる。
絵里香はいわゆる帰国子女だ。
小学校までアメリカにいたので英語は得意中の得意。だからいつも高得点の常連だったから、これは不思議じゃない。
「で、もうひとりはね。
……扇山明奈さん。これは先生も驚いたわ」
「ええーっ!」
クラスは爆発したように大騒ぎになった。
みんなの視線が一斉に明奈さんへ向いたのは言うまでもない。
「昨日のテストって、難しかったよね?」
「……う、うん」
そんなささやきが聞こえてきた。
確かに私も難しかったと思った。だから点数はひどいものだった。
その日、数学や地理、古文などの授業が行われた。
そしてときおり明奈さんは先生に質問を受けたのだけど驚いたことにすべて正解であった。
そして昼休みのときである。
私は仲が良くて席が近い絵里香といつもいっしょにお弁当を食べるのだけど、その日は明奈さんもいっしょだった。
絵里香が誘ったら喜んで参加してきたのだ。
私はつい苦手意識から嫌な気分になりかけたけど、考えてみれば明奈さんに落ち度はぜんぜんない訳で、そうなると勝手なのは私な訳で、そういうことから笑顔で迎えることにしたのだ。
だけど、気がついたら学級委員長の博美や沙由理や聡美たちも集まってきた。
そしてみんなで協力して机を向かい合わせに並べて、お弁当を始めたのである。
「……明奈さんて、すごい進学校から転校してきたんじゃない?」
絵里香が明奈さんに尋ねていた。
「ううん。そんなことないのよ。
ふつうの県立高校だったし。今日のはたまたま偶然よ。偶然」
そう言って明奈さんは笑顔になる。
「謙遜しなくていいんだって。明奈さんは頭がいいんだよ」
博美がそう言う。
私もそう思う。まったくその通りだ。
その後、私たちはいろいろな話をした。
そして、昼休みはあっという間に終了したのであった。
そして放課後。
私はだいたいひとりで帰宅することが多いのだけど、ときには絵里香といっしょに帰ることもある。
絵里香も私と同じで部活には入っていなかったし、バス停も途中まではいっしょだからだ。
そして教室に絵里香の姿があった。
「ねえ、絵里香。いっしょに帰る?」
私は絵里香に声をかけた。
「あ、……こづえ。
悪いけど今日は先約があるの。ごめんね」
そう返事が返ってきた。
なぜかわからないけど、とてもすまなそうに両手を合わせている。
「そうなの? じゃあお先ね」
私は別に気にすることもなくひとりで帰ることにした。
そして廊下に出たときだった。
私は昇降口へと向かったのだけど、そのとき何気なしに上の階へと登る階段の踊り場を見上げていた。
すると、そこに絵里香の姿があった。
絵里香は誰かといるようで、ひそひそとした会話が聞こえてくる。
たぶん先約の人と話をしているに違いない。
「誰といるんだろう?」
ちょっとだけ興味がわいた私はしばらく立ち止まって様子をうかがった。
「あ。……明奈さんか」
絵里香といっしょなのは明奈さんだった。
二人でなにやら親しげに話をしているのが聞こえてきたのだ。
そのときだった。
「……えっ?
あ、明奈さん。ちょ、ちょっと……。い、嫌……」
「大丈夫。安心して……」
なんだか意味深な絵里香と明奈さんの声が聞こえてきたのだ。
……なにしてんだろう?
私はちょっと気になってしまった。
私には悪い癖がある。
それは、……野次馬根性だった。
他人の不幸などを喜ぶ訳じゃないけど、なにか興味を引くものがあるとどうしても気になってしまって、ついついのぞき見してしまう癖があるのだ。
直そう、直そうと何度も思ってきたけれど、なかなかこれは直らない。
そしてそのときもそうだったのだ。
私はちょっとだけならと思ってしまい、つい、階段をこっそり登ってしまった。
「……っ!」
瞬間、私は固まってしまった。
こっそりとのぞいた先には明奈さんの背中、そして明奈さんと抱き合うようにして壁を背にした絵里香の姿が見えたのだ。
そして、……二人はキスしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます