第2話 自己証明 ~ 東京 太郎 ~ 01
それからの私は
そして今は、どこにでもいる高校二年生として毎日を過ごしてきた。
私は勉強やスポーツは、ぜんぶ平均値の成績だった。
つまり平凡の凡だ。
特に秀でたものもなく、ただ毎日、友達と話したり、遊びに行ったりして平凡な青春を送っていた。
そしてこのまま高校を卒業して、進学、そして就職して、できれば結婚もして家庭を持って平和に暮らしていきたいという、いたって平均的な希望を、ただ漠然と持っていたのだ。
しかしそんなある日の朝、ふとした出会いから私の運命の歯車が狂い始めた。
その日は十月の見事な秋晴れの日曜日だった。
雲ひとつなく、空は真っ青でどこまでも青く澄んでいた。
私は親友の
どうしても欲しい服と、本を買いに電車で出かける約束をしていたのだ。
そしてその日、駅に向かう途中にある神社に近づいたときだった。
「あ、……なんかやってる?」
そこにはのぼりが何本も通りに立っていたのだ。
神社の境内で骨董市をやっているらしい。
私はいつもなら、それを物欲しそうに横目に見ながら駅に向かうのに(……お小遣いが乏しくなるので我慢して)、その日はまだ時間に余裕があったことが原因か、気がついたら、吸い込まれるように境内の中へと足を踏み入れていた。
「へえ、結構人が来ているんだ」
境内は賑わっていた。
さすがに夏祭り程ではないけれど、それでもかなりの人が集まっていた。
拝殿に向かう参道の石畳に沿うように、両側にたくさんのお店が出ている。
お祭りと違うのは出店者たちが食べ物を扱っていないのと、並んでいる商品が古いものだということ、それに集まっている人たちが、お年寄りが多いということだ。
お店に並んでいるものはいろいろで、年代物の時計や呉服、古いホーローの看板、アンティークなビンや食器、レトロな電化製品やカメラ、古切手や古銭など時代を感じさせるものが多かった。
たぶん昭和時代頃の品物が中心なのだろう。
私はおじいさんやおばあさんに混じって、お店を見物していた。
私はいわゆるコレクターとは違う。
でも古い小物は好きだった。
コレクションとしては、それは全然たいしたものではないけれど、古い動物の置物とかブリキ製の雑貨とか、そういうものをいくつか部屋にかざっていたのだ。
骨董市は気がつけばどんどん賑やかになってきた。
みんな並んでいる品物を手にとってながめている。
中には気に入った品物を見つけたのか、値引き交渉をしている人もいた。
そのときだった。
――一軒のお店が目に入った。
それは地面の上に敷かれたビニールシートの上に低いテーブルを置き、そこに細々と品物を並べている小さな店だった。
そして私の目を惹いたのは様々な色のミニカーだった。
「ああ、懐かしい……」
ミニカーはとてもカラフルで赤、青、黄色など様々な色彩であふれていた。
私は思わずその中のひとつを手に取ってみた。
それはトラックのミニカーだった。
私は女のくせに小さい頃から、なぜかミニカーが好きだった。
自動車のメーカーとか車名とかは全然わからないのに、よく両親にせがんで買ってもらったものだ。
現在、その多くは捨てるか誰かにあげてしまったけれど、押し入れを探せば今でもいくつか見つかるかもしれない。
「お嬢さん、気に入ったのなら値引きするよ」
店の人がそう言ってくれた。
「いくらなんですか?」
「うん。本当は一個百円なんだけど、お嬢さんみたいに若いお客さんは珍しいから一個五十円でいいや」
「ホントに? じゃあ一個ください」
私はそう言って、お財布を取り出した。
「袋に入れようか?」
「大丈夫です。小さいからバッグに入れちゃいます」
そう私は答えた。袋は邪魔になるし、だいいちエコじゃない。
そしてお金を渡すとき、初めて店員さんを見た。
「えっ?」
――驚いた。
他のお店の店員さんは、みんなおじさんおばさんばかりなのに、その店員さんは私と同い年くらいに見えたのだ。
いや、間違いない。どう見たって高校生くらいにしか見えない。
「あれっ? もしかして、大林こづえ?」
「ええっ? どうして私を知ってるの?」
私は驚いて店員さんの顔をしっかり見た。
そしてもう一度驚いた。
「ああっ!
彼は私と同じクラスでなんどか会話したことがある。
背丈は男子の平均くらいで理系が得意な男の子だ。
いつもは制服姿しか見たことがないけれど、普段着の彼は少し大人びて見えた。
「ええっ、どうしたの? ここでバイトしてるの?」
私はびっくりして公平くんに訊いた。
「いや、
「奈々子さん?」
「ああ、俺のお袋だ」
そう言って公平くんは苦々しく笑った。
それは意外なところで知り合いに出会ってしまったことへの照れなのか、それとも手伝いが嫌でのことなのか理由はわからないけれど、すっきりとしない顔にはなにかあるとしか思えない。
それに自分の母親を名前で呼ぶなんて、なんだかおもしろい。
「お母さんの手伝いって、偉いね」
私の家は父親がサラリーマン、母親がパートの共稼ぎなので親の仕事の手伝いというのはしたことがない。
だから公平くんに言ったのは本当の気持ちだった。
嘘偽りなく偉いと思ったのだ。
「偉くない。この商売は奈々子さんの道楽なんだから、それにかり出されてるだけだって」
聞けば公平くんのお父さんは、サラリーマンらしい。でも、お母さんがアンティークが好きだから、こうして骨董市に出店しているらしいのだ。
「でもアルバイト代は出るんでしょ?」
「ああ。売り上げの一割くらいだな」
「だったら、たくさん売らなきゃダメじゃない。……あー、どうしよ。私、値引きしてもらっちゃったよ」
すると公平くんは笑顔になった。
「いや、いいよ。クラスメート相手に商売してもしょうがないし、だいいち値引きするって言い出したのは俺の方だし」
「えーっ、じゃあ本当に五十円でいいの?」
「ああ。いいよ。
……よかったら、他も見るか? 今並んでいるのだけじゃなくて、他にもいろいろあるんだ」
公平くんはそう言って、座っている椅子の後ろに置いてある段ボール箱のひとつを開けて見せてくれた。
「うわー、すごい。まるで宝箱だね」
私にとって、それはちっとも大げさな言い方じゃなかった。
どうしてかと言えば、その中にはミニカーだけじゃなくて、絵がきれいな小皿とか、きれいな花が描かれた陶器製の箸置きとか、小さな動物の置物や手鏡なんかも混ざっていて、とにかく小さい雑貨がゴチャゴチャとたくさん詰まっていたのだ。
「これ、かわいい」
私は小さな招き猫を手にした。
それは手のひらの中にすっぽり収まるほど小さくて、もしかして手書きと思える猫の顔がなんともたのしい置物だった。
「それは大正時代のだ。一個二百円でいいや」
「ええっ! 大正時代ってすごい昔じゃない。そんな値段で本当にいいの?」
……こ、これは百年と言う長い長い時を超えて来た招き猫なの?
そう思うと、かわいいのはもちろんかわいいのだけど、それ以上に神々しいとか畏れ多いとかと言う感情までも湧き上がってきた。
……だって、私の5倍以上長生きしてるんだよ。絶対に私よりも偉いはず。
「いや、大正じゃ新しいよ。江戸時代より前のものならば価値があるけどね」
「……そ、そうなんだ」
――驚いた。
大正時代なんて、歴史の教科書かテレビや映画でしか知らないずいぶんと昔のことだと思っていたからだ。
「東京のものだと震災や空襲でほとんど焼けちゃったけど、田舎だと、この手のものは結構残ってるものなんだ」
公平くんはまるでこの招き猫に価値がないような言い方をする。
でも私にとって、たくさんの人が亡くなった関東大震災も東京大空襲も教科書の中のの話だし、そんな百年前に作られたものが、今私の手のひらの中にあって、それが二百円しかしないなんてかなりカルチャーショックものだった。
私は結局、その招き猫を買うことにした。
でも、やっぱりなんだか申し訳ない気がしていた。
それは公平くんにも、この招き猫にも……。
「ホントに二百円でよかったのかな?」
「大丈夫。友達価格ってことで」
それから私はいろいろ公平くんとおしゃべりした。
私はこれから絵里香と買い物に行く話をして、公平くんは、休日はほとんどお母さんがいろんな場所で出店するので、休みの日が休日にならないことを話してくれた。
そのときだった。
「あら、若いお客さんね?」
そう言って大人の女性がやって来たのだ。
そしてその人はお客さんじゃない証拠にお店の中へ入って公平くんと並んで立ったのだった。
「もしかして、お友達?」
女性が公平くんにそう訊いた。
「いや、うん、まあ。……クラスメート。同じクラスの子」
そう紹介された。
「大林こづえと言います。公平くんとは同じクラスなんです」
「あら、そうなの。よろしくね」
女性は嬉しそうに笑顔になった。
「これ、いちおう俺のお袋なんだ」
驚いて私は女性を見た。
女性はお化粧もしていたし、おしゃれもしていたけれど、かなり若く感じられた。
少なくとも私のお母さんよりも十歳以上は若くしか感じない。
さすがにお姉さんにしては年が離れているとは思ったので、せめて年上の従姉妹や年が若い叔母さんかと考えていたからだ。
「似てないでしょ?」
公平くんのお母さんがそう言って口を押さえて上品に笑った。
確かに公平くんとは似ていなかった。
公平くんは平凡と言って差し支えがない顔立ちだ。
だけどお母さんは俳優さんと言ってもいいくらいに、きれいな人だったからだ。
「えっ、えっ……」
私は返事に困った。
こういう場合は似ていると言った方がいいのか、似てないと言った方が失礼じゃないのか判断がつかなかったからである。
「そりゃ似てないよ。俺とこの人は実の親子じゃないんだから。……俺、養子なんだ」
「ええっ!」
――驚いた。
それはそういう家庭内の秘密を、ただのクラスメートである私に言ってしまえることはもちろんだけど、私以外にもクラスに養子の人がいたなんてことを想像すら出来なかったからだ。
「そうなの。
私、子供が産めなくて寂しいからペットでも飼おうと思ってたら、この子を拾っちゃったのよ。
おかしいでしょ?」
公平くんのお母さんは心底おかしそうに笑った。
私は思わず公平くんを見てしまったけれど、公平くんは意外にも嫌そうな顔はまったくしていない。
なんてあっけらかんとした親子なんだろうと私は思った。
私も考えてみれば公平くんと似た境遇なのに我が家とは全然違うと思った。
要するにオープンなのだ。
「仲がいいんですね」
私がそう言うと公平くんのお母さんは楽しそうに公平くんに抱きついた。
「仲いいわよ。だって親子だもの」
「よせよ。みっともない」
公平くんはそう答えたけれど、私が見た限りそれほど嫌がっているようには思えなかった。
なんだか私には、ふたりが年の離れた姉弟であるかのような錯覚を感じていた。
それほど仲がいいのだ。
「大林が買い物してくれたんだ」
「あら、そうなの。ありがとう。……じゃあサービスしたのかしら?」
「はい。値引きしてもらいました」
私はそう答えてミニカーと招き猫を見せた。
「もっとサービスしてもいいのよ。
……そうね、欲しいものがあったらリクエストして。来週は品揃えを変えるから」
「来週もここでお店をするんですか?」
「そうなんだ。だから来週も俺はここで店番だ。よかったら来いよ」
公平くんがちょっと拗ねたようにそう言う。
「かわいいものとか、変わったものとかが増えたら嬉しいです」
私はそう言った。
すると公平くんのお母さんの奈々子さんが嬉しそうになる。
「なら、任せてね。がんばって用意するから」
「はい」
私はそこで来週も来ることを約束した。
なんだか不思議な出会いだった。
考えてみれば私の交際範囲というか社会というか、そういうものは学校だけあり、クラスだけなのである。
だけど、それ以外に縁ができたということは新しい体験だった。
私はその後、公平くんたちに手を振って駅へと向かった。
駅では待ち合わせ通りに絵里香が待っていた。
絵里香は私と同じくらいの身長で髪を長く伸ばしている女の子で、私とは中学時代から仲良しだった。
「神社で骨董市をやっててね。私、これ買ったんだよ」
私はミニカーと招き猫を絵里香に見せた。
すると絵里香は、ふーんと言う。
「……いつもの懐古趣味ね。
……とてもじゃないけど今どきJKとは思えないジャンルのエモさだよね……。
まあ、こづえらしいって言えばらしいけど」
「ちょっと~。せめて
私は口を尖らせる。
批判こそしていないけど、決して褒めてもない。
それが絵里香の感想だった。
やっぱり絵里香の目的は、あくまで今日これから買い物に行く服と本に限っていたようだ。
そして週末の休みは終わった。
私はいつもの毎日に戻った。つまり学校生活だ。
公平くんは、お母さんの手伝いのことをクラスのみんなには内緒にしているようなので、私はそれには触れなかったけれど、私と公平くんの会話の回数は確実に増えていった。
「奈々子さんは、ずいぶん張り切ってる。たぶん大林が気に入ったんだろう」
昼休みの廊下でばったり会ったとき、公平くんはそう言った。
周りには他に誰もいなかったから、その話をしてきたみたいだ。
「そうなの? それは嬉しいけど、私あんまりたくさん買い物できないよ。
お小遣いの制限もあるし」
「いいんだよ。奈々子さんが勝手に盛り上がっているだけなんだからさ」
「そうなの?」
「ああ、この間も競りに参加していたし、結構品揃えができているらしい」
「競り? ああいうアンティークって競りで品物を準備するの?」
「ああ。それ以外にも知り合いに安く譲ってもらったりしてる。後は家にある骨董品だな」
「そういえば公平くんの家って倉があるよね?」
「ああ。ただ古いだけの家なんだけどな。
奈々子さんが倉の中にあった先祖の残したものを売り始めたのが古物商の始まりなんだ」
「古物商? じゃあやっぱり本格的な仕事なんじゃないの?」
「いや違うな。
他の古物商は真面目に仕事しているだろうが、奈々子さんのは本格的じゃなく単なる趣味だ。
……それに古物商になるには免許がいるんだけど、けっこう簡単に取れるんだ」
「へえ……」
公平くんの家は私の通学路の途中にある。
そこは元々は大地主だったみたいで、敷地は相当に広い。
そして家も屋敷と言った方がしっくりするほど大きい。
だから公平くんの家は、実はお金持ちという噂がクラスにはあった。
「倉の中には古い掛け軸とか大きな壺とかもあるんだけど、そういうものは奈々子さんは売りたがらないんだ」
「ご先祖のものだから大事にしてるのね」
「いや、それは絶対に違う。あの人は単にめんどくさがりなんだ。
そういうものはちゃんと調べなければ価値がわからないから、売るのが大変なんだ。
相場より高いと当然売れないし、安すぎると同業者たちから睨まれるからな」
「へえ、そうなんだ」
古いモノを売るだけなのに、なんだかややこしい世界なんだな、と思った。
「ああ。……そうだ、よかったら今度暇なときにウチの倉でも見るか? 古い小物、好きなんだろ?」
「ええっ、いいの?」
「奈々子さんは売りたくないものは、しっかり別に保管してるからな。
後はこう言っちゃなんだけど、がらくたばっかりしか残ってないけど」
私は嬉しくて舞い上がっていた。
だから、今日の放課後に公平くんの家に行く約束を取り付けてしまっていた。
「あ、念のため、個人情報、交換しとくか」
そう言って公平くんはスマホを取りだした。
「ええっ……」
私は一瞬戸惑ってしまった。
今まで男子に電話番号やメアド、SNSのアカウントなんかの個人情報を教えたことなんてないからだ。
でも、公平くんのこれまでの言動や自然な仕草から、まあ公平くんなら悪いことはしないだろう、と、私はあっさり教えてしまった。
(――きっと絵里香に言わせると、危機意識なさ過ぎっ! って怒られるような気がする)
「じゃあ、放課後になったら連絡する。準備があるからちょっと待っててくれ」
やがて昼休みが終わり、私と公平くんは教室に戻った。
――放課後。
私は公平くんが言っていた連絡をずっと教室で待っていた。
でも、ちっとも来ないのでちょっとじりじりしていた。
だから、図書室へ行って読みたくもない本をながめて時間をつぶしたりしていた。
『悪い悪い。やっと準備が整った。今から来られるか?』
待ちに待った公平くんからの電話だった。
そしていつも通りの帰り道へと歩き出したのである。
バスに乗り、いつもなら通り過ぎるバス停で私は降りた。
もちろん公平くんの家に向かうためだ。
そしてバスを降りた私はさっそく公平くんに電話をかけた。
すでにスマホに登録している名前を呼び出してボタンを押す。
ただそれだけの動作なのに、なぜか私の胸はどきどきしていた。それはきっと男子に電話をかけるのが初めてだったからだ。
『大林か?』
「うん。今バス停降りたとこ」
『ならまっすぐ家に来てくれ。玄関の外に出て待ってる』
公平くんがそう答えた。
私はその言葉通りに歩き出し、一分後には公平くんの家に到着していた。
「よう、来たな」
公平くんが玄関の外で待っていてくれた。
私は大きな門をくぐりお屋敷の敷地へと入る。
「奈々子さんが喜んでいる。どうやらお前に自慢のお茶を飲ませたいらしい」
「ええっ、いいよ。なんだか悪いし、私、手ぶらで来ちゃったし」
「いいんだよ。奈々子さんがそうしたいって言っているんだから、そうさせてやってくれ」
お言葉に甘えていいんだろうか?
私は少し戸惑ったが、公平くんは全然気にしていないようだった。
「でも、まずは倉の中を見たいんだろ」
「うん。見たいよ」
私がそう言うと公平くんはついて来いとばかりに歩き出す。倉は白い土壁の二階建ての作りだ。
「お邪魔します」
公平くんが倉の重い扉をぎぎぎと開けると、私はそう言って中へと入った。
倉の中は薄暗かった。そして少しかび臭い。
ただ公平くんが電気のスイッチを入れてくれたので、室内はすぐに明るくなる。
「わあ、けっこう広いんだ」
倉は天井まで吹き抜けになっていて一階は両壁に大きな作り付けの木棚が設置されていた。
そこには昔の農具や大きな壺、重ねられたお皿、そして丸められている掛け軸などがたくさん置かれていた。
「一階は大きな物が多いんだ。欲しけりゃ奈々子さんに言ってやるよ」
「ええっ、ありがとう。
……でもこんなに大きな物、バスに乗って持って帰れないからいいよ。
それに私の部屋は狭いから入らないし」
私はそう言って、改めて倉の内部を見回した。
すると隅にほうきとちりとりが見えた。そして床を見るとゴミひとつ落ちてないことに気がついた。
「もしかして、掃除してくれたのかな?」
「ああ。ふだんは全然使ってないからな。いちおう客が来るんだから最低限だけ掃除しておいた」
公平くんはそう答えた。
おそらく準備をするから待っててくれ、って言ったのはこれが理由だったに違いない。
(――へえ、意外。男子なのに意外と女子力が高いんだ……)
妙な褒め方になってしまったけど私は公平くんに好感を持った。
私をお客さん扱いしてくれたのが嬉しかった。
「なあ、大林。お前が見たいのは雑貨だろ?」
「うん」
「なら、二階だな」
そう言って公平くんは上を指さした。
そこには二階へと昇る階段があった。いや、階段というには傾斜が急過ぎた。
強いて言えば梯子だった。
でも両脇に手すりがついているので、登るのはそれほど大変だとは思えない。
そして私が梯子を数段登ったときだった。公平くんが突然叫んだ。
「ちょっと待て、大林。……お前スカートなんだから、俺より先に登るなよ」
私は言われてハッと気がついて、思わず膝上までの短い制服のスカートの裾を押さえる。
「……そ、そうだよね。……こ、公平くんが先に登ってくれる?」
私は真っ赤になっていた。
たぶん耳たぶまで赤いだろう。
(――早く見たい気持ちで焦っていたとは言え、男子に指摘されるとはなんたる恥……、なんたる不覚)
きっと穴があったら入りたいとは、こういう気分のときに言うんだろうと理解した。
梯子を降りた私は公平くんと昇る順番を入れ替わった。
そして先に登る公平くんの後を追うように私も登り始めた。
そして登り詰めたときに私の目の前に入ってきた光景は、まるで夢の世界のようだった。
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