計画犯の逮捕

 紅を襲撃した黒幕が逮捕された、という知らせが芝山家にあったのは十二月半ばのことだった。


 大学での講義の途中、突然呼び出された総一郎が学校の正門まで駆けつけると、真紀子と紅が乗ったタクシーが待っていた。


「ああ良かった、総一郎。これから一緒に警察署まで来てちょうだい」


 こわばった表情の真紀子が言った。紅は黙ったまま総一郎を見る。


「もちろん。教授には伝えてきた。犯人の詳細は聞いた?」


 急いで車に乗り込んだ総一郎が問うと、真紀子は首を振った。


「まだよ。まずは来てくださいって言われたわ。小石川富坂警察署ですって」


 総一郎は頷き、記憶を辿った。

 林昌蔵は小石川で商売をしていたはずだ。警察署で待ち受けているのは彼との対面だと見て間違いないだろう、と考える。


「お母様、おそらく捕まっているのは」


 真紀子が目で制止してきたのを見た総一郎は黙った。


「私たちは犯人の見当もついていないし、そこまで恨まれる理由なんて思い当たらないわ。そうでしょう、総一郎さん」


「はい、お母様」


 それっきり会話のないまま、車は警察署に到着した。受付で名前を告げるとすぐ、紅が病院に運び込まれた時に会った山崎警部が姿を現した。


「やあ、突然のお呼び出しになってすみません。こちらへどうぞ」


 総一郎を先頭に、三人は並んで山崎についていく。

「第二調査室」と書かれた部屋に通されるとすぐ、山崎が人差し指を口に当てながら座るよう手振りで示してきた。


 状況が読めぬまま総一郎たちが椅子に腰かけると、山崎はさらさらと何かを紙に書き始める。三人にじっと見つめられながら文を書き終えた後、ひらりと持ち上げて見せてきた。


「犯行計画を練ったと考えられる者が隣の部屋にいます。

 お一人ずつ鍵穴から覗いて、見覚えがある方は合図してください」


 三人が頷いたのを見て、まず山崎は総一郎に鍵穴を覗くよう指示をしてきた。


(反応を間違えちゃいけない)


 総一郎はそう考えながら、慎重に鍵穴に近づく。

 廊下と部屋をつなぐ扉が木製なのに対し、隣の部屋につながる扉は金属で出来ている。ゆっくりとかがんだ総一郎は、その冷たい感触を手に感じた。



 隣の部屋にいる人物が林昌蔵ならば、商売拠点の近くで逮捕されている以上、警察として身元は把握しているだろう。

 それでもこのような場を設けている理由は、総一郎たちの反応を見、事件の動機の解明などに役立てようとしているからだと考えられる。


 一之介の事業は法に反することはしていないが、真っ白なわけでもない。また林が何を話そうと、芝山の特別な力について警察が信じる、もしくは興味を持つようなことがあってはならないのだ。


 鍵穴としては大きめだが、十分な視野は確保されない小さな穴を総一郎は覗いた。



 だらしなく襟元を乱した背広の男が座っている。


 昼下がりの時間帯とは思えぬ赤黒い顔色のその男は、不貞腐れたような表情で制服を着た警察官と言葉を交わしていた。右の脚は終始せわしなく揺らされており、全体的に落ち着きがなく、威厳や重みといった言葉とはおよそ正反対の人物だ。


 総一郎は見覚えがなかったが、これが林だとするならば、落ちぶれる前はどんな様子だったのかとしばし考え込んだ。


 とんとん、と人差し指で軽く肩を叩かれ、総一郎は鍵穴を離れた。目で問うてくる山崎には、静かに首を振るだけで答えておく。次に紅が鍵穴へと足を向けた。


 そっと身をかがめ、穴を覗いた紅が一瞬で体を固くするのを総一郎は見た。


 紅の表情は見えないが、その場から動けなくなったように、鍵穴の前で身じろぎもせず覗き続けている。

 しばらくして山崎に肩を叩かれた紅は、表情を歪めながら大きく一度頷いた。大きく息をしながらふらふらと扉から離れる紅の肩を、真紀子がそっと抱きしめた。


 紅に続いて穴を覗いた真紀子は三秒ほどすると顔を上げ、無表情で山崎に向かって頷く。それをじっと見つめた山崎も頷き返し、立ち上がって小声で


「ついてきてください」


 と言うと、廊下に続く扉を開けた。


 真紀子に支えられた紅が先に出て、総一郎が後に続く格好となる。先程覗いた部屋は覗き窓のない鉄製の扉で閉ざされており、廊下からは見えない。

 考えてみると当たり前のことだが、総一郎は少しほっとした。

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