箱入り「こころ」

添野いのち

「こころ」の中身、吐き出して

 まただ。

 深夜1時。今日も胸を締め付けられる感覚がした。原因ははっきりと分かりきっている。僕は部屋の戸棚を開け、木製の少し重たい箱を取り出した。

 中に詰まっているのは、色とりどりの缶の数々。やかんに水を入れて火にかけてから、僕はその1つ1つを取り出した。缶には茶葉の名前が書かれたラベルが貼られていた。いつ見ても汚い文字だ。それこそ自分以外の誰も読めないであろう。

 紅茶が好きだ。嬉しい時も、辛い時も、どんな時でも思い立ったときに紅茶を淹れるのが好きだ。一口に紅茶と言っても、茶葉の種類や量、淹れ方で味が変わってくる。まるで自分の気持ちが「味」と言う形で具象化され、1杯のティーカップに注がれるようだ。例えば嬉しい時、何かの記念日に淹れる紅茶は、色や味、香りの全てが甘い。逆に落ち込んでいる時なんかは濃くて少し渋みが出る。

 今日はどれにしようか。自分自身の「こころ」をちゃんと注ぐために、茶葉はその時の気分、直感で選ぶのがマイルール。今日手に取ったのは、それぞれアッサム、春摘みダージリン、バラの花びらが入った缶の3つだった。アッサムはまろやかで濃厚な味わいで甘く、春摘みダージリンはすっきりと爽やかでちょっぴり苦い。そしてバラの花びらは優しくて甘い香りと味が特徴だ。

 量も同様に目分量で入れ、沸かしたお湯を注ぎ、蒸らすために数分待つ。慣れた作業ではあるが、毎回温度や蒸らす時間が微妙に変わってくる。だからこれも「こころ」を淹れるのには重要な手順だ。

 完成した紅茶を見てみる。今日のはしっかりと赤い。カップに注ぐと、甘い香りがフワッと立ち上ってきた。ここまではひたすらに濃厚で甘そうだ。しかし一口飲んだとき、僕は思わず目を見張った。まず爽やかさ、そして渋みがやってきたのだ。それらが波のように引いていくと、ほんのりと甘い味が顔を覗かせた。じっくりと紅茶の味に心を集中させると、胸を締め付けられる感覚が少しずつおさまっていった。

「ふぅ…。」

 心が落ち着くと同時に浮かび上がってくる疑問。1人の同級生を、ただの同級生として見られなくなったのはいつからだろう。天真爛漫で明るいあの子を、ただの友人として見られなくなったのはいつからだろう。そう考えながら、また紅茶を1口。今の心はやはり、今回淹れた紅茶の味と同じで複雑だった。流石に本物の心ほどには千差万別の種類を淹れることは出来ないだろうが、箱の中の茶葉たちは少なくとも自分には十分すぎるほど多くの「こころ」を表現してくれ、自分の今の心をまるで映し鏡のように教えてくれるのだ。爽やかで、少し苦くて、後味は甘い。そんな味の中に僕は、あの子との思い出を見つけた。中学校で出会った時の印象、授業中のやりとり、休日に一緒に出かけたこと、中学の修学旅行で一緒にやったこと、高校が一緒だと分かって喜んだこと、高校で同じクラスになってさらに喜んだこと、放課後に2人きりで話したこと…。木野さんとの思い出は、予想以上に紅茶に溶け出していたらしい。

 さて、この入り混じった心をどうしようか。やはり思い切って思いを伝えるのが1番早いだろうか。…いや、正直どうも勇気が出ない。もし断られて気まずくなったら…。いや、だからってこのまま胸を締め付けられ続けて耐えられるだろうか…。少し冷めてきた紅茶は、渋みが少し強く感じられるようになった。

 うん、もう思い切って伝えよう。そう決断するのにあまり時間はかからなかった。もう毎夜毎夜苦しめられるのは懲り懲りだ。でもやはり、弱気な僕には直接言葉で伝えられる気はしなかった。少し考えた挙句、僕は机から、自分の持っている中で1番綺麗な便箋を取り出し、思うままに筆を走らせた。自分の文章力に自信があるかと言われれば、あまり無いと言わざるを得ない。それでも紅茶よりもずっと乏しい語彙をフル活用して何とか書き上げた。書き上げたそれを若葉の柄の封筒に入れ、ふと外を見ると、窓の外は紅茶のように赤く染まっていた。どうやら人生で初めて、徹夜というものをしてしまったらしい。

 早く手紙を渡したくて逸る《はやる》思いと、眠る時間は残されていないと分かったことからの諦めが、僕の足を学校へと急がせた。まるで遅刻しそうな朝かのように手早く用意を済ませて家を飛び出し、始発から数えても片手で数え切れるほどの列車しか送り出していない駅から列車に乗り込む。学校の最寄り駅に着き、早歩きで学校に向かって行く最中、心臓が段々高鳴って行くのを感じた。

 午前7時。部活の朝練の人もまだほとんど来ていなかった。これなら大丈夫。他の誰かに見られることはなさそうだ。そう思うと僕は、木野さんの下駄箱にそっと手紙を置いた。


 その晩も僕は、箱から茶葉を取り出して紅茶を淹れた。ティーカップに注いだ、一際甘く香る紅茶の水面には、紅茶の紅色に負けないくらい頬の染まった僕の顔が見えた。

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箱入り「こころ」 添野いのち @mokkun-t

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