第8話 【第一話 最終話】 自己証明 ~ 東京 太郎 ~ 07
そして週が明けた。
私はいつも通りの学校生活に戻る。
「東京太郎は、あれからどうした?
連絡はあったのか?」
休み時間の廊下で公平くんが私に話しかけてきた。
辺りは誰の姿もないから安心して私も答える。
「うん。連絡はあった。
……でも、話すのは嫌だから電話には出なかったの」
東京太郎さんは毎日のように私が知らない違う電話番号でかけてきていた。
だけどそのすべてを私は無視し続けたのだ。
「そうか。……ん?
ちなみに家の固定電話にはかかってきたのか?」
「家の電話? ……そう言えばかかってこないね。どうしてだろう?」
すると公平くんは腕組みをして考えていた。
「だとするとたぶん。お前の両親との接触を避けているんだろう。
あくまでお前個人が目的なんじゃないのかな?」
「私個人?」
「ああ。……これは俺の推論だけど、お前の両親は東京太郎にとって恩人に当たるんだろう」
「恩人? え、なんで? どういうこと?」
「お前をここまで育ててくれた恩だ。
だから東京太郎はお前の家に直接電話したり、乗り込んできたりしないんだろうな」
「そ、そうなの?」
「ああ。そうじゃないと説明がつかない。
お前を拉致するのが第一の目的なら、直接お前の家に行くのがふつうだろ?」
「ああ、……そうだよね」
私は納得した。
東京太郎さんはもちろん怖い相手だけど、私のお父さんやお母さんに迷惑をかけるつもりはないみたいなのだ。
「同じ理由で学校にも来ないんだろうな。
……もっともソフト帽とコート姿じゃ思いっきり不審者に見えるから、学校の中へは入れないんだろう」
「そうだね。
学校だとあの格好じゃ人目につくし、警察に通報されちゃうもんね」
「ああ」
私は公平くんの考えが正しいような気がした。
東京太郎さんには東京太郎さんなりの行動のための基準があって、なるべく私以外の人たちとの接触を避けているんだろうと思ったのだ。
「じゃあ、学校と私の家は安心なんだよね?」
「ああ。たぶんそうだろうな」
公平くんは深く頷く。
私はそれを見てとっても安心した。
そして公平くんの言葉は、まるで予言のように的中していた。
それからも私のスマホには毎日かかってきたけど、自宅にも学校にも東京太郎さんは姿を見せなかったからだ。
そして土曜日がやって来た。
その日も神社で骨董市が開かれる。
私は午前四時に起きて、公平くんの家へと向かった。
「おはようございます」
朝がまだ早いので木々では鳥たちの囀りは少なめだった。
「おはよう」
公平くんの家の庭にはワゴン車がすでに準備されていた。
そして公平くんと奈々子さんが荷物を積み込んでいた。
「私、もしかして遅れちゃいました?」
「そんなことはないのよ。
だいたいの荷物は昨日の夜に積み込んでいたから」
奈々子さんは今日もとってもおしゃれで、服もすてきだった。
「積み忘れたものがないか確認作業をしてただけだ。
……それとお前の孤舟も車に乗せといたからな」
「え? 孤舟をどうするの?」
「留守にするんだから、倉に置いておくのは不用心でしょ?
だから持って行こうと思ったのよ」
奈々子さんはそう説明してくれた。
確かに誰かに盗まれたら、とっても困る。
「そうですね」
私は頷いた。
そして私も奈々子さんが運転するワゴン車に乗って神社へと向かった。
午前四時半過ぎ。
日の出までまだ一時間ぐらいあるので薄暗い。
驚いたことに私たちが到着したときには、すでに大勢の人たちが神社の境内に集まっていた。
みんなお店を出す人たちで、テントを組み立てたりシートを敷いて棚やテーブルを準備しているのだ。
「みんな、朝が早いんだね」
「ああ。常連のお客は朝一番に来るからな。
それまでに店を用意してないと、商売のチャンスを逃すことになるんだ」
「へー。そうなんだ」
「……まあ、年寄りは朝が早いってのもあるんだろう。
骨董市のメインの客は老人だからな」
「うん。そうだよね」
確かに公平くんが言う通りで、お客さんはおじいさんやおばあさんが多い。
たまに親子連れとか外国の人も来るけど、そういう人たちは昼になってからの方が目立つのを私は思いだしていた。
公平くんがお店の出店準備をひとりでしていたので、私は奈々子さんといっしょに会主さんに挨拶に行った。会主さんは前に一度紹介された福島さんと言うおじいさんだ。
「やあ、おはよう」
福島さんは今日もハンチング帽を被っていた。
そしてニコニコ顔は相変わらずだ。
「今日はウチのお手伝いを連れてきました」
そう言って奈々子さんは私を紹介してくれた。
「おお。先週来ていた女の子だね。
そうか、いよいよ公平くんといい仲か」
そう勝手に勘違いして福島さんは大笑いする。
私は、もうどうにでもしてくれっ、って思ってしまう。
「そうよ。とってもお似合いでしょ?」
奈々子さんが意味深そうに言う。
すると福島さんはいよいよ相好を崩して嬉しそうな顔になった。
私は公平くんを親しい友人と思っている。
だけどそれ以上の存在とも思ってない。これが私の本音だった。
だけど今、もしこの場所に公平くんがいたら、きっと苦笑するに違いないって簡単に想像はできた。
こんな出来事があったけど、それでも今日も平和だと思った。
だけど危機なんてものは、いつどこで起こるかなんて、神様以外にわかる人なんていない。
――そのときだった。
「こづえさん。
……来たわ」
奈々子さんがなにやらただ事じゃない声を出した。
そして私は驚いて奈々子さんの視線の先を見た。
まだお客さんが来るには早すぎる時間だったからだ。
「……ええっ!」
私は思わず叫んでしまった。
「な、なんで?
……どうして?」
気がつくと私は奈々子さんの陰に隠れてしまっていた。
「……実力行使に来たのね」
ぽつりと奈々子さんがつぶやく。
――東京太郎さんがいた。
それも、いっぱい。その数は二十人くらい。
みんな同じようにソフト帽を被って、ベージュのコートを羽織っている。
そしてよく訓練された兵隊さんの行進みたいに手と足が揃って、こっちに向かって歩いて来た。
そしてどの東京太郎さんも右腕があって、まるで無傷なのだ。
つまり奈々子さんに吹き飛ばされた右腕は完全にくっついているのだろう。
「ど、どうして……?」
私の声は小さくなる。
「こづえさん。とりあえずお店までダッシュよ」
「は、はい」
私は奈々子さんに手を引かれるままに駆け足になっていた。
そして公平くんが待つ場所へと到着したのだ。
「こ、公平くんっ。……大変なのっ!」
私は叫んでいた。
「どうした?」
ところがこんな緊急事態なのに公平くんはあくまで冷静だった。
そして私が指し示す指先の方へと視線を動かす。
「数で勝負に来たってことか。さすがバイオロイドだな」
なんて腕組みをしてうんうん頷いている。
妙な感心をしているのだ。
「な、なにが、さすがなの?」
「バイオロイドだけあってコピーが簡単なんだろう。
……だとすると、毎回毎回いつも同じ個体が俺たちの前に現れていたんじゃないのかもしれないな」
「そ、それって、……元々いっぱいいたってこと?」
「ああ。可能性はあるだろう?
代わる代わる登場していたかもしれないし、お前と交渉する担当とか、尾行や調査を担当する役目のヤツとかあるのかもしれない」
私は頭が混乱してきた。
ただでさえ特徴の少ない東京太郎さんなのだ。
それが二十人以上もいるなんて恐怖以外なにものでもない。
「わ、私、どうしよう……?」
「まずは杖を用意する。
そして身構えるんだ」
公平くんが立ち上がりながら、ゆっくり私に言う。
私は急いでショルダーバッグから杖を取りだそうとするけど、あわてているのでなかなか上手く見つからない。
「あ、あった……」
ようやく杖を見つけた私が視線を上げると、もう東京太郎さんたちは直前まで来ていた。
すべての東京太郎さんたちが
そしてその目つき顔つきは平凡で印象に残らないような無表情。
「い、嫌っ! ……こ、来ないでっ!
私、『カッコウの星』になんて帰らないからっ!」
私はがたがた震えていた。
ひとりの東京太郎さんに杖を振り向けるけど、その杖先はプルプル震えて照準が定まらない。
……いったいどの東京太郎さんを標的にすれば……。
気がつけば、私の前に公平くんと奈々子さんが、まるで私を守るように立ちふさがってくれている。
そして奈々子さんの手には杖が握られている。
「こづえ。お前は星に帰るのだ。私はそれを見届けるのが使命だ」
すべての東京太郎さんが、同じタイミングで一斉にそう告げる。
その声はシンクロしていて、まるでたくさんのお坊さんのお経の読経のようだ。
その声の重低音が私を包み、私の覚悟を求めてくる。
「大林は帰らない。あきらめるんだな」
公平くんの冷静でよく通る声がそう東京太郎さんたちに向けられた。
すると東京太郎さんたちは、いっせいにコートの中に腕を入れて銀色に鈍く光る杖を手にした。
「私はこづえと話している。原住民の岩村さんには関係のない話だ」
そしてみんなまったく同じタイミングで杖を公平くんに向ける。
「い、嫌っ!
公平くんは関係ないっ! 杖を使っちゃダメっ!」
私は公平くんの前に飛び出す。
そして両手を広げて公平くんを守ろうとする。
「大林っ! 下がるんだっ」
公平くんが私の肩に手をかけて後ろへと下がらせようとする。
だけど私は頑として動かない。
「杖は使わないでっ!」
「では、孤舟に乗りなさい。そして『カッコウの星』に帰りなさい」
東京太郎さんたちはそう言って私を脅す。
「ええっ……!」
……私は迷う。
今、ここで杖での戦いになれば、圧倒的に不利だろうと思う。
奈々子さんは杖をうまく使いこなせるけど私は自信がない。
それに相手は二十人以上もいる。
私は後ろに停めてあるワゴン車を見る。
ワゴン車は荷台のドアが開けられていて、そこには朝日を浴びてピカピカ光る孤舟が見える。
「こづえさん。
今、ここでくじけちゃダメよ」
奈々子さんがそう私に言う。
だけどどうやったら……。
――そのときだった。
奈々子さんが杖を振った。
するとひとりの東京太郎さんがボフンッと音を立てて消されたのだ。
その東京太郎さんは跡形もなく消滅していた。
奈々子さんが攻撃したのだ。
「な、奈々子さんっ!」
私は最悪を覚悟した。
今の攻撃で東京太郎さんたちは奈々子さんに対して報復をするだろう。
だとすると、たったひとりでしかない奈々子さんは集中攻撃を受けて消されるに違いない。
……私は覚悟を決めた。
そして杖を振る。ひとりの東京太郎さんを狙ったのだ。
そして私の攻撃を受けた東京太郎さんは大きくのけぞって、やがて尻餅をつく。
「大林っ! 手加減するなっ!」
公平くんのするどい声が私に届く。
私は無意識に気合いを抜いてしまったらしい。
つまり相手を消し去る覚悟がないのだ。だから大したダメージを与えられない。
……でも。やっぱり数で負けちゃうよ。
――そのときだった。
後方にいた東京太郎さんたちが一斉にボフンッと音を立てて消滅したのだ。
「ふ、福島さんっ!」
私は叫んだ。
いつの間にか東京太郎さんたちの群れの後ろに会主の福島さんや源さんたちがいて、東京太郎さんを攻撃していたのだ。
その数は三十人以上もいる。
みんな骨董市の店主さんたちだ。そしてもちろん手には杖が握られている。
後方からの奇襲を受けて、次々と消滅していく東京太郎さんたち……。
「……ど、どういうこと?」
私は訳がわからなかった。
どうして福島さんたちが杖を持っているんだろう?
「大林っ! 逃げるぞっ!」
気がつけば、私は公平くんに手を引かれて走り出していた。
そして駐車場まで来ると、車の陰からお店をそっと見る。
するといつのまにか戦いは終結していた。
すべての東京太郎さんが消滅したのだ。
数で勝る奈々子さんたち骨董市の人々が大きく右手を掲げて勝利の雄叫びを上げていたのだ。
「……ど、どうして、骨董市のみんなが杖を持ってるの?」
「……奈々子さんに聞いた。
今日の骨董市に出店している人たちは、みんなお前の同胞なんだ」
「同胞?」
「ああ。
奈々子さんが会主さんに相談して、今日の事態を予想して、そういう連中だけを集めたらしい」
「そういう連中って?」
「ああ。……流刑者たちだ」
「ええっ!」
私は驚いて叫んでしまった。
「奈々子さんは流刑者たちのリーダーなんだ。
そして各地にいる流刑者たちをまとめているらしい」
公平くんはそう私に話してくれた。
気がつくと、私たちの周りに骨董市の店主の人たちが集まっていた。
「改めて紹介するわ。
大林こづえさん。
……もちろん彼女は私たちの仲間よ」
私の周りを店主さんたちが取り囲む。
そして奈々子さんが集まったみんなに私を紹介してくれる。
「あ、ありがとうございました。
……そしてこれからも、よろしくお願いします」
私はペコリと頭を下げた。
するとみんながいっせいに拍手してくれた。
その響きは神社の境内いっぱいに広がった。
「さあさあ、間もなくお客さんたちが来る。商売、商売」
そう言って会主の福島さんが手をぱんぱんと叩く。
――こうして早朝の決闘は終わりを告げた。
やがて空は真っ青に晴れ上がった。
そして雲ひとつない晴天が広がる。
この日は大繁盛だった。
お客さんがたくさんやって来て、お店の品物は次々となくなっていく。
私は公平くんの手伝いで在庫の品物をどんどん準備した。
「なあ、お前は本当にこれで良かったのか?」
公平くんが私に尋ねてきた。
「うん。だって私、地球の方が好き。
そしてみんなの方が好きだもん」
「じゃあ、晴れてお前も流刑者だな。
まったくおめでたい連中だぜ」
そう言って公平くんは苦笑した。
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