第4話 自己証明 ~ 東京 太郎 ~ 03
そして、その夜のことだった。
夕食が終わったときである。
その夜はお父さんもお母さんもいっしょにごはんを食べて、私は食べ終わったお皿を流しで洗っていた。
お父さんは新聞の夕刊を読んでいて(お父さんはネットニュースを見ているけど、どうも紙製の新聞の方が好きらしい)、お母さんはテレビでバラエティを見ていた。
つまり一家そろってリビングにいる状態だったのだ。
私は話をするなら今しかないと思った。
それはもちろん東京太郎さんのことだ。
「お父さん、お母さん、話があるの」
私はそう切り出した。
するとお父さんもお母さんも振り向いてくれた。
「話? なんだいったい?」
お父さんが尋ねてきた。
「うん。
……とっても大事な話。私に関わるとても大事な話なの」
すると、お父さんの顔にもお母さんの顔にも緊張が走るのがわかった。
私がなにを言いたいのか、だいたい想像がついたようだった。
「……こづえ。それは言ってはいけない話じゃないのかしら?」
お母さんはやはり気がついたようで、先手を打ってきた。
「うん。でも事態が変わったの。
――ねえ、東京太郎さんと東京花子さんって誰?」
お父さんとお母さんは互いの顔を緊張した目で見つめ合っていた。
そしてお父さんが口を開く。
「戸籍を見たのか」
「うん。……今日、市役所に行って調べてきたの」
「こ、こづえ!」
お母さんが私をたしなめる声を出した。
でも私は言葉を止めない。
「東京太郎さんって実在するの?」
「どうしてそう思うんだ?」
お父さんが逆に質問してきた。
その声は心なしか震えている様子に思えた。
「東京太郎さんって人の姿を見かけた。
そして、東京太郎さんから二度も電話があったの」
「ほ、本当なの? でも、……だって」
お母さんが叫んだ。
その顔は青ざめている。
「……東京太郎さんと花子さんに、お父さんたちは会ったことがない。
……お前がお父さんたちの元に来たとき。……書類一式が揃ってた。市役所に提出する書類だ。
そこに書かれてあったのが、東京太郎と東京花子と言う名前だ」
お父さんが静かにそう告げた。
「じゃ、じゃあ、東京太郎さんは実在しないのかも知れないのね?」
「ああ。その可能性はある。
お父さんもお母さんも間違いなく一度も会ったことはない。
それに電話で話したこともない」
「……じゃ、じゃあ、どうして私に電話がかかってくるの?
会って話がしたいって言ってたのよ」
「……それはお父さんもわからない」
私はお父さんの顔をまっすぐに見た。
お父さんは嘘をついているようには絶対に見えなかった。
「……け、警察」
お母さんがあわてて電話をかけようとした。
でもお父さんがそれを止めた。
「やめなさい。まだ犯罪って決まった訳じゃない」
「で、でも。このままじゃ、こづえになにかあるかもしれないのよ」
お父さんとお母さんの間には、この件について微妙に温度差があるようだった。
でも、お母さんはゆっくりと電話を降ろした。
「こづえ。お前は、その東京太郎さんに会いたいのか?」
お父さんが真剣な顔で尋ねてきた。
「ううん。会いたくない。
……だって私の本当のお父さんじゃないかもしれないし、だいいち私のお父さんとお母さんは目の前にいるもん」
これは嘘偽りなく私の本当の気持ちだった。
例え東京太郎さんがとんでもない資産家だったとしても、この思いは変わることはない。
「こ、こづえ……」
お母さんは両手で顔を覆って泣き出してしまった。
私もついもらい泣きしてしまう。
そしてお父さんはと言えば冷静に頷いていた。
結局、その夜はそこでこの話は終わりになった。
お父さんとお母さんからは十分に気をつけなさいと言葉が付け加えられた。
それはもちろん東京太郎さんの件だった。
「もしもし。私、大林こづえ」
私は自室に戻ると公平くんに電話をかけた。
『ああ。どうした?』
「うん。お父さんたちに確認した。
……やっぱり東京太郎さんとは会ってないって。
それに電話でも話したことないから、そんな人は知らないって」
『じゃあ、実在しないのか?』
「わからない。
……その名前は、私を引き取ったときに市役所に提出する書類に元々書かれてあった名前なんだって」
『……だとすると、その東京太郎には要注意だな。
もし会うことになっても、ひとりで会うのは避けた方がいいな』
「うん」
『それとだ。これからしばらくの間は知らない電話には出ない方がいい』
「東京太郎さんの可能性があるってこと?」
『ああ。ヤツはやはりいくつもスマホなんかを持っているんだろう。
それに公衆電話や固定電話からかけてくる可能性もある』
「うん。わかった」
私は公平くんの考えに同意した。
東京太郎さんがなにを考えているのかわからないけど、万が一のことも考慮に入れて置いた方がいいと思ったからだ。
そしてその夜はそこでお終いとなった。
それからしばらくの間、私の生活に大きな変化はなかった。
あれからなんども知らない番号から電話がかかってくることがあったけど、すべて無視していたからだ。
それにあの日以来、東京太郎さんの姿を見ることもなかった。
だから私は安心しきっていた。
もう東京太郎さんに悩まされることはないと思い始めていたのだ。
――土曜日。
私にとって待ちに待った骨董市が開かれる日だった。
その日は早朝から快晴だった。
十月らしい青々とした空が広がっている。
私はその日も徒歩で神社へと向かった。
バスに乗ると距離的に遠回りになるからだ。
――午前七時。
びっくりしたことに、こんなに早朝にも関わらず、すでに人が大勢集まっていた。
もちろんその中心はお年寄りたちだ。
すでにお店は開店していて、みんな手に品物を取って物色中だった。
「公平くん!」
私は数多くあるお店の中から公平くんの姿を見つけた。
今日も公平くんのお店は小さくてビニールシートに細々とした品物を並べている。
「ああ、おはよう」
「おはよう」
私は返事をした。
そして品物を見た。するとかわいい小物雑貨が、色とりどりに並べられている。
「品揃えが前と違うんだね?」
「ああ、いつも同じだとお客さんが立ち止まらないんだ。
ここに来る客はだいたい常連ばっかりだからな。
それにお前が来るって言ってたから、奈々子さんが張り切って品物を厳選していたんだ」
言われてみると確かに私好みのものばかりだった。
アンティークな小物入れとか、小さくてかわいらしい絵柄の小皿とか、愛くるしい動物の置物などがいっぱいあったのだ。
もちろんミニカーも前とは違うものが並んでいる。
「さっさと取り置きしていいぞ。
骨董市ってのは、見たときが買い時で、後で買おうとすると、そういうものに限って売り切れになるものなんだ」
「……そ、そうなの。わかった」
私はそそくさと欲しい物を取り置きした。
そして公平くんはそれを用意した段ボールの空き箱にしまってくれる。
「ところで奈々子さんはどうしたの?」
「ああ。打ち合わせがあるって
もうすぐ帰って来るだろう」
「会主さん? なにそれ?」
「ああ。会主ってのはこういう市の主催者だ。
出店費用を支払いに行ったり、いろいろな説明を受けたりするんで出店者は必ず挨拶に行く決まりなんだ」
「そうなんだ」
ここにも私が知らない世界があった。
やはり社会というのは学校では教えてもらえないことばかりなのを、私は思い知らされた。
「あら、こづえさん。おはよう。やっぱり来てくれたのね?」
振り向くとその奈々子さんが立っていた。
どうやら会主さんとの打ち合わせが終わったらしい。
奈々子さんは今日もメイクばっちりで、やっぱり私のお母さんよりも十歳以上若く見える。
今日はジーンズ姿だけど、それもとても美しい。
「はい。もうさっそく取り置きしてもらっちゃいました」
そして私は公平くんが保管してくれた段ボール箱を指さした。
「そう。気に入ってくれて嬉しいわ。私、ずいぶんがんばったのよ」
そう言って奈々子さんは特上の笑顔を見せてくれた。
それは私にまで感染しそうなくらいに素晴らしい表情だった。
気がつくと奈々子さんの後ろにおじいさんが立っていた。
年齢は私のおじいちゃんと同じくらいなので六十代後半あたりに思える。
白髪頭にハンチング帽を被ったちょっとおしゃれなおじいさんだった。
「よお、公平くん。おはよう」
「ああ、会主さん、おはようございます」
公平くんはペコリと頭を下げた。
どうやらさっき話題になった会主さんはこのおじいさんらしい。
「会主の
奈々子さんが私に紹介してくれたので、私も名前を名乗ってお辞儀をした。
「奈々子さん、この女の子は公平くんといい仲なのか?」
突然、そんなことを福島さんは言った。
「ち、違いますっ。た、ただのクラスメートですっ!」
私は真っ赤になって、ついそう言ってしまった。
そしてちらりと公平くんを見た。
もしかしたら、私の今の言葉を不愉快に思っているかもしれないと思ったからだ。
だけど、公平くんはまったく気にしていない様子だった。
……でも、それはそれで私としては少し気に障る。
私だって年頃の女なのだ。ちょっとくらい反応があってもいいんじゃないかと思ってしまったのだ。
「あらあら会主さん。まだこの二人は出会って間もないのよ。これからよ。これから……」
奈々子さんは笑顔のままで、なにやら含みのある言い方をする。
「おお、そうか。それはうっかりだ」
福島さんと言うおじいさんは、ニコニコ顔になってそう言った。
それから少し事務的な話をいくつかすると、福島さんは去って行った。
「……なあ、奈々子さん。俺と大林がこれから、ってのはどういう意味だ?」
公平くんが作業の手を休めずに声だけで奈々子さんに尋ねていた。
「文字通りの意味よ。
――これからもっと仲良くなるのか、それともお話もしない仲になってしまうかは公平たちの問題だからよ」
そう言って奈々子さんは私の顔をのぞき込む。
私はと言えば、またもや耳たぶまで真っ赤になっていた。
――そのときだった。
奈々子さんのお尻のポケットから、なにかがはみ出しているのが見えたのだ。
ブルージーンズから顔を出すそれは、銀色で細長い金属の棒に見えた。
「奈々子さん、それはなんですか?」
私は奈々子さんのお尻のポケットを指さして尋ねていた。
「……宇宙人の証なんだとよ」
公平くんが先に返事をした。
それもとんでもない内容だ。
「ええっ…………!」
私は瞬間的に凍り付いてしまった。
思考が停止し、頭のてっぺんからつま先まで電流が駆け抜けたような錯覚を感じた。
「……う、宇宙人?」
私は思わずつぶやいていた。すると奈々子さんがにこにこ顔で答えてくれる。
「そうよ。私は地球人じゃないの。
……遠い空の向こうからやって来たのよ」
「…………」
更に絶句してしまった。
私はなにかを言いかけた。だけど、言葉にはならなかったのだ。
「真に受けるな。本人が勝手に言っているだけだ」
公平くんが、やれやれと言った表情になる。
「あら、本当よ。そのうち正体を見せてあげるって言ってるじゃないの」
奈々子さんが口をとがらせて不満そうに言う。
「俺はその言葉を信じて、小学校のときにクラスで大恥をかかされた」
「あら、そうだったかしら?」
奈々子さんは我関せず的な顔になり品出しを始めた。
「……あ、あの。……な、奈々子さんは本当に宇宙人なんですか?
こ、これって真剣な質問なんですけど……」
私は思い切って奈々子さんに話しかけた。
だけど声は小さめなので、伝わるのは奈々子さんと公平くんぐらいで、周りで賑わっている人たちには聞こえていないはずだ。
「あら、本当よ。私は一歳のときに実家で拾われたのよ。
私のお父さんとお母さんなら証言してくれるわよ」
そう笑顔で答えたのである。
「その奈々子さんの両親に訊こうったって無駄だぜ。
住んでいるのは北海道の本物の奥地だからな。
隣の家までだって車で二時間なくちゃ行けない場所だ」
公平くんが苦笑いでそう答えた。
「こ、公平くんはその……。
ええと、おじいちゃんとおばあちゃんに会ったことあるの?」
「ああ。……いやにこだわるな。
……まあ、いい。もう十年近く会ってないけどな、一度北海道まで行ったことがある。
そのときに確認したけど、俺のじいさんとばあさんにあたる人たちは、奈々子さんが確かに宇宙人だって言ってた」
私は愕然としていた。
「……あ、あの。
……信じてもらえないかもしれないけれど、……私も、
……う、宇宙人なんです」
――禁忌。
私はとうとうそれを口にしてしまった。
お父さんとお母さんから、絶対に他人には漏らしてはいけないと言われていた私の正体だ。
だけど、私の目の前に宇宙人だと証言した奈々子さんがいるのだ。
だからつい言ってしまった。
私が物心ついてから、あのときに両親に言われてから一度も宇宙人だと名乗る人物には出会ったことがなかった。
だから魔が差したのかもしれない。
いや、東京太郎さんの件でお世話になっていて、それで安心できると思ったからに違いない。
とにかく私は一線を越えてしまったのだ。
「あら、そうなの。ふふふ。だったらいよいよ他人じゃないわね」
「ああ、そうか」
私は真面目に告白したつもりだった。
だけど奈々子さんも公平くんもちっとも驚いてくれない。
「ええっ。信じてもらえないの……?」
「信じるわよ。だってこづえさんが真剣な顔して、そう言うんだもの」
奈々子さんは嬉しそうにそう答える。
「証拠があれば、俺は信じるぜ。
別に疑っている訳じゃないけど、奈々子さんの件ですっかり懲りた」
公平くんは苦笑いを止めない。
でも私を馬鹿にはしてない様子だった。
半信半疑ってところだろうか?
「奈々子さん、そのポケットに入ってるのは、なんなんですか?」
「ああ、これね?」
奈々子さんはそう言いながらポケットから銀色の棒を出して見せてくれた。
それはもちろん公平くんから宇宙人の証だと説明された棒のことだ。
「……軽いんですね」
驚いた。
それはステンレスでもアルミニウムでもなくてチタンとも思えない。
しっかり堅い金属なのに鉛筆よりもずっとずっと軽いのだ。
「これは杖なのよ。私が振るとすごいことが起こるんだから」
「そ、そうなんですか?」
私は杖を握ってみた。
ひんやりとした金属の堅さを感じた。
そのサイズは十五センチほどで太さは鉛筆よりもやや太い。
そしてどこにも凹凸がないことから単なる金属棒にしか見えなかった。
「俺はその杖を使ったときを、見たことがないんだ」
「あら、だって緊急事態にしか使っちゃいけないのよ。
それにこんな大勢の前で振ったら怪我人が出るわ」
私は公平くんの顔と奈々子さんの顔を見比べた。
公平くんは明らかに疑っている様子なのに対して奈々子さんは笑顔だが真面目な受け答えに見えた。
「こづえさんは、この杖を見たことないのかしら?」
「……ええ」
私はこんな杖は一度も見たことがない。
「あらそう。なら
奈々子さんがそう尋ねてきた。
笑顔には違いないが、なにか真剣な表情になっていた。
「コ、コシュウってなんですか?」
私は尋ね返していた。
そんな単語を耳にしたのは生まれて初めてだからだ。
「孤舟はね、こう書くのよ」
そう言って奈々子さんはペンで紙に『孤舟』と書いたのだ。
「孤独な舟ってことですか?」
「ああ。一人乗りの宇宙船らしい。
なんでも飲み薬のカプセルの形をした銀色の物体だそうだ」
「ええっ……!」
私は今度こそ本格的に絶句してしまった。
それは十歳のときにお父さんとお母さんから見せてもらった、あのカプセルのことだと思ったからだ。
「どうした?」
私があんまり黙っていることから公平くんが顔を上げて尋ねてきたのだ。
「……う、うん。見たことあるの。そのカプセル」
「あるのか?」
公平くんは私を真剣に見ていた。
「うん。
……私がお父さんとお母さんから自分が宇宙人だと教えられたのは、小学校五年のときだったの。
でね、そのときお父さんたちの部屋の押し入れに、その孤舟とかいうカプセルがしまってあったの……」
私は話ながら震えていた。
膝がガクガクして口の中がカラカラに乾いていた。
「あら、嬉しい。
だったら私の同胞ね。その孤舟は今でもお家にあるのかしら?」
「……か、確認してません。
私の家、今年の三月に引っ越ししたし、それにお父さんとお母さんの部屋は立ち入り禁止なんです」
――正直に答えた。
私の家は今年の三月に引っ越しをしていた。
それは同じ市内の引っ越しで賃貸の一戸建てから今住んでいる分譲のマンションに移ったのだ。
「なら、確認してみることだな。もしあれば、お前の素性がわかるはずだ」
「そうね。
……でもね、こづえさん。あなたのお父さんたちにも考えがあるのかもしれないから、よくよく考えてから行動した方がいいわ」
私は深く頷いた。
「こ、公平くんは奈々子さんの孤舟を見たことがあるの?」
「いや、見せてもらったことがない。
だから俺は奈々子さんの話を完全に信じている訳じゃないんだ」
「あら、だって孤舟も秘密なのよ。
杖と同じで簡単に見せたり使ったりできる訳じゃないのよ」
奈々子さんは楽しそうにそう話す。
「ああ、そうかい……。
ま、それはそれとして東京太郎のときのように大林はやっぱり両親に確認した方がいいんじゃないか?」
「つ、杖と孤舟のこと?」
「ああ。
……もしかしたら東京太郎とつながる可能性もあるはずだ」
公平くんは確信に満ちたような顔でそう私に告げた。
私は奈々子さんも見た。
だけど奈々子さんはにこにこ笑顔を振りまいているだけだった。
そこで私たちは東京太郎さんや杖や孤舟の話題は終わりにした。
お店にお客さんが集まり始めていたからだ。
私はその日、気がつけば公平くんのお店を手伝っていた。
そして奈々子さんからアルバイト料までもらってしまった。
「ええっ! いいんですか?」
「あら、いいのよ。今日はお陰様で繁盛したし」
「受け取って置けよ。奈々子さんの気が変わる前にな」
奈々子さんは笑顔で私に封筒を渡してくれた。
私は嬉しさで舞い上がってしまい、その場でくるくる踊り出してしまう。
そんな私を公平くんは苦笑しながら見ていた。
「お前、誕生日はいつだ?」
公平くんが突然そんなことを訊いてきた。
「え、私は九月の二日だよ」
そうなのだ。私は先月に誕生日を迎えていた。
だからもう十七歳なのだ。
「そうか」
公平くんはそれっきり質問をしなかった。
なぜ私の誕生日なんか知りたがるんだろうと思ったけど公平くんが黙って腕組みをしていたので口には出さなかった。
骨董市は朝がとても早い。
だからなのか終わるのも早くて午後二時には公平くんのお店の後片付けは終わっていた。
どうやら開店時間や閉店時間の采配は、それぞれの店の判断に任されているようだった。
そして公平くんのお店を去ろうとしたときだった。
「なあ、大林。……東京太郎ってのは、あいつなのか?」
突然、公平くんがそう告げた。
見ると遠くの誰かを指さしている。
「ええっ! どこにいるの?」
私は公平くんが示す方角へすばやく視線を送る。
そこは鳥居の方で今でも賑わいがあって人通りが多い。
だけど、私が見た東京太郎さんと同じ姿の人は見えない。
「……いや、消えた。でも、ずっと長い間こっちを見ていた」
「ど、どんな格好だったの?」
「なんて言ったらいいんだろうな。平凡過ぎて顔の特徴がうまく言えない。
……とにかく平凡な中肉中背の中年の男だ。
ソフト帽を被っていて、ベージュのコートを着ていた」
「ええっ……!」
私は、ゾゾゾと背筋に寒気が来た。
「……そ、その人だよ」
私の声は震えていた。
東京太郎さんはここにも現れたのだ。
やはり私を見張っているのだろうか……?
その後、電話がかかってきた。
だけどまたまた見知らぬ番号だったので、私は出なかった。
「……わ、私、帰るね」
私は公平くんにそう告げた。
「ひとりで大丈夫か?」
「うん。今のこの時間ならバスは混んでるから……」
空いているバスなら東京太郎さんが接近してくる可能性もあるけど、混んでいるバスなら大丈夫だろうと私は考えたのだ。
そしてその予想は当たり、幸いなことに今日、それから東京太郎さんに出会うことはなかった。
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