関西弁の悪霊

南米産

商店街に降り立つ

始業時間と共にキーボードを叩きひたすら雑務をこなす仕事が始まり、一時間しか経過していないが既に家に帰りたい。最近はいつもこうだ、家に帰ることと食事のことしか頭にない。まだ二十三歳だというのに髪の毛は後ろで適当に縛るだけになり美容院にも通わなくなったし化粧も最低限ですませるだけになった。人間社会に絶望していて心もだいぶ腐り、キーボード叩きマシーンとしての任務をこなすだけの人生になっている。


こうなると自分が仕事の為にキーボードを叩いているのか、それとも機械の付属品として叩いている振りをしているオモチャみたいな存在なのかわからなくなってくる。そんな私の正気を保たせてくれるのは食事だけだ。休憩時間になると曖昧な存在から生命体に戻る為にだれよりも先にタイムカードを押して繁華街へと向かう。職場の唯一の美点は近くに飲食店の多い商店街があるという点で、大きな看板付きの入口に立つと毎日どこで食事をしようかと決めあぐねる。


有名なチェーン店がほぼ網羅されているし和食、洋食、中華全てがここには揃っていてラーメン店だけで五件はあるがどこも人気で少しでも遅れれば長蛇の列に並ぶしかなくなるから昼時には除外とする。今日の気分はなんなのかイマイチ図りかねながら通りを歩き続けるがなんとなく落ち着かずアーケードの半分を過ぎてしまった辺りでたこ焼き屋が見えた、あそこも美味しいし並んでいる人もそこまで多くはなくもうここで良いかと決め近づくと、列には並ばずに店の端の方にぼおっと突っ立っている中年の姿が見えた。


「こんなんたこ焼きちゃうわ、なんでカリカリにすんねんアホ」


たこ焼きを焼く鉢巻をした店主に向かいまくしてる中年男性を見た私は漠然と嫌な感じがしてそこを離れ、その日は三件先のはま寿司に入った。


――――――――――――――――


いわゆる典型的な悪霊という存在はとにかく陰気で、顔を覆う長い髪、恨みがましい鋭い目つき、憤怒の形相、血まみれで真っ白の身体、異様な笑い方、それに加えすぐに呪うだの怨むだの殺すだのと一方的に言い放ち会話が成立しないイメージだが。


「あかん、あかんて!」


目の前にいる存在はそれらとは対照的に、やたらと健康的で口調はくだけた感じで明るく姿もはっきりとしていて服装もシミなどなく清潔そのもので、ぱっと見た限り人間と区別出来ない程だった。


「ちゃうねんて!」


外見はどこにでもいそうな中肉中背の中年にしか見えず、年は三十過ぎだと言っていたが正直それよりもずっと老けて見えたし頭もだいぶ禿げあがっていた。そのうえ名前は思い出せないらしい。この男はサンジェルマンで昼食を買おうと思いながら歩いていた私の目の前に地面から突き出るようにして再び現れ、昨日見てたやろと因縁をつけてきた。


「やりたくないねんほんまに~!」


私は極力反応しないよう、見えない振りをして通り過ぎようとしたが自身を幽霊であると言い出したので足を止めてしまい、今って何年? と尋ねられたのでつい西暦を教えると大袈裟なリアクションでひょええと言いながら腰を抜かしていた。私は霊能力者などではないからまずは最寄りの神社に向かうように言い場所を教えたところ、おおきに! と言ってその日は走り去って行った。


「なんでや~! ごめんて、ごめんてぇ!」


次の日丸亀製麺で昼食を食べようと思いながら歩いていると同じ場所で再び男の幽霊は現れた。お坊さんに成仏させてやと話しかけるも存在を認知されないせいで一切相手にされず、結局私を頼りにしてここに戻って来たらしい。よくある話ではないが、そこまではまぁ分かる。しかしこの男は急にたこ焼き屋の店主の胸倉を掴み路地裏に連れ込み、たこ焼き返しでめった刺しにし始めたのだ。店主はわけもわからず宙を掴もうとするがその手は空振り、されるがままで動かなくなるまでそれは続いた。


「俺こんなことせんのよ~!」


先程から続く言い訳とは正反対に男は明確な殺意を持って行動していたようにみえる。こいつはいわゆる悪霊に違いない。


「なんで止めてくれへんのよ!」


関西弁の悪霊は涙を流しながら私に向けて言ったが、凶器を持って暴れる関西弁の悪霊を止められるフィジカルも正気に戻すような術も私には存在していない。ただ黙って見守り警察に通報するのみ。


「なぁなぁ、あのおっちゃん死んでもうたん?」


次の日、たこ焼き屋から六件離れた吉野家の前に体育座りをして小刻みに震える関西弁の悪霊が居た。ニュースで流れていた情報が正しいなら死亡は確定で、趣味の悪い動画サイトには路地裏に引きずられるように後ろ斜めの姿勢で移動していくたこ焼き屋の店主の姿が撮影されていたいたせいでオカルト界隈を大いに賑わせ、続々とそっち系の人たちが集結していた。


「まるで導かれるように店主の方はあちらの路地裏に向かい、そこで凄惨な最後を迎えました」

「すごい邪気を感じますよ、この商店街は呪われていますね」

「現代に呪いは実在した!」

「この土地は龍脈の一番外れにあり、不幸を集中させる場所なのですよ」

「みてください、この先は磁場が異様に乱れてます!」

「ちょっとあんたら事件現場に入らないで!」


それぞれが勝手な事を言い明後日の方向を向いていたが当の関西弁の悪霊はすでに四十メートル程離れたお好み焼き屋の店の前に移動し、両手をポケットに突っ込みながら外の窓ガラスから店内を不満そうに眺めていた。


「薄い薄い! なんで、こんな薄くすんねん! キャベツも生地もうっすいねん!」


この感じは昨日も見た、次の日になればきっと関西弁の悪霊はお好み焼き屋に襲い掛かるようになるだろう。しかし自称霊能力者とお坊さんが頼りにならない以上警察か店に直接通報するしかないのだがどうかんがえてもまともに相手をしてはもらえないどころか、この騒ぎに乗じて絡んでくる頭のおかしい輩扱いされるに違いなかった。それでも一応、たこ焼き屋を襲った悪霊が次の日にここを襲いにくると店主に忠告はしにいったのだが苦笑いをされ恥をかいただけで終わった。


「なんで麺なんて入れんねん!」


次の日、昼時に通りかかるとお好み焼き店から悲鳴が響いた。関西弁の悪霊は店主の胸倉を掴み大通りに投げ飛ばして店から持ち出した返しのヘラを逆手に持ち店主の顔面を切り刻み始めたのだ。


「ちゃうねん! ほんまにちゃうねんて!」


やはり関西弁の悪霊の姿は私以外の誰にも見えてはいないようで、周囲の人々は怯えながら空飛ぶ魔法のヘラについてしか言及しない。その行為を止めようと店主を切り刻み続けるヘラを近くにあった三角コーン等ではじき飛ばそうとする者もいたがこの悪霊は腕力も強いようで、勝てる人は誰もいなかった。


「あかーん! 誰かとめてや! 助けてやぁ!」


関西弁の悪霊のヘラによる執拗な攻撃と言い訳は店主の顔面が完全に耕されるまで続いた。また次の日になり、キーボードを叩きながら昼食をなににしようかと悩んでいると応接室に呼び出された。そこにはスーツ姿のいかつい男が二人いて警察手帳を私に見せてきた、いわゆる事情聴取という奴だった。匿名で最初に通報したのが私だとバレ、たこ焼き屋の殺戮の前日から当日まで監視カメラに不審な動きをしていた姿が映っていて、さらにお好み焼き屋に忠告しに来たと残った店員にも言われていた為に話を聞きに来たようだ。信じて貰えるとは思っていなかったが私は起きたことをすべて話すと二人は顔を合わせ次の犯行現場を教えて欲しいと言ってきた。


「米なんていらんやろ、おでんはおかずやない、主食や」


そのまま商店街に向かうと、関西弁の悪霊はおでん屋前のベンチに座りぶつぶつと文句を言っていた。私は明日になればまた暴れ出すから警察に自首しろと促すと関西弁の悪霊は黙って両手を差し出したのでその辺りで両手を出していますと指示するが当然手錠は空をきる。


「漫才やないねん」


どうしようもないものはどうしようもない、警察も幽霊を閉じ込める便利な道具などは所持していないようなので私たちはおでん屋の説得に向かった。


「なにが幽霊だ、あんたら頭おかしいのか?」


残念ながら店主は頑固だった、実際に二件も近所で殺人事件が起きたというのに話をまともに聞こうとしないし警察の二人も強制は出来ないというだけでなにもしようとしない、経緯を見守るらしい。国家機関はそういう感じの役立たずだと知っているのでとくに思う事はない。


「関東の奴らなんでおでんで米が食えるん? まじムカつくわぁ」


次の日、空飛ぶ炊飯器によりおでん屋の店主の頭部は完全に粉砕された。一直線の商店街で三人が死んだがまだまだ関西弁の悪霊が落ち着く様子はない、あちこちに視線をぎょろぎょろと向けていた。このまま私が昼飯を食べる場所が無くなっていくのは非常に困る、警察が見守るだけなら私自身がなんとかしなくてはならない。しかし試しにスマホで流してみたお経も買ってきた塩も効果がない。


「ちゃうねん、ちゃうねん……」


うわ言のように呟き続ける関西弁の悪霊は立ち止まった場所は、日本でもっとも有名なあのチェーン店だった。ひらめき、効果を期待するならこれしかない。私は警察に耳打ちし、商店街の人々にも同じセリフを言うよう根回しさせた。


「マック!」


商店街のあちこちに設置されたスピーカーからその台詞が響くと、それを合図にして通行人や店の人たちも一斉に同じ言葉を叫び出した。


「マクドや、マックやない!」


それを聞いた関西弁の悪霊は反論しながらも頭を抱えて苦しみ出した。効果てきめん私はもっと続けるようにと指示する。


「マック!」「マック!」「マック!」

「マクドマクドマクド……」


関西弁の悪霊は殺虫スプレーをかけられた虫のようにひっくり返って悶絶しながらも呪詛の言葉を吐き続けるが、圧倒的大多数の前にその声は徐々に萎んでいく。一致団結した声はどんどんと大きくなり、商店街はマックコールで埋め尽くされ。


「なんでやねーん!」


なにもない空中に右手でツッコミを入れた関西弁の悪霊は叫び声と共に爆発した。それ以降奇怪な連続殺人はぴたりと止み、私は警察から感謝状を貰い、いつものキーボードを叩く日々が戻って来た。商店街のマックは霊験あらたかなパワースポットとして祀られ通りすがる人々が拝んでいくようになって入りずらい雰囲気になってしまったし、なにかにつけて怒涛のマックコールをが巻き起こる異様な空間に変化してしまったので昼食の場として利用することはもうない。しかも関西弁の悪霊が消えたからと言って私の生活に変化はないのだ、こちらこそいいたいなんでやねんと。



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