KAC20243 タイトル:あと一箱 お題『箱』
マサムネ
あと一箱
あと一箱。
これを吸い終わったら煙草をやめよう。
そう思ったのはいったい何度目だろうか……
初めて煙草を吸ったのは大学に入ってからだ。
大学は県外であったから自宅を離れて一人暮らしをしていた。
二十歳を過ぎて、長期休みで実家に帰っていたある日、父親に聞かれた。
「お前、煙草は吸わんのか?」
「ああ、吸わないよ」
そう答えた後に、
(そうか、吸っていいのか)
そう思った。
今まで自分は悪いことは一切しない人間であった。
もちろん、未成年で煙草を吸う気はなかったが、ただ憧れ自体はあった。
それでも何となく体に良くないものだし、吸ってはいけない、そんな気がしていた。
しかし、父親にそう言われたことで、吸ってもいいのだと、許された気がした。
それ以降、アパートに戻った後から煙草を吸うようになった。
メンソールの3mg
最初は苦いもんだと思ったけど、慣れてしまうと不思議とうまい。
自分はあまり見た目には気を使わない。
でも、煙草はカッコいいと思った。
いつ見たかも忘れた洋画で、調べものをしながらバカスカ煙草を吸う男。物足りないのかフィルターをちぎりながら吸いまくるその姿が、なぜか格好良かった。
別に父親が吸っているのを見ても、「臭いなあ」くらいにしか思わなかったのに。
ある時は、高速道路のサービスエリアにある喫煙所で吸っている老紳士の煙草を吸う仕草が格好良かった。
やたらと細い煙草で、煙草を叩いて灰を落とすのではなく、軽く灰皿の上を撫でるようにして落とす。それだけの仕草がスマートで格好いい。
すぐさまいろんな種類の煙草が売っている店に行って、同じと思われる煙草を買った。
自分の大学時代でも、煙草を吸う人間は減少気味であったから、煙草仲間は不思議と仲良くなった。
高校時代では仲良くならないタイプの奴とも、不思議と会話が弾む。
面白いコミュニケーションツールだと思った。
それは働いてからも同じだった。
山登りをした山頂で煙草を吸ったこともある。
風邪をひいた後、煙草がうまく感じるようになれば治った証拠。そんなくだらない話を友人としたこともあった。
立派な愛煙家だ。
でも、彼女ができると、様子が変わる。
彼女は煙草が好きではないのだ。
自分が煙草を吸うことを知って付き合っているから、やめてとは言わない。だが自分も彼女の前では煙草は吸わなかった。それが我慢できないほどの中毒でもなかった。
それでも、いざ完全にやめようと思うとなかなか難しかった。
彼女と結婚するし、この一箱でもう煙草はやめよう。
しかし、また仕事の休憩中にコンビニに走る。
子供ができたし、この一箱でもうやめよう。
しかし、仕事終わりにコンビニによる。
お金も貯めなきゃいけないし……
それでも、一箱終わっても、煙草を買いに行ってしまう。
加熱式煙草に手を出してみた。
これまた小さい機械が男子心をくすぐり、なかなかに面白い。
彼女———いや結婚したんだから妻だ―――が嫌いなのは匂いだし、これならあまり匂いもしないからいいかな。
そうやってずるずる煙草を吸っていた。
あと一箱じゃ、やめられない。
でもあるとき、体調を崩した。
ただの風邪をこじらせただけ。ちょっと肺炎になっただけ。
だけど、熱は下がったはずなのに、動くと動悸がする。
四日ほど仕事に行けなかった。
病院で、動悸を抑える薬をもらってようやく出勤できた。
これはまずい。
子供は二人目が出来ていた。
そう簡単には死ねない。
死ぬわけにはいかない。
煙草が原因の体調不良かどうかは分からなかったけど、
煙草が原因で早死にするとしたら、それは自分が許せなかった。
だから、
いま手元にあった煙草を、ごみ箱に捨てた。
あるテレビ番組で、大物司会者が言っていた。
「煙草はやめたけど、いまでも吸いたいと思うよ」と。
結局、我慢できるかどうか、というよりは、我慢するかどうか。
だから、捨てる。
もう吸わないんと決めたんだから。
一箱吸い終わったらじゃなくて、
いまから、もう吸わない。
KAC20243 タイトル:あと一箱 お題『箱』 マサムネ @masamune1982318
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