箱の中で生きる者

セントホワイト

箱の中で生きる者

 いつからだったのかは憶えていない。

 しかし、ふとした瞬間に何故か気付いてしまう時がくる。

 幼稚園や保育園、小学校中学校という義務教育に通い、成績の悪い自分が必死に頑張った勉強によって高校と大学に通い、そして社会人として就職して働き出した時にも気づいた。

 いや、もしかしたら大分幼い時に遊んだドールハウスの時だったか。それとも中学時代に親に押し込まれた塾でのことだったか。はたまた大学のサークル活動中だったかは定かではない。


 ただ、あまりにも奇妙なことだが透明な壁が見えるようになったのだ。


 見えるというよりも感じられるようになったという表現の方が正しいだろう。透明なのだから視覚でそれを捉えることは出来ないが、確かにそこにあるような気だけはしていた。

 しかもだ。その壁は距離感というものを持ち合わせていないのか、一人でいるときは遠くにあるのに誰かと居るときは至近距離に在ったりもする。

 触れようとすると離れ、近付こうとすると共に移動してくるのだから落ち着かない。


 だが、誰かに相談しようにも誰に話せばいいというのだろう?


 透明な壁が周囲を取り囲んでいると説明したところで、アニメや漫画の見過ぎだろうと馬鹿にされるのがオチだと子どもでも解る。

 何とかしたいと考えても何ともならない。触れることすら出来ず、追いかけても壁も一緒に移動するなら意味がない。

 自分はこの謎の壁を生涯感じながら生きていかないといけないのか、と絶望していることをこの世で最も身近な結婚相手他人に漏らしたことがある。

 すると―――


「ああ……そうでしょうね。だってアナタ、誰も信じていないでしょう?」


 ―――そんな極めて当たり前のことを言い出し始めたのだ。

 不思議なことを言う家族に私は事細かく説明をした。人間の腹黒さと合理性、他人を出し抜いても自己の利益を確保するためにどれほど非常になれるのかを具体例を出しながら説明してみせる。一時間の説明では足りず、二時間三時間とかけてテレビに登場するタレントやCMやスマホの広告、スーパーやコンビニなどの心理的な計算に基づくマーケティング戦略。違法の詐欺や合法的な詐欺なども付け加えながら当然の事実を家族に語れば、ありきたりな答えさえも返っては来なくなる。

 まるで人形のように無反応で思考を止めてしまっている。しかしそんな時だけがあの透明な壁が遠くに追いやられ、家族が中に入っているのだ。

 私の家族。私の唯一無二の他人。血を分けたはずの子どもも、永遠の愛を誓い合った他者も壁に遮られて触れ合うことなど出来なかったが今なら触れ合えるのだ。

 良かった良かったと彼は笑っている。




 私はそれを、上から眺めていた。


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