ヘックス・ボックス

生來 哲学

銀髪美少女と冴えない大学生ハッカーによる一夏の冒険

 俺には3分以内に終わらせなければならないことがある。

「開けろ! 貴様は包囲されている! 無駄な抵抗はやめろ!」

 この『箱』を起動させることである。

「……ったく、新居の内見に来たのに散々な日だ」



 俺の故郷は全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れによって滅びた。仕方なく新しい住居を探して候補のマンションの内見に向かったところで謎の組織と怪しげな銀髪美少女の攻防に巻き込まれてしまい、あれよあれよという間に古代遺跡の最奥にある謎のアーティファクト『箱』の保管場所に辿り着き、立てこもっている次第である。部屋の外では秘密結社の皆さんが宝物庫を破壊しようと必死で暴れているが、まだしばらくは持ちそうだ。

 とはいえ、後三分が限度と言うところだろう



「ずいぶんと落ち着いてるのね」

 『箱』を挟んで対面でしゃがんでいる美しい銀髪の少女が呆れた顔で睨んでくる。年の頃は十代後半と言ったところか。日本人で言うところの高校生くらいだろう。

「そっちこそ、お人形みたいに無表情かと思ったら意外と表情豊かだな」

「そんなことを言われたのは初めてだわ」

「そっか、そりゃよかった。俺との初体験の気分はどうだい?」

「率直に言って最悪よ」

 俺の軽口に銀髪少女が口を尖らせる。人外めいた美しい顔が歪み、人間味のある拗ねた顔がやたらと可愛かった。

「さてと、これなら後二分もあればなんとかなるだろう」

 『箱』に接続したPCのセッティングが終わり、一息つく。

 自然と謎の銀髪少女と目が合った。

「あら、時間ギリギリまでキーボードを叩かないの?」

「そりゃ映画や漫画の見過ぎだ。現実のハッカーはアプリを起動させたら後は結果を待つだけさ」

 PC画面では「解析中」の文字と進行度を示すゲージがゆっくりと伸びている。まだ10%と言ったところか。

 会話が途切れる。

 古代遺跡の宝物庫で、冴えない大学生の俺と、銀髪美少女が二人きり――色々と気まずい。

「シルヴィアは何故、この『箱』を追いかけてたんだ?」

 俺の問いかけに銀髪少女は虚を突かれたのか少し目を泳がせてから口を開いた。

「ああ、私のことか」

 銀髪少女の間の抜けた答えに驚く。

「呼ばれ慣れてないのか。偽名というか、コードネーム?」

「まあ、そんなところ。不思議ね、あれほど名乗りたかった名前を名乗ってるのに、驚くほどしっくりこないわ」

 少女は自らの長い美しい銀髪をつまらなそうに撫でながら、遠い目をする。シルヴィアと言うのはまさに名は体を表すという感じではあるが、色々と思うところがあるらしい。

「あれほどって言うことは昔からか。もしかして、自分の名前が嫌いなのか?」

「たくましい想像力ね。ハッカーなんてやめて小説家にでもなったら」

 銀髪少女は出会った時のように淡々と無表情に語る。

「じゃあ、自分の名前は好きなのかい?」

「嫌いよ」

 少しは人間味のある表情を見せてくれるようになっていたのにいつの間にかまた能面のような無表情を見せる銀髪少女。

「そっか。どんな名前なんだ?」

「何故あなたなんかに教えないといけないの?」

「もし、この箱の起動に失敗したら、俺達は外の連中に殺されてしまう。そうなった時、運命を共にした美女の名前くらい知っておきたくてね」

「何それ」

 何言っているのか、と銀髪少女が睨んでくる。

 ちらりとPCの画面を見た。起動まで後50%か。

「ブロンディア・ストーンズよ」

「いい名前じゃないか」

「よくないわ。銀髪なのに金髪ブロンディなんて。それでよく虐められたし、病院とか銀行、ホテルに行くたびに本当に会ってるか毎回確認されたり、変な顔をされるもの。この気持ちがあんたには分からないと思うけど、毎日毎回毎度、なにかある度にしかめ面されるのが嫌になるの」

 触れてはいけない過去に触れてしまったのか、銀髪少女――ブロンディアは聞いても居ないのにぺらぺらと身の上を語り出す。

「そんなに自分の名前が嫌い?」

「だから嫌いって言ってるでしょ」

「そうかな」

「何よ」

「そうは見えない」

 知ったような口を利かないで、と言われるかと思いきや意外と彼女は黙り込んだ。

「この名前、母さんがくれたのよ。

 捨てられるはずが亡いわ。

 似合わない名前。似合わない髪の色。

 母さんは私が生まれると同時に死んだから、私の髪の色なんて知らない。まさかお腹に居る自分の子が、自分と違う髪の色だなんて想像してなかったでしょうね。

 私は――母さんの望む子供に産まれなかった」

 PCの画面は残り30%で止まる。意外と残りあと僅かで手こずるのはよくあることだ。

「そう言えば、俺の名前を名乗ってなかったね」

「……一応訊いておく。なんて名前なの、ハッカーさん」

玉城たまき弾託だんたーくだ」

「へ?」

 およそ日本人らしくない俺の名前に銀髪少女が聞き返す。

「ダンターク・タマキ」

「格好いいじゃない」

「そう? 日本人の俺からしたらとてもへんてこな名前だよ」

「どんな由来なの?」

「親父が好きなゲームのボスキャラの名前。筋肉ムキムキのやべーやつさ」

「うわぁ、全然似合わないわね」

 大学生のかたわらハッカーをしてる俺は、よくいるギークと呼ばれる人種で、インドア派の長身痩躯のメガネ男だ。ダンタークという名前にはおおよそ似つかわしくない。

「世の中の子供のほとんどが親の期待通りに育たないもんさ。

 子供には子供でやりたいことがあるからな。

 でも、それでいいんだよ。生きてくれてるなら、なんだってな」

 言ってるうちになんだか俺までしみじみしてしまった。

「そっか、あなたの故郷、日本は謎のバッファローの群れに破壊されてなくなったんだっけ」

「……ま、そういうこともあるさ」

 ちらりとPCを見る。メーターの残りは――。

「さて、ブロンディア・ストーンズ。

 俺たちの契約の終わりが近づいてる」

 俺の言葉に部屋の隅でしゃがんでた銀髪の少女――ブロンディアが立ち上がる。

「君は言ったな。箱を起動すれば、俺をあの秘密結社達から助けてくれるって」

「そうよ、ジャパニーズハッカー、ダンターク・タマキ」

 俺は箱に接続されていたPCのケーブルを引き抜き、彼女に投げた。

「『魔女のヘックス・ボックス』は起動した。君のママのセキリティを突破するのは骨が折れたよ」

 彼女の褐色の手が『箱』を受け取る。

 途端、手のひらサイズの六面体の箱が輝き始めた。

 長い銀髪に褐色の肌をした美しき少女が告げる。

「我、ファラオが告げる。

 王墓よ、浮上せよ!」

 ブロンディアの言葉と共に俺たちの居る古代遺跡――ピラミッドが震え始める。

 宝物庫の外で秘密組織の男達の悲鳴が響いた。ああ、日本人の俺はともかく、エジプト人の彼らは地震に慣れていないのかも知れない。生き埋めになるのを恐れて慌てて出て行く声が聞こえた。果たして間に合うかは分からないが。

「っていうか、浮上するの?? ここ??」

 断続的に続いていた地響きがやがて途絶え、身体がぐっと重くなったようなプレッシャーを感じた。

 ――エレベーターで上の階に上がるときのやつだな。

 なんとなくそんなことを思う。

「さて、外に出ましょう」

 ブロンディアが促すと共にあれほど重たかった宝物庫の扉がゴゴゴゴゴっと自ら開かれる。

「……古代にも自動ドアがあったんだな」

「私も初めて知った」

 彼女の方を見るとふふっと年相応の子供らしい笑みを浮かべていた。

 『魔女の箱』はピラミッドを操作する古代のアーティファクトであったらしい。古代のファラオの血を引く者が手にすれば封印されていた様々なピラミッドの機能を扱えるらしい。

 ――ピラミッドにそんな機能があったなんて初めて知ったが。

「悪党どもは?」

「地上に落としたわ。運が良ければ陸地まで泳げるはずよ」

「いつのまに海の上に? ピラミッドパワーすごいな」

 外に出ると眩しい夕日が目に飛び込んできた。

 地中海に沈む、美しい夕焼け。

「……あ」

「どうしたの?」

「君の髪、金髪ブロンドになってるぞ」

 俺の言葉にブロンディアが飛び跳ねる。

「うそ、え? ……ホントだ」

 彼女の美しい銀色の髪に夕陽が反射してキラキラと目映い金色に光って見えた。

「『金髪の乙女ブロンディア』になれたんだ、私」

 彼女は俺に背を向け、肩をふるわせた。

 しばらくはそっとしておくべきだろう。

「はぁ……俺も早いとこ、新しい住まい探さないとな」

 美しい地中海の夕焼けを見ながらそんなことを呟いた。




 

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