第5話 自己証明 ~ 東京 太郎 ~ 04

 そして夕方四時近くだったと思う。

 私は今日、骨董市で買ってきた品物を棚に並べて悦に浸っていると電話があったのだ。


 

 

 私は一瞬、東京太郎さんかと思って警戒したけど、表示された名前を見て安心した。

 相手は公平くんだった。


 


「もしもし? 私」




『大林か? 今から出て来られるか?』




「今、どこにいるの?」




『図書館にいる。今、調べ物をしていたところだ』




「ええっ!」




 公平くんはさっきまで骨董市の後片付けをしていたのに、今は図書館にいると言う。 

 私は公平くんの行動力に感心してしまった。 

 だけど、なぜ図書館にいるのか理由はわからない。

 

 

 

『ちょっとこっちに来られるか?

 おもしろいことがわかった』




「うん。図書館のどこで待ってるの?」




『ロビーの外で待ってる。

 入り口の脇だ』




「わかった。 

 あと二十分で行けると思うよ」

 

 

 

『ああ、待ってる』




 公平くんの電話はそこで切れた。

 私は急いで家を出た。

 

 

 

 バスはすでに到着していて、私はすぐさま乗り込んだ。

 そしてすぐに発車して、やがて目的の図書館前に着いた。

 私は急ぎ足でバスを降りて図書館へ向かう。

 

 

 

「公平くんっ!」




 私は小走りで手を振りながら呼んだ。

 

 

  

「ああ。意外と早かったな」




「うん。道路も空いてたから思ったより早く着いたんだよ」




 公平くんは図書館の外にあるベンチへと私を誘った。

 そこはちょっとした庭園になっている場所だった。

 ここなら誰にも話の内容を聞かれることはない。幸い誰の姿もなかったからだ。

 

 

 

 そして私と公平くんは並んでベンチに腰掛けた。

 

 

 

「ねえ、おもしろいことって、なに?」




「俺はこの図書館で孤舟こしゅうの記事を探していた。

 新しいことを調べるのはインターネットが向いているが、古い情報は意外とここの方が調べやすい」

 

 

 

「えっ、なんでこんな所で探すの? 

 もしかしたら、まだお父さんたちが私に隠して持ってるかもしれないんだよ」

 

 

 

「ああ、それはわかってる。

 俺がまず調べたのはその情報だ。

 これを見てくれ」

 

 

 

 そう言って公平くんは手にしていた四つ折りのコピー用紙を広げた。

 それは昔の新聞のコピーのようだった。

 

 

 

「今から十六年前の新聞記事のコピーだ」




「どうしたの、こんなの?」




「図書館には古い新聞が保管されているんだ。縮小版で電子化されているヤツだけどな。 

 俺は該当すると思われる年月のものをずっと調べてみた。

 それがこれだ」

 

 

 

 私は新聞のコピーをのぞき込む。

 

 

 

「……こ、これって?」




 私は絶句した。

 それは東京の地方欄で、今から十六年前の未明に謎の大きな流れ星を大勢の人が目撃したという記事だった。

 

 

 

「流れ星の正体は不明。

 ただ目撃情報だけが掲載されている。

 それも落下地点は、ここの近くの場所だ」

 

 

 

 確かに公平くんの言う通りだった。

 詳細は不明で隕石の可能性もあると書かれているが、その後該当する石は見つかっていないようだ。

 

 

 

「……ひ、日付はいつなの?」




「自分で見てみろよ」




 公平くんは私にコピーを渡してくれた。

 するとそこには小さく九月二日と表示されていた。

 

 

 

「……わ、私の誕生日じゃない。これって……」




「偶然かもしれない。

 でもそうじゃないかもしれない。

 とにかく十六年前の九月二日に東京のこの地に落下してきた流れ星があったってことだ」

 

 

 

「……十六年前の九月二日。私がちょうど一歳のとき……」




「そう。お前は一歳のときに養女になったって話だな。

 そして誕生日もその日と一致する」

 

 

 

 私は唇をかみしめた。

 偶然にしては一致しすぎている。

 

 

 

「私の乗ったカプセル……。

 孤舟の可能性があるってことだよね?」

 

 

 

「ああ。俺はそう思ったんだ。

 お前が孤舟に乗ってここに来たのなら、それは空からに違いない。

 だからこういう記事を調べに来たんだ。

 そしたら結果、こうなった」

 

 

 

 私は公平くんをじっと見た。

 公平くんはなんでも相談できる私専属のカウンセラーだ。

 いつも冷静で頭もいい。

 物事を情緒的にとらえるのではなく、理詰めで順序よく組み立てていくタイプだ。

 

 

 

 ……そういえば公平くんは理科とか数学が得意だった。

 きっとその性格からもそういう学科が合っているのかもしれない。

 

 

 

「私、とにかくお父さんやお母さんに訊いてみる。

 ……もうこうなったら、お父さんたちが怒ったって関係ない。

 だって事態がこんだけややこしくなっちゃってんだもん」

 

 

 

「ああ。それがいいかもな」




「うん」




 私は頷いた。

 そして立ち上がる。

 西の空は赤くなり始めていた。そろそろ図書館も閉館時間になるに違いない。

 

 

 

「そろそろ帰るか?」




「うん」




「明日、また神社で骨董市に出るんだ。

 よかったら来るか?」

 

 

 

「う、うん。絶対に行く。朝から行くよ」




 私と公平くんはこうして図書館を後にした。

 

 


 その日の夜も、私はお父さんとお母さんといっしょに夕食を食べていた。

 そして食べ終わった頃だった。

 

 

 

「あのね。

 ……今日もお父さんとお母さんに話があるの」

 

 

 

 私はそう言って話を切り出した。

 お父さんとお母さんの顔に今日も緊張が走る。

 

 

 

「東京太郎のことかい?」




 お父さんが静かにそう問いかけてきた。

 

 

 

「ううん。

 ……あれからも何度か電話はあったけど、私、話をしていない。

 電話に出てないし。

 ……それに今日も東京太郎さんらしい人が現れたみたい。

 だけど、それは友達が見ただけで私は見てないし」

 

 

 

「それなら、なんの話なの?」




 お母さんが少し緊張気味の顔で私に尋ねる。

 私は少し深呼吸して口を開いた。

 

 

 

「……私が宇宙人だっていう話のこと」




 すると互いに目配せをして、お父さんもお母さんも黙りこくる。 

 やがてお父さんが口を開いた。

 

 

 

「なにを訊きたいんだ?」




「……私、知ってるの。

 今から十六年前の九月二日。つまり私が一歳のときに宇宙から流れ星が落ちて来たのよね? 

 それに私が乗ってた。銀色のカプセルのこと」

 

 

 

 お母さんがなにか言いかけた。

 だがお父さんがそれを制して口を開く。

 

 

 

「お前の言う通りだ。

 確かにその日の朝、前に住んでいた家の庭にカプセルが落ちていた。

 それに小さなお前が入っていた」

 

 

 

「それで私を養女にしたの?」




「……そうよ。

 お母さんは子供が産めない身体だったの。だから赤ちゃんをあきらめていたわ。

 そうしたら、こづえが私たちの前に現れたのよ」

 

 

 

 ――沈黙。

 

 

 

 私がなぜもらわれっ子なのか、そしてどうしてその後に弟や妹が生まれなかったのかの事情を知ってしまったからだ。

 

 

 

 やがてお父さんが話し始めた。

 その顔には覚悟が浮かんでいるのがわかる。

 

 

 

「前にも話した通り、赤ん坊のお前と書類がそのカプセルに入っていた。

 それは市役所に提出する書類だけじゃなくて、他にもいろいろ書いてあった」

 

 

 

「その書類は今どこにあるの? 

 市役所に提出した書類以外にはなにが書かれてあったの?」

 

 

 

「処分しちゃったわ。

 引っ越しのときにね。……お母さんたちには嬉しくない内容が書かれていたからよ」

 

 

 

 お母さんがそう言って俯いた。

 

 

 

「ど、どんなことが書かれてあったの?」




「お前がいつかはここから、……この地球からいなくなるってことだ。

 あのカプセルは宇宙艇だと書かれてあった。

 やがて成長したお前はそのことに気づき、この家を、……この地球を出て行ってしまうと書かれてあったんだ」

 

 

 

「私が気づく? どうやって? 

 ……だって、お父さんたちは、この話は絶対にしちゃいけないって言ってたし、私から宇宙に帰るって考える訳ないし、だいいちできる訳ないじゃない?」

 

 

 

 ――疑問。

 

 

 

 以前に両親は、私に私が宇宙人であることを告げていた。

 それは私が小学校五年生だったときだ。

 

 

 

 ――だったら、なぜ、お父さんとお母さんはそのとき私に、秘密を打ち明けたのだろう? 

 黙っていたってよかったはずだ。

 

 

 

「ねえ、私に初めて私が宇宙人であることを言ったときのことを憶えてるでしょ? 

 あのときなんで私にそんなこと言ったの?」




 するとお父さんとお母さんは互いの顔を見比べた。

 そしてお父さんが話し始めた。

 

 

 

「お母さんはずっと反対していた。

 こづえが宇宙人であることを知る必要はないと思っていたからだ。

 だけどお父さんは機会があったら言った方がいいと判断した。それが、お前が五年生のときだ。

 そのときのお前はもう十歳になっているから自分でも覚悟できるとお父さんは思ったんだ」

 

 

 

「覚悟? なんのこと?」




「……カプセルのことよ。

 あのカプセルにはこづえが操作すると、すべてのことを知ることができる機能があるって書類には書かれてたわ。

 だからいつかは、こづえが自分の運命を知ることになるってわかってたのよ。

 ……だから突然だと驚くと思って、こづえが十歳のときに教えようってお父さんと話し合っていたのよ」

 

 

 

 お母さんは涙を浮かべていた。

 

 

 

「すべてを知るって? どういうこと?」




「それはお母さんもわからないわ。

 だってあのカプセルは、こづえにしか操作できないって書かれてあったのよ」

 

 

 

「こづえは、あの朝に庭でお父さんが発見した。

 そのときにはカプセルのフタが開いていて、お前と書類だけを取り出すことができたんだ。

 そしてこづえを抱き上げたときにフタが突然閉まってしまったんだ。

 それからは、なにをしても開けることができなかった」

 

 

 

「だからあのカプセルには、どんな機能があるのかは知らないの。

 これは本当よ?」




 お父さんの言葉をお母さんが引き取って、そう私に告げた。

 

 

 

「……カ、カプセルはどうしたの? 捨てちゃったの?」




 お父さんがなにか言おうとした。

 でもお母さんが先に口を開いていた。

 

 

 

「お母さんが悪いのよ。お父さんは最後まで反対していたわ。

 それがこづえの運命なら、そのときにこづえに判断させればいいって。

 だけど引っ越しのとき……。偶然通りかかったリサイクルショップの人に売ってしまったの」

 

 

 

「売った? どこのお店なの?」




「それは知らないわ。

 だって本当に偶然通りかかったトラックの人だったんだもの……。

 ごめんね、お母さんが悪いのよ。

 ……お母さんは、ずっとこづえにはウチの娘でいて欲しかったのよ」

 

 

 

 そう言ってお母さんは、両手で顔を覆った。

 

 

 

「お母さん。……私はどこにも行かないよ。安心して」




 それは私の本心だった。

 生まれが宇宙人だかなんだか知らないけど私は大林家の娘なのだ。

 お父さんやお母さんを置いて去って行こうなんて、ちっとも思っていない。 

 

 

 

 ――そのときだった。

 

 

 

「……ひとつだけ残っているものがある。ちょっと待ってなさい」




 そう言ってお父さんは立ち上がると両親の部屋へと入っていった。

 そしてすぐに戻ってきた。

 その手には銀色の細長い棒があった。

 

 

 

「……ええっ!」




 私は絶句した。

 それは奈々子さんが持っていたあの杖と、同じものだったからだ。

 

 

 

「これがひとつだけ残ったものだ。

 これはカプセルの中にあった書類といっしょに入っていた。

 なんに使うのかはお父さんもわからない。

 なにかの部品かもしれないし、ただの棒なのかもしれない」

 

 

 

 そう言ってお父さんは、私に銀色の杖を差し出した。

 それを私は受け取った。

 私はその杖を改めてじっくりと見てみた。

 

 

 

 やはり奈々子さんの杖と同様で先端にキャップのようなものもないしボタンのようなものもない。

 よくよく見ても小さな棒、もしくは小さな杖にしか見えなかった。

 

 

 

「……こづえの名前はから取ったのよ。

 その棒は小さな杖に見えるでしょ?」

 

 

 

 お母さんがそう告げた。

 見るとお父さんも頷いている。

 

 

 

「小さな杖。……だから、こづえ」




 お父さんがそう説明してくれた。

 

 

 

「こづえって、そう言う意味だったの?」




 私が尋ねると両親ともに頷いた。

 

 

 

 私にはずいぶん前から疑問に思っていたことがあった。

 それは私の名前である『こえ』だ。

 

 

 

 ふつうだったら『梢』か『こずえ』になるはずだ。その方が女の子の名前としてしっくりくる。 

 だから私の『こづえ』の『』がなぜ『』じゃないのかと密かに疑問に思っていたのだった。

 

 

 

「とにかくそう言う訳で、カプセルはもうこの家にはない。

 そして隠してきた秘密もその杖でお終いだ。

 他になにか訊きたいことはあるか?」

 

 

 

 お父さんがそう尋ねてきた。

 

 

 

「ううん。もうないよ」




 私は首を振る。

 するとお父さんもお母さんもすっきりとした顔になっていた。

 

 

 

 おそらく私の両親は、いつかこの日が来ると長年覚悟していたに違いない。

 そしてその日が今夜だったのだ。

 それが終わって両肩の重い荷物が取れたのだと私は理解した。

 

 

 

「こづえが、これからなにをするのかお母さんにはわからない。

 でも危ないことはしないでね」

 

 

 

 私は頷いた。

 もちろんこれからの行動は、できるだけ穏便にすまそうと思っていたからだ。

 

 

 そして自分の部屋へと戻ろうとした。

 だけど、その前に言っておきたいことがあった。

 

 

 

「あのね。……うまく言えないけど、私、お父さんとお母さんの前からいなくならないよ。

 だってずっと育ててくれたんだもん。

 ありがとう」

 

 

 

 それだけ言い残すと私は足早に自室へと入っていった。

 振り返ると恥ずかしくなるから振り向かなかったので、お父さんとお母さんがどういう表情になったのかはわからないけど正直に自分の気持ちが言えたので私自身は満足だった。

 

 

 

 部屋に戻った私はスマホを取り出した。

 そして公平くんへと電話をかけたのだ。

 

 

 

「……もしもし? 私」




『ああ、どうした?』




 いつもと同じ台詞で、いつもと同じに冷静な声に私は安心する。

 

 

 

「あ、あのね。私のお父さんとお母さんに話をしたの。

 ……私、やっぱり宇宙人だった」

 

 

 

『そうか』




「それでね。公平くんが調べてくれた流れ星のこと、あれ本当だった。

 あれは私が乗っていた孤舟のことだったんだって。

 孤舟は私しか操作できなくて、お父さんたちはフタの開け方もわからないし使い方もわからないって言ってた。

 とにかく私じゃなくちゃ操作できないんだって。

 ……それにね、孤舟の中には市役所に渡す書類とかも入ってて、それで私を養女にしたんだって」

 

 

 

『そうか。それでその孤舟はどうなった?』




「うん。売られちゃったんだ。

 ……引っ越しのときに、お母さんが通りかかったリサイクルショップの人に売っちゃったんだって」

 

 

 

『リサイクルショップ? その店の名前はわかるのか?』




 公平くんが、なぜだか強く尋ねてきた。

 

 

 

「ううん。わからないって。本当に偶然通りかかった人に売っちゃったんだって……」




 すると公平くんは考え込んでいるようだった。

 私は仕方なくしばらくそのまま待っていた。

 やがて公平くんが口を開いた。

 

 

 

『――どこの店に売ったかはっきりすれば、この業界では探し出すことができる可能性もあるんだ』




「そ、そうなの?」




『ああ、狭い業界だからな。まあ確率は低いけど……。

 明日、同業者に訊いてみるか……』

 

 

 

 公平くんはそう言ってくれた。

 

 

 

「あのね、でも、杖は見つかったの」




『奈々子さんの杖と同じものか?』




「うん。まったく同じものだった」




『……なら、お前は間違いなく宇宙人なんだな』




 私にはなぜか見えないはずの公平くんの今の顔が頭に浮かんで見えた。

 間違いなく苦笑いしているに違いない。

 

 

 

「信じるの?」




『ああ。こうまで奈々子さんと同じ条件だからな。

 杖を持っている。そして孤舟に乗ってきた。

 ……それなのに信じない方がおかしいだろ?』

 

 

 

「うん。……ありがとう」




 私はなぜだかお礼を言っていた。

 そして、明日また骨董市で会う約束を改めてしたのだった。

 

 

 

 翌日。日曜日。 

 今日も空は日本晴れだった。

 見回しても雲ひとつ浮かんでいない。

 

 

 

「おはよう」




 私は今日も午前七時に神社の境内にやって来た。

 今日も昨日と同じで、お店がたくさん並んでいて、たくさんの人でさっそく賑わっている。

 

 

 

「ああ、おはよう」




 今日も昨日と同じ場所で公平くんは店番をしていた。

 そして奈々子さんの姿はない。

 

 

 

「今日も奈々子さんは会主さんのところに行ってるの?」




 私は昨日挨拶した福島さんというおじいさんの顔を思い浮かべる。

 

 

 

「ああ。まもなく帰ってくるだろう」




 私は今日の公平くんのお店の品揃えを見た。

 

 

 

「あ、また今日も商品が違うんだね」




「ああ。昨日も言った通りだけど、常連ばっかりだからな」




 私は今日も少しだけ取り置きをお願いした。

 それはやっぱりアンティークな動物の置物だった。

 

 

 

「あら、こづえさん。おはよう」




 気がつくと奈々子さんが立っていた。

 

 

 

「奈々子さん、おはようございます。

 ……今日も取り置きしちゃいました」

 

 

 

「あら、嬉しいわ。

 ……ねえ、こづえさんは、土日や祝日はいつも予定がないのかしら?」

 

 

 

「……ええっ? えーと、だいたい暇です。

 部活も入っていないし、ときどき女友達と買い物したりするくらいです」

 

 

 

「そうなのね。

 ……なら、私からの提案なんだけど、このお店でアルバイトをお願いできないかしら?」

 

 

 

「ええっ!」




 私は驚いた。

 そんなことはちっとも考えていなかったからだ。

 確かに私はバイトができるほど時間が余っている。

 

 

 

「無理ならいいのよ。ごめんなさいね」




「い、いいえ。無理じゃありません。私、やりたいです」




 私は気がついたら宣言していた。

 

 

 

「あら、嬉しいわ。

 だったら良かったら、今日からでもお願いしようかしら?」

 

 

 

 奈々子さんは、とても嬉しそうだった。

 私も同じ気持ちだ。

 アンティークに囲まれる仕事なんて夢みたいだからだ。

 

 

 

 私は小さい頃は自分でお花屋さんをするのが夢だった。

 そして最近ではお店をするのならアンティークショップ(まあ、骨董屋なんだけど……)でもいいかな? 

 なんて、思うこともあった。

 

 

 

 私はそんな思いがあったことから、このお店でのバイトはなにかの縁だと思ったのだ。

 

 

 

「あ、……履歴書、書いて持ってきた方がいいですよね?」




 私は今まで働いたことなんかなかったけれど、それでも働くには履歴書が必要なことくらいは知っている。

 ……学歴も職歴もないも同然だけど。

 

 

 

「いる? 

 私はいらないけど、こづえさんが持ってきたいのなら、それでもいいわ」

 

 

 

 すると公平くんが口を開く。

 

 

 

「別に履歴書なんていらないぞ。

 ……それにこの仕事はアルバイトってよりも手伝いって言う方がしっくりする。

 少なくとも俺はそうだと思ってる」

 

 

 

「あら、そうね。だったら別に書かなくていいわよ」




 奈々子さんと公平くんがそう言ってくれたので私はそれに従うことにした。

 

 

 

「あ……。そう言えば、奈々子さん。

 昨日の夜、両親が私に渡してくれたんですけど」

 

 

 

 ふと思い出した私は、ショルダーバッグから杖を取り出した。

 杖は日の光を浴びて銀色に鈍く光る。

 

 

 

「あら、まちがいなく私の杖と同じものね」 




 なぜかしら嬉しそうな表情を見せた奈々子さんはポケットから自分の杖を取り出して並べて見せてくれた。

 

 

 

「……本当ですね。そっくりです」




 私はそう言った。

 どこからどう見ても同じものにしか見えない。まったく区別が付かなかった。

 

「この杖はね、武器なの。

 機会があったら、どこか安全なところで振ってみるといいわ」

 

 

 

「……ほ、本当に武器なんですか?」




 私は自分の方の杖を受け取りながら怖くなってそう発言する。

 

 

 

「ええ。そうよ」




 だけど奈々子さんはニコニコ顔だ。

 

 

 

「使い方さえ間違わなければ、それほど危険はないわ。

 ……それにね、その杖はこづえさん本人しか使えないの。

 だから私が持っていても仕方ないのよ」

 

 

 

 笑顔でそう言うのだ。

 

 

 

「す、捨てちゃダメなんですか?」




「それを捨てるなんて、とんでもない。

 ……それは個人識別のために必要なの。

 そうじゃないと孤舟を見つけても動かせないわよ」

 

 

 

 私は本心としてはこんな物騒なものはゴミ箱にポイしたいのだけど、それはどうやらできないようだ。

 

 

 

「それより、奈々子さん。こいつの孤舟を見つけられないか? 

 大林の家にあったものは、どうもヤツのお袋さんがリサイクルショップに売ってしまったらしいんだ」

 

 

 

「孤舟を……? 

 もしそんなものが競りに出ていたら、なにがあっても落札するんだけど。

 ……後で同業者に訊いてみるわ」

 

 

 

 そう言ってくれた。

 私はなんだか申し訳ない気持ちがした。

 私のために公平くんだけじゃなくて、奈々子さんまで手伝ってくれることになったからだ。

 

 

 

 やがて手伝いが一段落すると私は公平くんたちのお店を後にした。

 後学のために他のお店も見ておくようにと奈々子さんに言われていたからだ。

 

 

 

「私、他のお店も見てくるね」




「ああ。しっかり勉強してこいよ」




 公平くんはそう言ってくれた。

 

 

 

 神社の境内は時間が進むにつれて、ますます賑わってきた。

 私は人の波をかき分けて出店しているお店をひとつひとつ見て楽しんでいた。

 

 

 

 どうやって仕入れたのか不明だけど、なぜか未使用品の戦時中に軍隊で使われた飯盒とか丼茶碗とかが並んでいたり、古着屋と書いてあったのでのぞいてみたら、それは古い着物でデザイン的にも私には似合わないし、だいいち自分では着られないので、きれいだけど残念ながら買うつもりにはなれなかった。

 

 

 

 でもそのうちに、一件のおもしろいお店を見つけた。

 それは神社の鳥居の近くのお店で古い懐中時計や骨董品のフィルム用カメラなどが並んでいる露店だった。

 

 

 

 その中で特に私の目を惹いたのは、からくり仕掛けの置き時計だった。

 それは電気で動くものじゃなくて、すべてゼンマイで動かせるもので、さまざまな人形が時刻とともに演奏したり踊り出したりするものだった。

 

 

 

 ……欲しいけど、いくらするんだろう……? 

 

 

 

 私はそれを手に取ってみた。すると店のおじさんが話しかけてきた。

 やせた小柄な中高年のおじさんで、ぶすっとした表情だった。

 

 

 

「お嬢さん、若いね。年はいくつ?」




「じゅ、十七歳です」




 私が正直に答えると、おじさんは苦々しい顔になった。

 

 

 

「悪いけど、お嬢さんに買える物はウチにはないよ。

 お嬢さんの予想より一桁は高いから」

 

 

 

 そんな風に言うのだ。

 ……失礼な。

 要するに私を冷やかしの客だと決めつけて、さっさと出て行け、と言いたいのだろう。

 

 

 

 私は心の中でだけムスッと不満顔になって、置き時計の裏を見た。

 するとそこには値札が貼ってあって、……五万円と書かれてあった。

 

 

 

 ……ゲッ。

 とてもじゃないが買えない値段だ。

 ……ま、負けた。完全敗北だ。

 

 

 

「……すみません。お邪魔しました」




 私はそう返事をして、そっと置き時計を元に戻した。

 

 

 

 ――そのときだった。 

 椅子に座っているおじさんの後ろに、とんでもない品物が置いてあるのを見てしまったのだ。

 

 

 

「す、すみませんっ! それ、見せてくださいっ!」




 私は驚愕のあまり叫んでいた。

 辺りの人たちが驚いて私を振り返るのがわかる。

 そして店のおじさんも、いきなりの私の態度の豹変に気圧された表情になった。

 

 

 

「……あ、ああ、これか? 

 売ろうかどうしようか迷ってたんだ」

 

 

 

 そう言いながらもおじさんは、私が指さした品物を両手に抱えて見せてくれた。

 

 

 

 ――孤舟っ……!!。

 

 

 

 大きさも色も間違いない。

 これは私が見た孤舟と記憶が完全に一致する。

 

 

 

「それ、たぶん私の家にあったものなんです。

 お願いします。売ってくださいっ!」

 

 

 

 すると叔父さんは、いよいよ困った顔になる。

 

 

 

「お嬢さんには無理だね。売ってもいいけど高いよ」




「い、いくらなんですか?」




「うーん。本当は百万円なんだけど、値引きして五十万円ってとこかな?」




「ええっーーーー!」




 私は思わず叫んでしまった。

 そんな大金は高校生の私には逆立ちしたって出てきやしない。

 一瞬、自宅に帰ってお父さんに土下座しようとも考えたけれど、それにしたっていきなりは無理な話だ。

 

 

 

「……わ、わかりました。お騒がせしました。すみません」




 私は落胆して、両肩ががっくり落ちてしまった。

 そして、とぼとぼと歩き出したのである。

 

 

 

 そして気がついたら公平くんのお店に戻っていた。

 そこにはニコニコ顔の奈々子さんの姿もある。

 

 

 

「ねえ、聞いて。今日は大繁盛よ」




 奈々子さんが陽気な声を出す。

 見ると確かに先ほど並んでいた商品のほとんどが消えていた。

 そして在庫の品々を公平くんが品出ししている。

 

 

 

「……あら、こづえさん。どうしたの? 

 そんなに沈んだ顔をして?」

 

 

 

 努めて平気な顔をしようとしていた私だけれど落胆は隠せないようだった。

 

 

 

「……はい。欲しいものがあったんですけど。

 ……すっごく高くて買えなかったんです」

 

 

 

 すると公平くんが私を見た。

 

 

 

「なにが売ってたんだ?」




「うん。孤舟なの……」




「ええっ……!」




 私は公平くんが心底から驚く顔を初めて見た。

 口をあんぐり開けたままで、ぽかんと私を見てるのだ。

 

 

 

「こ、孤舟が売ってたのか? 

 それは間違いなく孤舟だったんだな?」

 

 

 

「……うん。でも買えない」




「いったいいくらって言われたんだ?」




「うん。……ご、五十万円」




 私がぽつりと答えると、さすがの公平くんも無言になった。

 そして腕組みをしてなにか考え始めている様子だった。

 

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