今川焼をはんぶんこ

「すごく真剣に、長い時間かけていたね」


 総一郎が白い歯を見せて笑いかける。


「ええ。これで駄目ならもう何をやっても駄目だという気持ちで」


「僕もそうした」


「ふふふ、きっと叶えてくださいますね」


「うん、絶対ね。茉由子さん、この後何か予定はある?」


「夜までは特に。……もし総一郎さんがお時間あるなら、少し露店を見て回りませんか?」


 茉由子が少し勇気を出してしたその誘いに、総一郎は微笑んだ。


「喜んで」




 りんご飴に串カツ、射的、くじ引き。

 たくさんの屋台が立ち並ぶ中を二人はそぞろ歩いた。時折雪がぱらつく寒さだが、この状況が楽しすぎて茉由子には気にならない。


 いくつかの屋台を冷やかし、今川焼の店の前で総一郎が足を止めた。


「総一郎さん、今川焼がお好きですか?」


 茉由子の質問に、総一郎が頭をかく。


「いや、実は食べたことがないんだ」


「えっ!あんこが苦手?……ですか?」


 思わずため口になってしまった茉由子が慌てて付け加えたのを見て、総一郎が微笑みながら首を振る。


「いや、あんこは好き。

 でも家族と初詣に行ってもお参りだけしてすぐ帰るし、うちでは西洋菓子が出ることが多くて、恥ずかしながら機会を逃してきちゃったんだよね」


「江戸名物の一つですよ。食べてみてほしいので、私がご馳走します!」


 茉由子は胸を張った。


「いやいや、そういうわけにはいかないよ。自分で買うよ」


「いえ、いつもご馳走していただいているでしょう?ささやかですが、今の私にできるお返しなので、受け取ってください」


「そう言われるとなあ……。じゃあ、ありがたくご馳走になります」


「任せてください!おじさん、こしあんと白あんを一つずつくださいな。すぐ食べます」


「はいよっ!」


 手早く紙に包まれた二つの今川焼が茉由子に渡され、二人は列を離れた。


「総一郎さん、どっちの味がいいですか?」


「茉由子さんのおすすめで」


「そうしたら…半分こしましょう!」


 茉由子は一つを総一郎に手渡し、自分が持っている方を真ん中で割った。


「はい、これで二つとも試せるでしょう?」


「なるほど」


 クスっと笑った総一郎も茉由子に倣い、持っている今川焼を割る。茉由子が差し出した白あんを右手の中指と薬指で器用に受け取ってから、空いた茉由子の手にこしあんを置いた。


「名案だ。おお、これ美味しいね」


 感心する総一郎の言葉に茉由子は内心ほっとしていた。

 家族とするように自然に半分に割ってしまったが、直後に猛烈に後悔していたのだ。育ちがいい総一郎に引かれたらどうしよう、という不安は杞憂に終わったようだ。


「皮が軽めで、どら焼きともまた違いますよね」


「うん、ありがとう。新年早々、初めての体験ができた」


「どういたしまして」


 普通に言ったつもりが、殊更に嬉しそうな声色になってしまった。

 もう気持ちがばれてしまうのではないか――茉由子は気が気でないが、総一郎に変わった様子はない。


「あっちにサイフォン式コーヒーの屋台が出ていたから、お礼に一杯付き合ってくれる?」


「ええ、お礼のお礼ですか?」


「うん、細かいことはいいんじゃない?ほら、こっち」


 そう言うなり総一郎は茉由子の手首を優しくつかみ、来た方向へといざなった。



 総一郎さんの手が温かい。

    手首の脈で鼓動の速さがばれてしまう。

 昨日手と腕を剃っておいて良かった。

    ああ、やっぱりうちの剃毛クリームは最高。

 せっかくなら手をつなぎたい。

    世界がなくなるなら今にしてほしい。

 汗をかきませんように。



 茉由子の頭には次から次へと脈絡ない考えが浮かび、まもなく思考がパンクしそうになった。完全にのぼせ上がってしまっているが、どうしようもない。

 いったんおとなしくついていくことにしたが、継続的に感じる総一郎の手の温かさで、程なくして何かが振り切れてしまった。


 自分の右手首を持つ総一郎の手を左手で解き、右手で改めて握る。手をつなぐ格好となったことに驚いて茉由子を見た総一郎に、一言だけ言った。


「こっちの方が嬉しいです」


 総一郎はすっと歩みを止めて茉由子をじっと見つめた。


「あの、お嫌でしたら……」


「茉由子さん」


「はい」


 思いのほか真剣な声色で名前を呼ばれ、茉由子は背筋を伸ばした。


「製品の新発売が上手くいったら、僕は君に聞いてほしい話がある」


「ええ」


 茉由子は返事をしてから、どうしても聞きたくなって付け加えた。


「それは、今お聞きしてはだめなのですか?」


「ちゃんと、分かってもらえるように話をしたいんだ。そのために話を整理する時間がほしい」


 総一郎の説明は謎かけのようで気になってしまうが、待つしかなさそうだ。

 茉由子はそう感じ、笑顔で言った。


「わかりました。お待ちしますね」


「ありがとう」


「じゃあ、発売、絶対に成功させましょうね」


 茉由子は総一郎の目を見る。


「ああ、絶対に」


 総一郎はそう返し、茉由子の手をぎゅっと握った。


 茉由子はもう、ちらつく雪など気にならなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る