KAC3<掌編>君は子猫なんかじゃない

天城らん

君は子猫なんかじゃない


 俺はダンボール箱が嫌いだ。


 小学生の頃、通学路に捨てられていた子猫を思い出すからだ。



 その猫は、ネット通販会社のマークの入った安っぽいダンボール箱に入れられていた。

 ミーミーとか細い声で泣く、小さな白い子猫だっだ。

 クラスメイトのみんなは『うわ~、かわいい』と『こんなことするなんて、かわいそう』といって楽しそうに箱の周りを囲み、給食の残りのパンや牛乳をやっていた。


 俺はそれを、どこか冷めた目で見ていた。


(飼えやしないのにエサをやったりなでたりして、中途半端に希望をもたせるなんて、無責任でたちが悪い……)

 

 救ってもらえるかもしれないと愛想をふりまく子猫が、最後に誰も手を差し伸べてくれないと知ったとき、今以上に不幸で不幸せな気分を味わうだろう。

 こんなに集まっているのに、そんな簡単な想像もできないことに俺は呆れる。

 かといって、クラスメイトにそんなことを言えば『キャラが違う』とか『空気が読めないヤツ』と思われるから言えやしない。


 いつもはクラスメイトで友達のアイツらだが、子猫といえども他人の不幸で無邪気に悦に入るやつらと一緒にはなれなかった。


 俺だって、猫や犬を飼いたいと親に交渉したことはある。

 けれど、年の離れた妹には喘息があるし、アレルギーも多い。

 新築マンションはキレイで暖かく住みやすかったが、ペットは禁止だ。

 そして『動物を飼ったらその一生を面倒を見なければいけない。その責任がとれるのか?』と理詰めで諭されれれば反論はできなかった。


 俺が捨て猫にできることなど、何もない。


 おなかの真ん中に大きな重い石があるような気持ちになった。



   □



 6日間目、子猫に群がっていたやつらはいなくなった。


 ダンボール箱はふたが閉じられ、シンと静まりかえっている。


 学校からの帰り道は、冷たい雨が降っていた。



(ダンボール箱を、開けちゃいけない……)


 俺はそう直感したが、それが外れていて欲しいとも思った。

 そうであれば俺はいつもどおり家へ帰り、いつもどおりテレビを見て、夕食を食べて、暖かい布団で寝むれる。


 たった一瞬、チラリと見て、ピクと動く子猫を確認できればそれが手に入る。

 

 俺は開けてはいけないと言う気持ちと、開ければ楽になると言う気持ちとのせめぎ合いに負け、ダンボールに手をかけた。


 箱は、雨で色が変わりしなしなになっていた。

 開けるとそこには、濡れて細くなったピクリとも動かない白い塊があった。


(どうして開けてしまったんだろう、わかっていたのに……)



 俺は逃げ出した。


 悲しかったなどと言えるほど、あの子猫をかわいがってはいない。

 でも、みんなにすがるミーミーという声は耳に残っていた。


 もうしないはずの小さな鳴き声。

 それは、走っても走ってもついて来るような気がする。


 俺の頬は、雨だか涙だかわからないものでびしょびしょになった。



   □



 俺は中学生になった。


 成績は中の中くらいでそれなりにスポーツもするごくありふれた生徒としてすごしている。


 けれど、俺の隣の席の女子は、違う。


 学校を休みがちで、出てきたと思ったらやたら話しかけてくる。

『天気がいい』とか『学校は好きだ』とか『教科書を見せて欲しい』とかそんなことだ。

 聞いてもいないのに、どこに住んでいるとか、弟と離れて暮らしているとかそんなことまで言ってくる。



 正直、聞きたくない。

 意味の分からないことばかりだ。

 俺は、適当に相槌を打ちやりすごす。


 彼女は、給食が余るとおかわりをした上に持ち帰る。

 それを知ってクラスメイトもわざわざ残して渡したりもする。


(何もできやしないのに中途半端に希望をもたせるなんて、無責任でたちが悪い……)


 俺はそれを近視感を覚えながら、冷めた目で見ていた。


 しばらく休んだ後に出てきた彼女は、顔や腕に黄色くなったあざがあった。

 長い髪も、何日洗えてないのか古い油のような匂いがする。

 衛生的とはお世辞にも言えない。


 それでも、俺にへらへらと笑いかけ、意味のない天気の話を振って来る。


「空が青いと気持ちがいいね」


 子猫の鳴き声が聞こえた気がした。



  □


 

 俺の隣の席は今日も空席だ。


 しばらくすればまた来るだろうと思ったが、一週間たっても、二週間たっても彼女は登校してこなかった。


 彼女の愛想笑いが思い出された。


 いや、あれは作り笑いではなかった。

 彼女にとって、本当に学校は、俺の隣の席は家よりも安心できる場所だったのかも知れない。

 給食をお腹いっぱいに食べ、午後の授業はうとうととする。


 陽だまりの中で眠る彼女は、普通の女子中学生に見えた。


 そんな当たり前のことが、彼女にとってはただうれしかったのだろう。




 俺はそれを思い出すと、腹の中で棘のついた焼石が暴れまわって攻め立てているのを感じた。


 どうして、理不尽な大人のしわ寄せは小動物に来るんだ!


 力がないのは罪なのか?

 無抵抗なのが悪いのか?

 たやすく奪われる命は、生きる価値がないということなのか?

 

 神様というのは何のためにいるんだろう。


 祈れば救われるなら、毎日の残酷なニュースはなんなんだ!



 神様は、あんな小さな子猫すら救ってはくれなかったじゃないか!?


 俺は、そのことをじゅうぶん知っていたのに!


  

   □



 放課後、俺は彼女のたまったプリントと今日の分のパンと牛乳をもって駆け出した。


 あの時、俺は捨て猫のダンボール箱を開けない方が幸せだったかもしれない。


 

 生きているか死んでいるか確認しなければ、こんな後悔を知ることはなかった。



 けど、俺は箱を開けてしまった。



 そして、あのとき子猫に優しくしなかったことを今でも後悔している。


 どうせすぐに死んでしまう命ならたくさん美味しい物を食べさせて、暖かくして、優しくなででやればよかった。

 せめて、逃げ出さずお墓でも作ってやればよかった。

 

 子猫に対して期待を持たせるのは無責任だと言うのは大人の言い訳で、本当は俺もみんなのように優しくしてやりたかった。


 

 箱を開けてから後悔するのは、もう嫌だった。



 ――― 彼女は、子猫なんかじゃない!



 俺は、彼女の住むボロアパートのチャイムを押す。


 反応はない。


 俺は、この扉が開かれることを望んでいるのか?

 開かれたら、また絶望があるだけじゃないのか?




 それでも、俺は扉を叩く。


 ドンドンと、手が熱くしびれてきても、叩き続ける。



白井しらいッ! いるなら返事しろ!!」


 

 かすかにだが、中で人がうめく声が聞こえた。




 ――― 俺は、君がまばたくのを見たいんだ!




 そして、俺は扉をこじ開ける。





 □ お わ り □




* * * 


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