空から来たりて杖を振る
鬼居かます
第1話 【序章】 私が地球人じゃない件
【序章】
――私は宇宙人である、……らしい?
だけど、そのことは他人には知らせていない。
ただの十七歳の女子高生として、毎日を生きているからだ。
私が日本人、いや、地球人でもないことを知ったのは十歳のときだった。
つまり、小学校五年生のときである。
そのときのことは、今でもはっきり憶えている。
それは、夏休みを向かえた七月だった。
居間のソファに呼ばれた私は、両親と差し向かいに座らされ、改まった口調でこう言われたのである。
「こづえ。今からお父さんたちが話すことを、よく聞くんだぞ」
「そして、ひとつだけ約束して。それをお父さんやお母さん以外の人に言っちゃダメ。
そして今から話を聞いた後は、お父さん、お母さんにも二度とこの話の質問をしちゃダメなのよ」
私はその両親の様子から、なんだかとても嫌な予感がすでにしていた。
以前、なにか悪さをしたときにこうやって呼ばれたことはあったが、その日は思い当たる節がまったくなかったからだ。
小学校の通信簿も悪くはなかったし夏休みの宿題にも早速手をつけていていたし友達とケンカをしたことや家の手伝いで失敗した記憶もないからだ。
「……なに? 話って?」
私はつばを飲み込んで、両親にそう切り出した。
すると、お父さんとお母さんが互いを見てうなずいて、まずはお父さんから話し始めたのだった。
「お前はね、この家の本当の子じゃないんだ」
「こづえはね、もらわれた子なの。お母さんが産んだ子じゃないのよ」
そう言われた。
そのときはそれなりにショックを受けたけど、実を言うとある程度の予感はあった。
なぜかと言えば、私の家には、私が生まれたばかりの頃の記録がないからだ。
「うん。……わかってた。私の赤ちゃんの頃の写真とか動画とか、ないもんね」
私はそう言うと涙ぐんだ。
目頭が熱くなり、泣きたくないのに涙が浮かんできたのだ。
……実の子じゃない。
それは十歳の頃の私にとって、もしかしたらの予感はあったけれど両親からはっきり宣言されると、それはそれで衝撃的な出来事だったのだ。
だけど、事実はさらにその上を行っていた。
「それだけではないんだ。お父さんたちがただ引き取った人間の子じゃない」
「こづえはね、宇宙人の子供だったの……」
「ええっ……! 嘘でしょ?」
さすがにそれはないでしょっ……!!
私は涙目のまま、心の中でそうツッコミを入れたのを覚えている。
だけど、……両親は決して嘘をついている素振りを見せなかった。
重々しく首を振ったのである。
――えっ!? ホントっ!?
私は二度目のショックを受けた。
……実の子じゃない。それに人間でもない。
こう言われて平気でいられる人は少ないと思う。私は、あまりのことに口がきけずにしばらく押し黙っていた。
「……な、なにか証拠があるの? 私が宇宙人だっていう証拠」
乾いた口をやっと開いた私は、それだけを尋ねることができた。
「ついて来なさい」
お父さんが、そう言って立ち上がる。そしてお母さんも。私は仕方なく後を追う。
そして行き着いた先は両親の部屋だった。
そこは私にとって禁断の部屋で、決して入ってはならないと幼い頃から言い聞かされてきた部屋だ。
部屋は十畳の和室でテレビと座卓があって、ふだん両親はここで寝起きしている。
「これを見なさい」
そう言って、お父さんは押し入れの扉をするりと開けた。
「……な、なにこれ?」
そこにあったのは、鈍く光る銀色の物体だった。
形は楕円形で、サイズはそれなりに大きくて赤ん坊なら入れるくらいもあった。
そしてその形は飲み薬のカプセルに似ていた。
「こづえがここに入っていたのよ。手紙といっしょにね」
そう言ってお母さんが、古い紙束を見せてくれた。そこには難しい漢字が並んでいて、当時の私にはそれが読めなかった。
「な、なんて書いてあるの?」
私はお母さんに尋ねた。
「ここには、こづえをお願いしますって書いてあるの。あとは市役所に出す書類とかよ」
そんな説明を受けた。
当時の私には、なんだかわかったのか、それともわからなかったのか不明だけど、そういう風に説得されたのだ。
「……じゃ、じゃあ、私の本当のお父さんとお母さんは、どこにいるの?」
「遠い星の向こう」
そう答えたお父さんが指さしたのは東の空だったのか南の空だったのかも憶えていない。
とにかく私は悲しくて、涙がぽろぽろ止まらなかった記憶だけが鮮明に残っている。
けれどその後、私は大きくなるにつれて、ほとんどそのことを気にしなくなった。
それはお父さんもお母さんも今まで通りの父親であり母親であり続けてくれたからだ。
そしてそのとき見たカプセルはその後、引っ越しをしたりしたことや、その後も相変わらず父母の部屋は立ち入りが禁止されていたので、二度と見たことはない。
そうした過去を持つ私だけど、その後一度も自分が地球人じゃないと考えることはなかった。
別に空を飛べたり、光線銃を持っていたりする訳じゃないし、勉強だって運動だって人並みに努力をしなければ、ただの人に過ぎなかったからだ。
ただ一度、自分の記憶が夢か思い違いだったんじゃないかと思ったことがあって、お母さんに尋ねたことがある。
それは確か私が中学二年生だった頃だ。
「……ねえ、私がこの家の実の子じゃないって話を私にしたこと憶えている?」
するとお母さんは、水仕事の手を休めて私を見た。
「憶えてるわよ。いつか話したでしょう」
「じゃ、じゃあ私が宇宙人だっていう話は?」
するとお母さんは急に顔を引き締めた。
そして緊張がこもった声でこう答えたのだ。
「そのことは二度と質問しないって約束したでしょう!」
それはとても厳しい口調だった。
「……ごめんなさい」
私はこのとき、やはり自分は宇宙人だと認めざるを得なかった。
そしてそれを裏付ける確証はないけれど、少なくともこの話は二度と話題にしてはいけないタブーなんだと思ったのだ。
そして私が私自身を宇宙人であると確実に認識するには、まだいくつかの条件と会うべき人々との出会いが必要であった。
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